第6話 備忘録CaseI・迷う亡霊
ユリナは少々、不機嫌だった。
ご機嫌斜めになっている時、彼女のツインテールは重力を無視して、やや暴れ馬のように跳ねている。
そのことを知っている麗央は、特に何かと声をかけたりはしない。
長い付き合いで経験しているからだ。
下手に刺激すれば、とことん口で言い任された挙句、「はい。それは君の負っけ惜しみぃ~」と小憎らしい顔で言われる。
両手の拳を頭の横でぐーぱーしながら、言ってくる様子は非常に腹立たしい。
その一方でその仕草をかわいいと思っている自分がいることに麗央は戸惑っていた。
「ねぇ、レオ。その女、誰?」
「ええ!? 誰のこと?」
普段の鈴を転がすような声はどこへやら。
まるで絶対零度の冷たさを感じさせる声だった。
しかし、麗央が焦りを見せたのはその声のせいではない。
ユリナが言っている
話は少々、遡る。
ユリナは麗央のライブ配信を見て、微かな違和感を感じていた。
いつものようにバケツを被り、黙々と刀を振るう麗央の姿に変なところはない。
彼が抜刀した瞬間に躍動する筋肉を見ているだけで「きゃー」と言いながら、ベッドで転げ回るのもいつものことだ。
しかし、拭いきれない違和感に次第に頭がクリアになっていく。
黒髪を日本髪に結い、真っ白な着物を着た女が立っている。
庭に植えている大人が十分に姿を隠せるほどに成長した木の影から、麗央の様子を窺うように……。
「誰なのよ、この女」
ユリナの不機嫌メーターが上昇した瞬間だった。
そして、現在。
麗央は
雷家の食事の支度は基本的に麗央がすることになっていた。
簡単な調理で済ませられる朝食はユリナが担当することもあったが、滅多にない。
なぜなら、ユリナは料理があまり得意ではなかったからだ。
感性が独特過ぎるのか、嗜好が独特過ぎるのか。
妙に真っ赤なだったり、ピンク色の料理は味も独特だった。
食べられないことはないが食べたくはない。
ユリナ本人がそう述懐しているほどだ。
そこで元々、自炊していて料理の腕に自信のある麗央が担当することになっていた。
その腕前はプロさながらのものだったのでユリナは「その料理を配信でやれば、いいんじゃない?」とつい口を出しそうになって、慌てて噤む。
そんなことをしたら、麗央の人気が出てしまう。
人気が出たら、自分だけの麗央として独占出来ない。
そんなのは絶対に許せない。
彼は私だけのものという譲れない思いがユリナの中にあった。
「それであなた、誰なの?」
まるで取り調べをする刑事のように机を指でトントンと叩きながら、ユリナは前に座る
「誰もいないよ。いや……何か、気配は感じたけどさ。気のせいだろ?」
麗央はそう言って、隣の席に目をやった瞬間、ザザザという妙な耳鳴りと視界の異常を感じる。
(本当にいたのか)
隣の席に日本髪を結った女が座っている。
女なのか、少女なのか、判断しにくい顔立ちに見えた。
妙に神妙な面持ちで俯き加減にして座っていた。
青褪めたような肌の白さがより病的に見せるのか、紅を塗ったかのように生々しく、紅い唇が印象的である。
「菊と申します……」
菊と名乗った女は蚊の鳴くような声で啜り泣きながら、身の上を語り始めた。
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