第285話 隠し砦の極悪人


 モーザとの話は終わったので、天幕の外に出て早速砦を見て回る。


 辺りから夕飯の煮炊きの匂いが漂う中、ナセル一門の部隊およそ三〇〇人が夜でもできる範囲で砦を構築していた。


「ちょっと、臭わない……?」


 マリナが小声で苦い笑みを浮かべた。


 彼女の言う通り、どうも食事の匂いに混じって男臭さが感じられる。おそらく気のせいではあるまい。羊だの山羊を煮炊きしてもこうはならない。

 砂漠に近い乾燥気候なのと、先遣隊が急いで展開したからか。


「そうだな……。少し、気になるな……」


 リューディアも耳を動かしながらそっと頷く。


 この国では石鹸が広まっていないから、地球文明に触れてしまった彼女たちには余計にそう感じられるのだ。

 アサドあたりに教えれば喜びそうなネタであるし、実際、残してきたメモにも記載している。無事に帰れれば食い付いてくるだろう。


「意外……。マリナがそんなことまで気にするようになるなんて……」


 サシェがさも感慨深いとばかりに声を出した。


「ちょっとストレート過ぎないかな、サシェ?」


「だって冒険者の頃は――」


「わー! そんなの言わなくていいって! やめてよ!」


 いつものようにじゃれ合うふたり。戦を前にしているとは思えない平和な光景だ。


 しかし、男ばかりのこんな場所で、若い女性がうろついているのは確実によろしくない。

 なにしろこちらは美人・美少女揃いだ。異国人とはいえ、兵士たちにいい影響は与えないはずだ。


 実際、そういった視線がそこかしこから向けられている。

 生死を懸けた戦いの前に、どいつもこいつも血走ってギラついているのだ。

 しかし、夜なのにわかるとは相当だ。さながら殺気とでも呼ぶべきか。これでは危険が危ない。


「……女性組はさっさとテントに戻った方がいいかもな。マサト、エルンスト、おまえら先に戻ってろ。護衛を命じる」


「中佐、不法侵入者が現れた場合は?」


 実にエルンストらしい質問だった。


「警告の後、ダメなら昏倒させろ。殺すなよ? モーザ殿に引き渡すからな」


 不届き者は痛い目に遭わせておかねばならない。舐められたら負けだ。


 まぁ、ここまで言っておけば実弾は撃たないだろう。


「「イエッサー」」


 そうして、ロバート、スコット、ジェームズだけが残る。


「さて……どう思う?」


 ひと通り砦を眺めて歩いたロバートは仲間に問いかけた。


 砦は現状兵士たちが寝泊まりしている地点にそのまま建設されている。

 あくまでこの世界に来てからの知識しかないが、野戦築城としては上等なものではないかとロバートは思う。


「いいんじゃないか? 北大陸みたいにヘスコ防壁出せるわけでもないし、積み上げた土と持ち込んだ逆茂木でこんなもんだろう」


「ホントこの国の魔法は便利なんですね。普通、土塁を作るだけでかなりの時間を要するはずですが。うわ、壁までしっかりしてますよ」


 スコットは適当に、ジェームズは砦そのものに興味があるのかもうすこし細かく言及した。


 砦はV字型の堀と土塁、それと壁で囲まれた正方形のものだ。


 壁自体は今のところ人の背丈の2倍ほどの高さで、版築はんちく――土や石灰、粘土などを混ぜた材料を突き固めて作った壁で正方形に構築されている。


 門は二つ。櫓は等間隔に四か所だ。


 土を掘った跡の堀と、ベースになっている土塁、そして土塁に突き刺さっている逆茂木と合わせて、馬には絶対に越えられない。梯子でもなければ人が越えるのは困難だ。

 これだけでは上から飛んでくる矢にやられるので、壁の上には守備兵が木の盾を並べて防ぐ。


 しかし、攻められる側の遊牧民がそこまでやるかはわからない。

 そう考えると、これは今後を見据えての砦だろう。


「まぁ、有り体に言って普通の砦だな。砲撃と空爆には弱そうだ」


 ……スコットを残したのは間違いだったかもしれない。コイツは戦いと吹き飛ばすことしか考えていない。爆弾魔め……。


「アホ、そんなもん地下壕バンカー以外にあるわけないだろ」


 155mm砲弾だの500ポンド普通爆弾を喰らえばどうなるかみたいな話は求めていない。もっとも、こちらは落とせる立場だが。


「ただ、籠城するには水の難がありそうですね。井戸があまり掘られてない」


 一方、ジェームズはまともに返してくれた。


 砦は一番近い魔境オアシスから十リグほど離れている。

 魔境周辺なので周りは膝の高さくらいに、草がまばらに生い茂っていた。

 本当は飲み水も確保できるよう魔境にもっと近づけたいはずだが、これ以上近いと魔獣が寄りついてそちらの対処にリソースが割かれてしまう。


「砦そのものはどうだ」


「本当は正方形じゃなくて多角形――辺を内側に若干湾曲させるべきでしょう。ただ、もう壁作ってますから大きな変更は厳しいかもしれませんね」


 しばらく考えたジェームズが意見を口にした。

 元々興味深く観察していただけにそうした知識を持っていたのかもしれない。


「さすがだな、他にはあるか?」


「そうですね……。防衛時には敵を殺しキルゾーンに誘導してから倒す感じがベストでしょう。しかし、砦だけでは不完全です。本当は周りにも罠を仕掛けたいところですが……」


「まぁ、かえって手間だな。回せる兵もそんなに多くはない。敵は関所を作ったんだから、こちらから攻めないとダメだろうな」


 ジェームズは罠や障害物の設置が必要と見たが、敵がどう動くかわからないため行う価値があるか判断できない。


 相手が攻勢で大規模部隊を動かすなら兵力の一斉投射とならぬよう時間稼ぎをするべきだが、数も少ないし警戒すべきは奇襲くらいだろう。

 少数精鋭での作戦に長けた“レイヴン”チームだからこそ、奇襲の危険性について深く認識しているのだ。


「たしかに。我々がどう動くかも考えておかないとですね」


 案を出したジェームズも防衛は無駄だと考えているようだ。

 性格は穏やかだが、やはりSAS出身だけあって攻勢の意味を理解している。


「ただ、軍議の場で意見具申までやるかは迷うところだ」


 モーザは周りくどい物言いを好まない。「もう言った」と一蹴される可能性を考えると、あらためて上申すべきかは迷うところだ。

 向こうから言ってくれれば一番早いのだが。


「上申まではいいんじゃないか? 敵の柔いところを衝けって話だろ? その通りにやるのが一番だ。航空支援も含めて、手ならいくらもある」


 いつも通りにブレないスコットはある意味尊敬に値する。


「本当にある程度単独行動させてくれたらだけどな。――よし、ある程度は見れた。引き上げるか」




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