植物園 3



「ジークフリード様……」


ブリジットは完全にかたまっていた。

そりゃそうよね、今までの嘘とシャルに対する言いがかりがばれちゃうんだもん。

この状況なんて言い訳する気なのよ。


顔色をなくしたブリジットに、ジークフリード王子は笑顔で近づきそっと両手を取った。 


「やあブリジット、君はシャルロッテに頼まれてシャルをここに呼び出したんだろう?」


は? あ? え? なに言ってるの! 最初から決めつけの質問? 

聞かれたブリジットも、耳まで真っ赤にして答えない。

その様子に気づいたジークフリード王子は、さらに優しい声で問いかけた。


「いいんだ、君は悪くないから、顏をあげておくれ」

「ジークフリード様……」


うぉぉいブリジット! まず否定してってば! あなたは今色仕掛けされてんの!

目の中に、♡のハイライトを輝かせてる場合じゃないのよ!

最悪だ、こうなったらわたしが言うしかないんだけど……絶対信じないだろうなあ……。


顏だけ王子に手を包まれ、今にも崩れ落ちそうなくらいとろんとした表情のブリジットを横目に、わたしは覚悟を決めた。


「お待ちください!」


私が足を踏み出そうとした瞬間、温室の中に可憐な声が響き渡った。

さっき、わたしとブリジットの間に割って入ったように、今度はブリジットとジークフリード王子の間にシャルが割って入っていた。


「ジークフリード様! シャルロッテ様は関係ございません」


え、シャル? どういうこと? 

いままで夢見るような表情をしていたブリジットが、あっという間に鬼の形相に変わった。

下唇を強く噛み、シャルを睨みつけてる。

あーあ、そんな顔してたら大好きな王子に見られちゃうよ……。


そんなブリジットの変化にまったく気づかない……というより、すでにシャルしか見ていないジークフリード王子は、せつなそうな表情をしてシャルに駆け寄り、包み込むように抱き寄せた。ブリジットから声にならない悲鳴が聞こえる。

このわけのわからない展開を、入り口に到着したロッティがあきれたような顔で見ていた。


これはもう修羅場なのでは……? 


あまりのことに呆然としていると、シャルは慌てたようにジークフリード王子を突き放す。

それを見たロッティは、くすっと笑ってわたしの横までやってきた。


「エミリーおつかれさま。今来たばかりで何が起こってるかわからないはずのに、すべて理解できる気がするわ」


眉を下げて頭を振るロッティに、苦笑いで返すことしかできない。


周りを見ると、ロッティの登場にまたブリジットは俯いてしまった。

シャルはといえば、両手を前に突き出しながら「聞いてください」とジークフリード王子に懇願している。

そんなシャルの手をしっかりと掴み、眩しい笑顔で顔だけ王子は微笑んでいた。


「聖女のように優しいシャル、相手が侯爵令嬢だからって君が庇わなくとも良いんだ。ここは僕にまかせてくれないか?」

「あーめんどくさー、何が原因かわからないけど『王子様』がそう仰るのでしたら私が悪者でいいわよ?」


突然ロッティがとんでもないことを言い始めた。

確かにこんなの見せられたらどうでもよくなるのはわかる、でも駄目なんだよそれじゃ、完全に悪役令嬢になっちゃうじゃない!


ジークフリード王子はロッティから目を逸らさず、勝ち誇ったようにニヤつきはじめた。

王子に手を掴まれたままのシャルは、ずっと何か言いたげな表情で首を横に振っている。

ロッティはそんな二人を全く無視して、微動だにしないブリジットの前へと移動した。


「ねえ、なにやってたの?」

「あの、わたくし達は……シャルロッテ様のことを思って……」


ブリジットの言葉に、他の二人は息を吸い込んで深く頭を下げた。

ピリピリした空気というより、びりびりと痺れるような感じだ。ロッティがすごく怒っている。


「ハァ……あなた達と学院以外で話したことがある? 個人的な話は一度もした記憶がないわよ、ましてや誰かを呼び出せなんて、私は頼みもしないし思いつきもしないわ!」


ガラスで作られた温室の中、はっきりと言い放ったロッティに、園内の光が集まっていくように見えた。

美しい金色の髪が風もないのにキラキラと靡く。

自信に満ちた表情は拍手をしたくなるほど美しい。流石だよロッティ。


ブリジット達三人は、完全に委縮していた。

あんなに弾んでいた縦ロールも萎れている。

ロッティの毅然とした態度に、いままでのイライラが晴れかけたその時、目の前にいたジークフリード王子が突然マントを翻した。


「おいシャルロッテ!」

「なによ?」

「自分の企てが失敗したからと言って、友人に擦り付けるとは何事か!」


ジークフリード王子は、前髪をかきあげたその手でロッティを指さし、ヒーロー張りにポーズを決めていた。


ええーなにこいつ、ほんとどんどん嫌いになっていく……。

指を向けられたロッティはもちろん呆れていたが、横に居たシャルまでも目をまん丸にしている。


「うわぁぁぁぁぁぁん」

「え?」 


その時、なぜかブリジットが大声で泣き始めた。

その場に座り込み、まるで子供のように声を上げている。

取り巻きの二人はブリジットを囲んで慰めはじめた。

わけのわからない忙しい展開に、頭が痛くなってくる。


おいおいブリジット、あなたが泣いちゃうと、まるで王子が言ったことを全肯定してるみたいになるんですけど?

ああ、どうやっても悪役令嬢になってしまうの? やっぱりヒロインがいると回避できないの?


ロッティは何も言わず、ぼんやりとどこかを見つめていた、違う、何かを考えているみたいだ。

水色の瞳が湖の水面のように揺れている。

わたしに見られていることに気づいたのか、いつものように歯を見せて笑い「もう行かない?」と小声で囁いた。


誰が見ても絶対に頬がほころんでしまうくらいの美しい笑顔。

こんな状況なのに、ロッティはいつも通りに笑っている。

無理をしている……そう思うと胸の奥が痛くなった。

わたしはしっかりとロッティの手を握り、大きく頷いた。


「おい! 逃げる気なのか⁉」

「待ってください、シャルロッテ様」

「しつこいなー『王子様』のお好きなようにって言ってんじゃん、どうせ何を言っても聞いてくれないでしょ」


いつもの悪態。否定すると長引いていしまうのはわかっているのだろう。

彼女はいつも勝手なイメージを押し付けられていた。

だからこそ、こうやって回避する方法を自ら選んでいるんだ……。

わたしの大事な親友に許せない!

早くこの場から彼女を連れ出さなきゃ!


「聞いてくださいシャルロッテ様。申し訳ございません、わた……」

「君は謝らなくていい!」


こちらに駆けてこようとしたシャルを、ジークフリード王子は後ろから抱き着き、そのまま頬を寄せた。


なにこの茶番……一体なにを見せられてるの?……って違う。

だってあの二人は主役だから、きっとこれは良いシーンなんだ。

だって、シャルの頬は桜色になっているし、顏だけ王子もやっぱり輝くくらいのイケメンだもん……。

悔しい。何もしていないのに悪役令嬢フラグは解消しないんだ……。


わたしはロッティと繋いでいた手を離し、エスコートするように腕を曲げた。

ロッティは少し驚いたような表情をしたが、わたしの腕を引き寄せる様に華奢な腕を滑り込ませてきた。

ロッティの細い腕に「折れちまいそうだぜ」というどうでもいいセリフを思い出しながら、くるっとターンをして植物園に背を向けた。


「さあロッティ、行きましょ!」


力強く歩き出すわたしを見て、ロッティは嬉しそうに笑い、一緒に足を踏み出した。

後ろからジークフリードがギャーギャー何か言ってるみたいだけど、聞こえないし聞きたくもない。


きっと筋書き通りなのよね、それでも憎たらしくで仕方がない。

シャルもどうしてあんなに謝るの? 

やっぱりロッティが怒ってると……いや、ロッティがブリジット達に頼んでやらせたと思ってるのかな。

どんなに良い子でもやっぱりヒロイン……。

残念だけどもう二度と話すことはないし、ロッティにも近づけない!

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