リーリウム学院中庭 





◆ 翌日 リーリウム学院中庭 


今日は約半月ぶりの学校。

記憶があるとはいえ、わたしであるエミリーにとっては初めての場所だ。

昨日の慈善パーティに出席したおかげで、不安はほとんどなくなっていた。

校内ですれ違う先生も、教室までの行き方も、全て迷うことなく思い出せた。


今日の一限は作法の授業、特別教科のため別館のサロンに移動しなくてはならない。

もちろんサロンの場所も全然わかっている。


面倒くさそうな表情で机から離れないロッティの手を掴み、わたしとロッティは一番最後に教室を出た。


階段を下りて中庭に向かうと、どこからかジャスミンの香りが漂ってくる。

ぽかぽかと心地のよい朝だ。


「はぁーかったるーい」

「ロッティったら」

「だってそうじゃん、作法の授業って何よ? 小さい頃からずっとやってきたことでしょ」

「それは貴族だからよ、この学院にはそうじゃない生徒もいるの、必要なのよ」

「……そっか、そうね、ごめん」


ロッティは唇をきゅっと結び、うんうんと頷いた。

こういう表情の時は素直に反省している顔だ、少し幼く見えてなんとも可愛い。


先日のパーティや今朝の生徒たちの様子から、やはりロッティは周囲に怖がられてるというか、わがままに映っていることを確信した。

悔しい! 本当はそんな子じゃないのに。

思ったことをすぐ口に出しちゃうのと、喋り方さえなんとかすれば……。

でも、そうなると本当のロッティではなくなってしまう、ああ難しい……ハァ。


「エミリー、どうしたの溜息ついて?」


目の前に突然ロッティの顔が現れた、横から私の顔を覗き込んでいる。

美少女が至近距離で、首をかしげて見つめてくるなんて心臓に悪い。

やっと見慣れてきたってのに、突然のアップは眩しすぎる。


「あ、ごめんなさい、溜息ついてた? わたしも移動が面倒くさいのかなー」

「だよねー……あれ?」


ロッティは急に足を止め、何かを見つけたように視線を動かした。


「どうしたの?」

「ねえエミリー、あれ見て」


背伸びするように体を伸ばしたロッティは、中庭から植物園へ続く道を指さした。


その道の奥は、今から特別教科が行われる別館とはまるで反対側の方向だ。

しかし、二人の生徒が後ろを振り返りながら小走りで植物園の方に消えていくのが見えた。


「誰か走っていったわね、植物園に何かあったかしら?」

「んー気になるわね、私見てくるわ」

「え、ロッティ? でも授……」


わたしが言い終える前に、ロッティは金色の巻き毛を揺らしながら、止める間もなく駆け出した。 


もう、このお嬢さんはなんですぐに行っちゃうのよ!

嫌な予感しかしない、これは絶対に行かせてはいけないやつ!


「待って、わたしも行く」


追いつくというよりは追い抜きたい! 

ロッティより先に、何が起こっているか確認しなくちゃ!

制服の裾をつまんで植物園への道を急いだ。


おお、思ってたより足が軽い! 

貴族とは言えさすが10代、しかも結構走るの早いじゃない!

エミリーのポテンシャルに感動していると、あっという間にロッティに追いつくことができてしまった。

横に寄り添いながら、ほんの少しだけ前を歩く。


湿度の高い園内、ここはもう初夏のようだ。

二人で苔の生えた丸い石の上を進んでいくと、ガラス張りの大きな温室が見えてきた。 


誰かいる!!


慌てて植え込みに隠れると、温室の入り口付近で三人の生徒がこちらに背を向けて立っているのが見えた。

あれ? さっき見た生徒は二人だった、一人増えてる……。

それに、向こう側にも誰かいるっぽい? 不穏すぎる。


わたしが考えている間に、横に居たはずのロッティは何も気にせず温室へ向かおうとしていた。

うぉぉーい、ちょっと待って!! 

咄嗟に後ろからロッティの両肩を掴んだ。


「へ?」


ロッティは気の抜けたような声を出した。


「お願い、行かないで!」

「どうしたのエミリー?」


美しい水色の瞳をまん丸にして、ロッティは睫毛をバサバサさせている。


んもぉぉーーこんな通常から外れた出来事、絶対ヤバいでしょ。

わたしにはわかる! 絶対にシャルかジークフリードが関わってくるイベントに決まってる。

ロッティの悪役令嬢フラグはこれ以上立てさせないって決めたんだから!


「ね、ロッティ、気になるならわたしが見てくるから! ここにいて、お願い!」

「でも……」

「わたしが見てくるって! ね! ね! お願い!!」

「あ、うん……わかった……」


私の気迫に押されたのか、よほど必死な顔をしていたのか、ロッティは素早く何度も頷いた。

そして自分の肩に置かれたままの私の手を、両手でぽんぽんっと触った。


「やだごめんなさい、じゃあ何をしているか見てくるから、ロッティはその角にあるベンチで待ってて、絶対に待っててよ、ついてきちゃ駄目よ、動かないでね、絶対よ!」

「わかったって、どうしたのよ、エミリーったらケイトみたい」


ロッティはクスクス笑いながら、通路の隅に設置されているベンチに座った。

ケイトはフリューリング家で一番長く勤めている侍女頭の名前だ。

ちょっとしつこく言いすぎちゃったか……でもこれくらい言っておかないとついてきそうだもんね。


おとなしく座っているロッティに手を振り、なるべく足音を立てないよう気を付けながら、温室の入り口へ向かった。

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