目覚め 2



あの後、ヘンリーと父母であるランハート夫妻から、今日までの出来事を教えられた。


約一週間前のこと。

流行り病にかかってしまったわたしは、40度以上の高熱が下がらず、二日目からは水分も取れないまま、ほぼ意識がない状態だったらしい。


四日目の夜、医師から『これ以上熱が続くようだと体がもたないかもしれない』と言われ、五日目の朝にも熱は下がることがなく……とうとう、意識が戻らないまま心臓が止まってしまったそうだ。


医師からも死亡診断を下され、もちろん両親とヘンリーもしっかりと呼吸が止まっていることを確認した。三人で泣いて一夜を過ごしたあと、二人でお別れがしたいというヘンリーが部屋に入ると、わたしが目を覚ましていた……。


高熱……心当たりがある……。

そうだ! あの日、熱を出して会社を早退したんだった。


わたしの名前は今野芽衣子、都内一人暮らしの派遣OL。

友達も少ないうえに最近は感染力の強い風邪が流行していて、もっぱらSNSで話をするだけ。おかげで趣味の漫画とゲームに課金が捗る日々を送っていた。


決算月で月初めから残業続きの金曜日の朝、出勤したばかりだというのに酷いめまいで医務室に行くと、既に熱が39度を超えていた。慌てた上司に帰るように促され早退。

マンションに戻りポストを見ると、一通の大きな封筒が入っていた。


きゃーーこれは! あのゲーム会社の新作! 

待ちに待っていた「ふたりのシャルロッテ」だ。


エレベーターに飛び乗り、ちょっとだけ封筒を開けて中を覗く。

真っ黒なジャケットに金色のタイトルが見えた。

このメーカーはパッケージにイラストを使わない、この感じがたまらなく格好いい。

早くやりたいけど、熱で頭がぼーっとして足がふらついてきた。

急いで部屋の鍵を開け、すぐに薬箱へ向かうと解熱剤を取り出した。


「朝ご飯たべてないけど……まあいっか」


コップ一杯の水で薬を一気に流し込む。

服を脱ぎ捨て、数時間前まで着ていたTシャツに着替えてベッドの上に転がった。


「はぁ、最悪なくらい怠っ」


一気に体が重くなるのを感じる。

薬効く前になんか熱上がっちゃいそうだなあ。

ゲームやりたいけど、起きてからにするかな……んーやっぱ特典だけ見てみよ。


外側のシュリンク包装をぺりぺりっと剥がして、ベッドの横にぽいっとほうり投げた。


『ふたりのシャルロッテ:予約特典版~豪華ブックレット・特典コード付』


ブックレットの表紙は金色に黒文字、ジャケットの装丁と反転しているのが最高にいい!

んー美しいわー、この特典コードって何だっけ? とりあえずスマホで読み込んでっと。

画面に現れたurlをタップする。


すぐに美しい音楽に合わせて、画面いっぱいに真っ白な花が舞い散るシーンが流れはじめた。金髪の女性が跪いて頭を下げている、それを見下ろす金髪のイケメン。


『シャルロッテ! 嫉妬のあまり教会に火をつけるとはなんと最低な女だ。このジークフリード・オルター、ここに貴様との婚約破棄を告げる!』


うぉぉいネタバレ、まあ仕方ないか特典だし、よく見ると特典コードの下に*ゲームクリア後のラブラブ特別ムービー! ネタバレになりますのでご注意くださいって書いてあるわ……。


いいのいいのネタバレとか気にしないし、なによりこの王子の作画が最高に綺麗!

めちゃくちゃ好きなビジュと声だー早くやりたいなー。

しっかし頭痛いよー流行してる風邪じゃないといいけど……。

あー急にお腹すいてきちゃった、帰りにコンビニ寄ればよかったなー。


スマホの画面でイケメンが愛を囁いている。

ベッドの上でごろんと仰向けになり、画面をタップして一時停止した。


今から寝ちゃうと汗かきそうだし、面倒くさいけど冷蔵庫から飲み物持ってこよっかな。


怠さで布団に吸い込まれそうな体を起こして、よいしょっとベッドから足を下ろした。


「あ!!」


ヤバい! 滑るっ!

足の裏に、さっき放り捨てた外装シュリンクを踏んだ感覚がした。

そう思った瞬間、体が宙に浮き、ベッド横の収納棚に激しく後頭部を打ち付ける。


「いっ……」


その衝撃でスマホが体の上に落ち、動画の続きが再生されはじめた。


『ジークフリード・オル……シャルロッテを……』


荘厳な音楽が流れる中、どんどん意識が遠のいていくのがわかった。


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