11.強く優しい吸血鬼
「――それで? 貴様はこの下僕のどこがそんなに気に入ったんだ?」
宿屋の部屋の中、向かい合わせになっているベッドへと腰掛けながら、3人は落ち着いた様子で対面していた。
結論を言えば、ジョシュアは売られた訳では無かった。先の接触でも分かる通り、“赤毛”の吸血鬼は他の吸血鬼とはまた違った意味で自由奔放だ。
今回、その
ジョシュアがホッと胸を撫で下ろした反面、“赤毛”の吸血鬼は一気に不機嫌面だ。ブスッとした顔でベッドにあぐらをかき、気怠そうにミライアを眺めていた。
「え? どうして?」
ミライアの問いに素っ
「お前、コイツを探し出すような真似までしていたろう。今まで通り、ソッチは引く手数多だろうが」
ミライアは随分と不思議そうだ。“赤毛”がそこまでするのが珍しいのだろうか、なんて思いながら、ジョシュアはミライアの隣でそれを大人しく聞いていた。
「ああ、そういう事か。そうだねぇ……、俺も良く分かんないんだけど、美味しそうな匂いがしたから」
「……それはつまり、食事の方でという事か?」
「どうだろうねぇ? 何というか、
「相性か。まぁ、食事に関して言えば分からんでもない。滅多にお目にかかれんしな」
「でっしょぉー? ……それにまぁ、美人ばっか喰いすぎて食傷気味ってのもあるのかもしれないけど。ほら、冒険したい感じ?」
「……そこは解らんわ。相っ変わらずだな、お前」
ミライアのその、何とも言えない表情をジョシュアはただ黙って眺めていた。未だに掴み切れないミライアという吸血鬼について、少しばかり考えてしまう。
長年つくらなかった眷属をつくったという話は、ジョシュアも直接聞かされている。
吸血鬼というのは誰も彼もが
――敵わないと分かっていながら、単身であそこに突っ込んできたのだ。お前もまた同類だ。
ジョシュアもミライアにはそう言われた。まさか、とは思ったのだ。何せジョシュアは元々一般人ではない。化け物を狩るハンターだったのだ。
だが、ジョシュアがそれを指摘してもミライアの言葉は変わらなかった。そうではないと。元々の性質の話なのだと。
ミライアは
そんな、格のまるで違う彼女が言うのであれば、それはそうなのだろうけれども。ジョシュアには納得がいかなかった。いずれはそれもハッキリとするのだろうけれども、一体何年先になるのだろうか。
永遠と続く吸血鬼の生は、ジョシュアにどれ程の時を与えるのだろう。想像する事なんて到底出来やしなかった。
そんな風に、ジョシュアが随分と考え込んでいた時だった。不意に、ミライアの言葉が耳に入り込んできた。
「――それはそうと“赤毛”の、お前暇だろう。ついでに
思わずジョシュアは目を丸くした。気の抜けた声が無意識に飛び出る。
「は」
「え? 何で俺?」
「探しものを探すには使えるのだが……戦いとなると全然でな。私とはスタイルが違いすぎる。お前の方が適役だろう」
「ほうほう……それはつまり、好きにして良いと?」
「……仕事に使える程度になら。私も使うのだ、やったりはせんからな」
「よっしゃ! やるやる!」
あれ、これって実は本当に売られたんではなかろうか。そんなジョシュアの心の声が二人に知られる事はなく、彼らは着々と契約の話を纏めていくのだった。
◇ ◇ ◇
ジョシュアがミライアと呼んでいる吸血鬼は、どちらかといえば
そして、挑んだ事が無いのにも関わらず、彼女は一度も負けた事がない。つまりは、根っからの
そんな彼女が引き合わせた“赤毛”の吸血鬼。
彼もまた、先の話にあったように戦闘よりも色事を好み、ミライアのような穏健派にあたる。彼女が何故、ジョシュアと彼を会わせたのか。その理由は明らかだ。
ミライア以外の吸血鬼と顔を合わせる、と言う意味では、この“赤毛”ほど安全な吸血鬼は他に居ないのだ。彼は人間を嫌うでもなく、いっそ愛でている
まだ吸血鬼になって間もないジョシュアにはまだ、理解できていないのだろうけれども。あらゆる所で、ミライアから示されるヒントやその優しさは
普段の
ジョシュアはまだ、こういった所で
長年落ちこぼれたハンターとしての生活を送っていたこともあり、それはジョシュアの考え方にも
ミライア以外の吸血鬼との顔合わせは、かねがね成功したと言えよう。これはジョシュアの安全を確保した上での交流であって、一部を除けば至極穏やかなものである。
これが別の吸血鬼ともなればこうもいかない。いくらミライア相手とは言え、
そういう意味では、ミライアはきちんと教えを
これらが全てジョシュアの為だと言われれば、確かにその通りなのである。
「知ってる? この世には絶対に逆らってはいけないバケモノがいるんだよぉ」
まるで鼻歌でも唄うかのように、高らかに言ったのは“赤毛”の吸血鬼だった。大層機嫌が良いのか、それに腰掛け、不安定にも
顔だけ見れば、とても惚れ惚れしそうな
「おい……」
「君がくっ付いてってる姐さんもその一人なのは勿論なんだけどぉ、」
「おいっ、“赤毛”の!」
「どっかに潜伏してるらしい全身真っ黒でロン毛の変態もね、中々でぇ――」
「ッ
悲鳴のような声を上げるジョシュアはと言えば、赤毛に背中に乗られながら芋虫のように
背中に、体格の良い赤毛の全体重がのしかかっていて、おまけに首根っこまで押さえ付けられているものだから、ジョシュアは起き上がろうにも起き上がれないのだ。
だが、赤毛は取り付く島もなかった。
「うるっさぁーい、俺らにとっちゃ負け犬に人権なぁし! すぐにヘバりやがったヘタレは、黙って俺のありがたーいお話を聞く!」
「ぐふッ……」
言われるのと同時、背中に軽い一撃を貰いジョシュアは
言い方やら扱いやらは兎も角として、確かに赤毛の言う事は最もなである。誰の為にこんな事をしているのかと言われれば十中八九ジョシュアのためなのだから。
吸血鬼の世界では、弱い者は強い者に従わされる世の中だ。彼等に人間の常識は通じない。自分にとって嫌な事をされたくなければ、強くなるしかないのである。
シンプルかつ、ジョシュアにとってはひどく
赤毛による特別講義は更に続けられた。
「んでねぇ、俺もさぁ、昔あの黒尽くめのヤツにブッ殺されかけて大変だったんだよ!」
「……っアンタがか?」
「そうだよ。俺、最初に言ったでしょ、戦うの苦手だって。まぁそりゃ、そこそこ長く生きたからそれなりにはなったけど……」
「…………」
「ああいう奴らってマジで気配ぜんっぜん追えないし、高速で突っ込んで来るバケモノ相手にどうしろっての。死神だよ死神! 戦闘狂ってのはそういう連中を言うんだよ、姐さん含めてね。殺しても殺してもちーっとも死なないんだから」
「ミ――、彼女もか?」
途中、思い掛けず飛び出したミライアの話題に、ジョシュアは思わず口を挟んだ。
彼の知る吸血鬼ミライアは、そのほんの一部でしかない。つい先日、名前の事を含めてジョシュアはそれを思い知ったばかりだ。
他の吸血鬼から見たミライアがどんな吸血鬼なのか。興味を持つのも自然な流れである。
赤毛もまた特に構える様子もなく、彼女についてを語り始めた。どれもこれも、ジョシュアが初めて聞く話ばかりだった。
「そりゃあね。そもそも姐さんは元が違う」
「元?」
「そ、大元の血筋が違うって事さ」
「血筋って……」
「ほら、吸血鬼の
とんでもない話にジョシュアは言葉を失った。余程強い吸血鬼なのだろうとは思っていたが、まさか始祖の直系だったとは。
ジョシュアも耳にした事くらいはあったのだ。千年以上も前の、始まりの吸血鬼の話を。今や
そんなところから血を貰ってしまっていただなんて、ミライアらしいと言えばらしい。未だ付き合いは短いが、ジョシュアも彼女の性質も多少は理解しているつもりだった。
赤毛は、言葉を失ったジョシュアに構う事なく、その話の先を続けた。
「だからね、俺なんかよりよーっぽど
「始祖……」
「いいよねぇ……俺なんてさぁ、貴族ヅラしてた頭おかしい訳わかんないヤツだし。……勝手に吸血鬼にしといて飾るだの何だのってふざけた事抜かすから、ムカついて速攻殺しちゃってさぁ。それで親殺しとか言われてんだからマジ笑うわ! 第一、俺に殺されるとか弱すぎ!」
さもおかしそうに、自分の始まりまで告げ出した赤毛に、ジョシュアは絶句した。こんな簡単に、自分なんかに言ってしまっていい話なんだろうかと。
自分の始まりも大概だが、赤毛のそれは恐らく、そう進んで話したい内容でもあるまいに。吸血鬼ジョークなのだろうか。
それでもジョシュアには、笑い飛ばすことなどできそうにはなかった。
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