8「推しの手料理」
「何しとん、はよ入ろうや」
僕がスーパーマーケット『ラ○フ』の前でもじもじしていると、千代子が腕をつかんで引っぱってきた。
「ちょっ、ひょろメガネが千代子みたいな美少女と一緒に歩いてたら、ぜったい悪目立ちするって!」
「美少女て。いや美少女やけど」胸を張る千代子。「神戸、確かにメガネやけど。言うほどひょろくはないやろ」
がっつりと手をつながれてしまった。
千代子に引っぱられ、店に入る。
「炊飯器はあるん?」
「安いやつが、一応」
「コメは?」
「まだちょっと残ってたと思う」
「なら追加で
千代子がぐんぐん先行していき、僕は腰巾着みたいになってショッピングカートを押す。
「今からコメ炊く時間はないから、お昼はレトルトごはん
「塩コショウあるやん」
「あんなん実質アミノ酸やで。使うなとは言わんけど、自分で味決められへんのは嫌なんよ」
「へぇ」
「コメも買うし、夕飯用のはまた夕方に来よか」
すっかり千代子のペースだ。
🍼 💝 🍼 💝
「チャーハンと中華スープ。簡単なモンで悪いけど、召し上がれ」
小一時間後、僕の目の前には見事な手料理が並んでいた。
簡単だなんて、とんでもない!
「うんっまぁ!」
推しの欲目を差し引いても、とんでもなく美味しかった!
欲を言えば千代子と食卓を囲みたかったんだけど、この部屋にはテーブルもなければ、それを置くだけのスペースもない。千代子が持って来た2段ベッド兼作業部屋が大き過ぎるんだよね。
なので、僕は僕のパソコン用兼万能机で、千代子はベッドの中の秘密基地での食事とあいなった。
「おそ松さん」
背後から千代子の、ちょっと得意げな声が聞こえてくる。
「そう言や『花嫁修業配信』と題して料理配信も何度かやっとったもんなぁ」
「覚えとってくれたんか」
「そりゃ、推しのことは何でも覚えとるよ」
「嬉しいね。ところで」
少し、間があった。それから、
「『推し』に『推』される気分ってのはどんなもんや? コンブママ?」
改めて、心が震えた。
「嬉しい。滅茶苦茶嬉しい! いつから読んでくれてたん?」
「1年と数ヵ月くらい前からや」
僕が書き始めて数ヵ月経ったころからだ。
「どこにハマってくれたん?」
「そりゃあもう、千代子の強さにやで! 明治時代! 女ってだけで下に置かれあごで使われ蔑まれるのが当然な、男尊女卑を地で行く時代! そんな明治にあって男どもを拳ひとつで従わせ、やりたい放題好き放題しながらも自分を律し、自分の正義に忠実に従うその姿はまさに女傑にして英傑! 貧しい時代や。確かに明治政府は人身売買を禁じたけど、軽工業を始めとした労働力への需要の高まりによって年端もいかん少女らが紡績工房で奴隷同然の待遇で働かされてやぁ! 千代子が大阪行った時に、
……すっごい早口だった。
完全な限界ヲタクの姿が、そこにはあった。
「……ア、アリガトウ。ソノシーンハ自信アッタンヨ」
正直ドン引きしてしまって、固い声が出た。
「ご、ごほん。キミがウソ偽りなく僕のファンだってことはよく分かった。よぉ~く分かった。――それで」
それで。
そう、聞きたいことはたくさんあるけれど、まずはコレを確認しておかなければ。
「僕の家に転がり込んできた理由を、聞いてもええか?」
「…………」
「…………」
互いに続く沈黙。
気まずい。
推しを困らせたくない。
けれど、コレだけは絶対に確認しておかなければならない。
いくらファンだからといって、初対面の男子の部屋に上がり込み、住み着こうとするなんてただ事ではない。
真っ先に思い浮かんだのが、『家出』説だ。
何らかの理由で家にいられない、いたくないため、上げてくれそうな人――つまり僕――の家に押しかけてきた、とか。
次に浮かんだのが、『ガチ恋ストーカー』説。
千代子は何らかの手段で僕のことを知っているようだ。僕が『明治千代子』の原作者であることを。
それで、どうしても僕とお近づきになりたくて、こうして違法まがいな行為までして近づいてきた。
実際、ピッキングか何かでカギ開けて侵入してるし……って、改めて考えたら、ガチ犯罪行為じゃないか!
通報か? やっぱり通報するべきか?
でも、目の前の少女が『VTuber明治千代子』だというのは事実だ。身元は確かと言える(バーチャルだけど)。
普通に考えれば、通報すべきなんだろう……けど、僕はどうしても、そうしたくない。
だって千代子は僕の推しだ。
それに、中の人である目の前の少女も、目元は千代子ほど尖っていないものの、ものすごく美人で、外見が千代子そっくりで、言動も解釈一致しまくりなんだ。
いや、本当に美人。
やっぱりガチ恋説はないな。こんな美少女が、僕みたいな根暗でひょろメガネなキモヲタを好きになるわけがない。
『好き』だとしても、原作者――小説家、イラストレーターに対するリスペクトとしての『好き』だろう。
「2つ」
千代子がピースした。いや違う。
「2つ、ある。めちゃくちゃ重要な目的が」
目的。
千代子が僕の前に現れた、目的。
「それは、何?」
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