第1幕「ママの【ママ】は僕」

1「【推し】に押しかけられる」

❖1ヵ月前、3月下旬の午前中 / 神戸かんべ 耕太郎❖



「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 僕は、今日もママチャリで坂道を上る。

 カゴには、隣駅のホームセンターで買ってきた生活用品がいっぱい。

 2年に上がったのを期に、父さんと母さんが一人暮らしを許してくれたんだ。


 アパートの軒先にママチャリを停め、105号室のドアにカギを差し込む。

 平成を通り越して昭和感すらただようボロアパートはセキュリティーが不安だけど、専業農家で収入が不安定な両親が無理してくれたんだ、これ以上のぜいたくは言えない。


「……あれ?」


 狭い台所を抜けて、僕は首を傾げた。

 シャットダウンさせたはずのパソコンの電源が、入っていたからだ。

 北向きの六畳間に備え付けている勉強机。その上に置いてあるモニターに映っているのは、


『ほんで今日は、間抜けな警吏けいりからカツアゲしたゼニで書生仲間らと一緒に風月堂の氷菓アイスクリン喰うてなぁ!』


 僕の唯一の癒し、VTuber明治めいじ千代子ちよこ

 半年前に鮮烈デビューした、20万人ものチャンネル登録者数を擁する個人勢。

 スピーカーから聴こえてくるのは、ややハスキーながら艶やかで可愛らしい声だ。


 男尊女卑を地で行く明治時代の日本で、

 女学校サボるわ、

 男の金玉踏み潰すわ、

 自慢のこぶしでケンカして回るわ、

 と自由奔放やりたい放題な旧尼崎藩士の娘で関西人。

 ――という設定のVTuber。


 外見は長い黒髪をサムライポニーテールにした美少女で、いかにも気の強そうな目元と凶暴そうな八重歯がチャームポイント。

 矢絣やがすり模様の着物とエビ茶色の袴、編み上げの革ブーツという明治時代の女学生風なファッションながら、袴の丈は膝上数十センチ。

 リスナーを『許嫁いいなずけ』という設定にして『旦那様』と呼び、メン限ではスパチャしてくれた旦那様の金玉を一つずつ丁寧に踏み潰している。


『あ、くしゃみ出そ……はっ……はっ……ぶわぁああっくしょい!!』


 ミュートする気も隠す気もサラサラない、豪快そのもののくしゃみ。

 そしてリスナーからの、怒涛の『くしゃみ助かる』コメ。


『助かっとんちゃうわ、気色悪いな!』


 からのぉ、会心の台パン。

 僕の推しは、今日も美しい。


「じゃなかった。おかしいな、ちゃんとパソコン切って出てきたはずなのに……ん?」


 僕はさらに首をかしげる。

『明治千代子(の拳)はく語りき』の未公開原稿ファイルが開かれていたからだ。


『明治千代子(の拳)は斯く語りき』は、僕が1

 そう、誰あろうこの僕こそが、千代子のオリジナル作者なんだ。

 VTuber明治千代子が身にまとっているバ美肉も、僕が自作小説の宣伝用に描いてUPしたイラストが元になっている。


 繰り返しになるけれど、VTuber明治千代子が世に現れたのは半年前。

 9月1日――僕が書いている原作の千代子の、誕生日だ。

 VTuber明治千代子のことは、エゴサしてた時に突如ノイズとして目に飛び込んできたことから知った。

 だから僕は彼女の初配信前から彼女のことを知っていたし、初配信当日からファンでメンバーだった。


 VTuberの方から連絡はあったのかって?

 ないよ。

 つまり僕は、一方的にパクられたという立場にある。

 本来なら抗議すべきところなんだろうけど……





 声が。

 声が、圧倒的に良かったんだ。





 ややハスキーで、暴力性を感じさせながらも、時折少女性を感じさせる、鈴の鳴るような声。

 聴く者の心を魅了してやまない声。


 言動や立ち居振る舞いもまた、良かった。

 確かな時代考証に裏付けされた言動と、絶妙なタイミングで引用される本家『明治千代子(の拳)は斯く語りき』のセリフ。


 僕のキャラ原案とイラストを無断転用した顔も知らないパクリ魔が、それでも僕の『千代子』に対して並々ならないリスペクトを抱いているのが無限に感じられて、僕は永遠に解釈一致することができた。


 だから僕は、抗議するのをやめた。

 名も知らぬVTuberの夢を最後まで追いかけようと、『推そう』と決めたんだ。


 ……そんな感慨にふけりながら、『明治千代子(の拳)は斯く語りき』の原稿ファイルを閉じる。

 タスクバーが目に入って、ようやく僕は気付いた。

 見慣れぬアプリが立ち上がっていることに、だ。


「OBS Studio……オービーエス!?」


 VTuberやYouTuberが使う、配信者御用達のソフト!

 何で僕のパソコンに!?





「「初めまして、KNBコンブママ!」」





 飛び上がるほど驚いた。

 画面の中の明治千代子が、僕に笑いかけてきたからだ!

 そ、そそそそれにKNBコンブママって――いや、それよりも!


 僕は慌てて振り返る。

 声が、スピーカーとの両方から聴こえてきたからだ。


 部屋の入口に、見知らぬ女――高校生くらいの少女が立っている。


 ちょっとあり得ないくらいに顔が整っていて、

 長い黒髪をサムライポニーテールにしていて、

 胸が信じられないほど大きくて、

 矢絣模様の着物を思わせる柄のYシャツを着ていて、

 明治時代の女学生の袴と同じエビ茶色のスカートをはいている――もっとも、スカートの丈はめちゃくちゃ短いけど。


 状況が状況でなければ、一目惚れしてしまいそうなほどの美少女だった。


「お前、誰だ!?」


「明治千代子や」少女が、笑った。「逢いたかったで、ママ」





 ――これが僕と、千代子の出逢い。

 波乱万丈な毎日の、幕開けだった。





   🍼   💝   🍼   💝





ママの【ママ】は僕

~大人気アイドルVTuberにオギャりちらかす僕が、実はそのVTuberの生みの親。どんなにエロい衣装でも着させられるし、どんなに恥ずかしいセリフでも言わせることができる~


 ここに開幕!\\٩( 'ω' )و ////





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【超美麗表紙イラスト】

https://kakuyomu.jp/users/sub_sub/news/16817330655188265332



【明治千代子イラスト】

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