俺は自宅警備員!

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俺は自宅警備員!

 寂れた街の一角に、同じく寂れたマンションがあった。

 主要幹線道路が再開発に伴い、新しく整備されると、そこは急速に寂れていった。

 それは一等地から、一気に人気ひとけが失せるということだった。

 そんな街に一軒のマンションがあった。

 マンションは4階建てで築70年は経っている。

 エレベーターはあるが、ボタンを押しても動き出すのに3分もかかるだけでなく、指定の階数で止まらない為、故障中との張り紙がある

 各階に行くには、階段を使うしかない。

 そして何より、エントランスはゴミだらけであった。

 そのマンションの一室に、一人の少年が住んでいた。

 身姿からして高校生ぐらいだろう。

 身長も平均より少し高いぐらいであるし、体格的にも華奢な感じがある。

 顔立ちは綺麗と言っても良い部類だが、表情に覇気はなく、いつも眠そうな顔をしている。

 髪型にも特徴がなく無造作に伸ばしていた。

 名前を加藤かとう真之まさゆきという。

 ただ、その名前を呼ぶ人間は少ない。

 友人がいる訳でもないのだ。

 進学に失敗し、就職も上手く行かなかった。

 その後は、自宅警備員として人生の始まりだった。

 親もおらず、一人暮らし。

 以来、彼はずっとこのマンションに住んでいるが、他の住民がどんな人物なのかは全く知らなかった。

 ただ管理はしなければならなかった。

 なぜなら、このマンションは真之の両親の持ち物だからだ。

 真之の父はかつて不動産関係の会社で働いていたことがあり、知り合いが所有していた土地建物を買い取ったのだという。

 それがこのマンションだ。

 悠々自適な不労所得があるかと言えば、そうではなく。入居済みの部屋よりも空き部屋の方が多いような状況だ。

 両親からは定期的に生活費と小遣いを送って貰っていたが、それは必要最低限といった額であり、とても贅沢など出来るものではなかった。

 だが、そのぎりぎりのラインでいるからこそ、自宅警備員として生きて行けるのだと思えば我慢出来た。

 結果、自宅警備員の真之がマンションの管理を任された。

 エントランスや廊下などの共用部の清掃、郵便受けの確認、宅配ボックスの中身のチェックなど。

 だが、真之が仕事をするのは数日に一度だ。

 昼間はほとんど部屋に閉じこもり、パソコンの前に座る。

 インターネットに接続した後は、ひたすらゲームとネットサーフィンを続ける日々を送るのだった。

 そんな生活ではいけないと、部屋の中で運動も欠かさない。

 ゲームの勘を養うために射撃訓練・格闘術の訓練を日課としている。

 そんな、ある日のこと。

 夕方になり、マンションの住人達が次々と帰宅してくる時間になる。

 真之は郵便受けに届いているであろう、ネットで注文した漫画を取りに行くために、エントランスまで降りる。

 今日も、また誰一人会うことはないだろうと思っていた時、エントランスに入って来る少女の姿を見た。

 彼女は制服を着ており、学校帰りであることが窺えた。

 地元の中学生の制服を着ていた。

 身長はやや高めであり、スラリとした体型をしている。

 肩まで伸ばした黒髪はとても艶やかで美しく見えた。

 整った目鼻立ちをしており、美少女と呼んで差し支えない容貌をしていた。

「こんにちは」

 振り返ると彼女が立っていた。

 どうやら彼女も自分と同じように、たまたまここを通っただけらしい。

 挨拶を交わしただけだ。

 それなのに何故か彼女のことが頭から離れなかった。

 それからというもの毎日のように、同じ時間帯に彼女はやって来た。

 その度に彼女と言葉を交わすようになった。

 最初は挨拶だけだった。

 真之は、エントランスの清掃を行って、自然と遭遇するようにした。

 すると、少女は真之がマンションの管理人であることに気づいてくれた。

「加藤さんって、管理人さんだったんですね。いつも綺麗にして下さり、ありがとうございます」

 愛は、眩しい程の笑顔で真之に礼を述べた。

 それからは、挨拶と事務的な内容ばかりだったが、次第にお互いのことを話したりするようになった。

 少女の名前は白海愛しらうみあいと言った。

 通っている学校は私立の女子中学校であり、お嬢様学校と聞いている。

 そして、このマンションへ出入りの訳を聞いた。

 すると、意外な答えが返ってきた。

「実は離婚した父親が、このマンションに住んでいるんです」

 と。

 父親とは、小学生の時に別れてから、ほとんど会ったことがなかった。最近体調を崩し、身の回りの世話をする為に通っているということだった。

 それを聞いた真之は、優しい娘に心惹かれるものがあった。

(俺にも彼女がいたなら、きっと幸せだろうなぁ……)

 そんな風に思ったりしながら。

 恋に落ちていた。


 ◆


 その日も、真之は愛に会いたくてエントランスを掃除していた。

 愛に一言声をかけられるだけで、ハッピーになれてしまう。

 顔が綻んでしまうのを我慢する。あくまでもナチュラルに接しなければ気持ちの悪い奴と思われたら大変だからだ。

 すると、愛が転がるようにして駆け込んで来た。

 愛の制服は汚れ、所々破れたりしていた。

「どうしたんです?」

 真之は急ぎ、愛の側に座って尋ねる。

「……助けて」

 愛は涙を浮かべながら言った。

 何があったのかは分からないが、ただ事ではないようだ。

 マンションの正面に黒いバンが止まる。

 見ただけで危険な感じがする車だった。

 そのバンから6人の男が出て来てきた瞬間、真之は愛を連れてエントランスからマンションの中に入る。

 オートロックマンションではない為、鍵はアナログなものだったが扉は旧式ながら厚く重い為、一時的な効果はある。

 愛の手を引き階段を駆け上ろうとしていると、扉を叩き背後で怒号のような声が上がる。

 このままではマズイ。

 そう判断した真之は、管理人室よりも自室にしている最上階の部屋に逃げるべきだと愛の手を引いて階段を駆け上り部屋へと向かう。

 4階の外廊下から、マンション入り口の様子が見えた。

 車は、もう一台増えており、男達の数もそれに比例して増えていた。

 10人は居ると見た。

 そこには先程の男たちがいて、何かを話している。

 男の一人が、真之の方を見上げている。

 やがてバンから、バッテリング・ラム(破城槌)を引っ張り出すのが見えた。

 質量のあるラム本体を勢いよく衝突させた際に生じる運動エネルギーをもって、ドアや門を強制解錠する最も原始的かつ常套的なエントリー・ツールだ。

「おいおい。マジかよ」

 真之は思わず呟く。

 こんなところで、あんなものを持ち出されるなんて。

 さすがにアレを食らったらヤバイ。

 その時、真之は閃く。

「白海さんは、俺の部屋に居て下さい。絶対に外に出ないように!」

 そう言って、部屋の中に愛を入れると鍵をするように言った。

「でも……」

 愛は不安そうな表情になる。

 確かに心配なのは分かるが、今はこうするのが最善の方法なのだと説得する。

 そして、真之は1階へと降りて行く。

 マンションの入り口まで行くと、男達が扉を破壊しているところだった。

 最新ではないが、丈夫さだけが売りのこのマンションの扉は、まだ持ちこたえている。

 相手が子供だと高を括っているからだ。

「クソ」

 真之は急いで、管理人室の部屋にある防災用品が入ったリュックを広げると、思う限りの武器になり得る物をかき集める。

 考える。

 理由はともかく、男達は愛を狙っているのは間違いない。

 ならば、4階の自分の部屋まで登ってくるだろう。

 しかし、途中で力尽きたら?

 奴らも下手な真似はできない筈だ。

 そこで真之は、男達に一泡吹かせてやろうと考えた。

 警察への通報は男達を退散させるだろうが、真相は闇の中だ。何よりも、自分のことをめた連中をタダにして置く訳にはいかない。

 自分に手出しをすれば、どうなるか思い知らせる必要があった。

 それからの真之の動きは迅速だった。

 コンクリート用接着剤を切って中身を取り出す。

 エレベーターを呼ぶと、ロープを結んだ棒を放り込む。

 冷蔵庫のコードを切ると、電線をむき出す。

 各階に行っては細工を始める。

 それから滑り降りるように1階に戻る。

 エントランスの扉は破られていた。

 そして、男達が中に入ってくる。

 一人の男が入ってくる。

 サングラスを掛けていて顔はよく見えないが、他の男と比べて体つきがガッシリとしている。

 恐らくコイツがリーダー格だろう。

 男は辺りを見渡すと、2階に上がる踊り場に真之が居るのを目にする。

「マンションの住民でも無い奴は出て行け」

 真之は言い放つ。

「誰だテメエ」

 男に訊かれたので真之は答えてやる。

「このマンションの自宅警備員だ」

 その言葉を聞いて男の部下達の顔色が変わる。

 可笑しくて、一人が吹き出すと連鎖するように笑いが起こった。

 それを見ていた男も、部下を宥めながら肩を震わせて笑っていた。

 だが、次の瞬間には真剣な表情になって真之を見る。

「娘を渡せ」

 男の言い放ちに真之は拒否する。

「嫌だね」

 男は懐から自動拳銃オートマチック・ベレッタM84を取り出すと真之に向ける。

 ベレッタM84。

 ベレッタ社が1976年に開発した中型自動拳銃。

 同社81より連なる“チーター”シリーズのひとつであり、32 口径より強力な380口径を13発装填できる。

 それを見た真之は一瞬怯む。

 だが、すぐに気持ちを奮い立たせると、手に持っていた消火器を噴射させる。

 粉塵が充満し視界が遮られる。

 その隙に真之は、2階へと、その場から逃げ出す。

「クソガキが!」

「追え!」

 男達は口々に悪態をつく。

 男の2人が、階段に向かって走り出した。

 消火剤による白い闇を抜けた瞬間、男の一人は丸い闇を見た。

 そして、それが何か理解する前に意識を失う。

 真之によるフライパンの殴打が、男の顔面にヒットしたのだ。

 もう一人、男は突然のことに驚いていると、頭上にフライパンによる強い衝撃を受けて前のめりに転ぶ。

 2人が気を失っている間に、真之は上に上がっていく。

 二陣の男達3人は、気絶している仲間を踏み越えて、真之の後を追う。

 2階に真之が居るのを男達は見つける。

「テメエ!」

 男3人が駆け上がろうとして、それぞれ顔面を階段で殴打する。

 なぜそうなったのか分からずにいると、両足が動かなくなっていた。

 見れば、靴が床に引っ付いていたのだ。

「ウチのマンションはボロくてね。あっちこっちにヒビが生じているんだ。という訳で、コンクリート用接着剤だ」

 真之はそう言って、不敵に笑う。

「バカか。こんなもんで止めたつもりか?」

 男の一人が靴を脱ぐことを思いつくと、他の男達も同様の行動に出る。

 男達は二歩踏み出すと、皆一様に叫んで階段を転がり落ちる。

 足裏を見れば、小さな円形状の金属が張り付いていた。

 いや、刺さっていたのだ。

 画鋲が。

 今度は背中に激痛が走る。

 大量の画鋲が突き立っていた。

 先程までは無かった筈なのに、いつの間に!?

 それは、真之が今し方になってばら撒いた画鋲だった。

「ウチのマンションは掲示物が多くてね。沢山あるんだ。画鋲」

 真之は、男達に勝ち誇るようにして笑う。

 そこに5人の男達が追い付く。

 惨状を見て、何が起こったのか理解する。

 怒り狂う。

「ブチのめせ!」

 だが、その時すでに遅かった。

 真之は500mlペットボトル3本を男達に向かって放っていた。

 顔面を狙ったものではない。

 まさに放ったもので、壁や床に叩きつけるものだった。

 その瞬間、コーラの蓋が吹き飛び、ペットボトルはロケットのように飛んで、男達の顎や頭、股間を強打する。

 メントスガイザーを利用したのだ。

 これは炭酸飲料のコーラに チューイングキャンディーのメントスを入れるとコーラが溢れ出す現象のこと。

 水分子の表面張力の低下が起き、コーラ中の二酸化炭素がたくさんの泡となって一気に空気中に出て行くことを利用しての、お手性ロケット。

 ペットボトルの蓋には予めカッターで切り込みを加えることで、衝撃が加わった瞬間に割れて外れるように細工をしていた。

 男達の顔は見るも無残に腫れ上がり、中には口から血を流している者もいた。

 特に股間を直撃した男は、完全に悶絶していた。

 真之は3階へと逃げる。

 男達が後を追う。

 姿が見えず、そのまま4階に上がろうとすると、1階から声が聞こえた。

 男達が外廊下から下を見下ろすと、そこには真之いた。

 リュックの背に差していたバールを抜くと、男達が乗ってきた車に向かって叩き込む。

 一撃でフロントガラスにひびが入る。

 それを見ていた男達は怒り心頭となる。

 もはや、冷静さなど欠片も無くなっていた。

 3階の手すりを見れば、消火ホースが結んであった。

 その先は、マンションの下に続いている。

「あのガキ。殺してやる」

 子供にめられていることに我慢ならない男達は、当初の目的を後回しに、1階へと駆け下りていく。

 エントランスホールを出ると、真之の姿は破壊している車の前で、大人しく待っていた。

「ごめんなさい。もうしません。許してください!」

 真之は、大声で謝罪する。

 男達は、その姿に溜飲を下げる訳も無く、真之の腹に蹴りを入れる。蹴られた真之は、車に激突し、フロント部分にもたれ掛かる。

「ふざけんじゃねえぞ!」

「ぶっ殺す!」

 男達は、口々にそう言う。

 真之は、手を向ける。

「5秒待って」

 と。

 その言葉に疑問を持つ間に5秒経つ。

 そこで異変が起きる。

 車が動いたのだ。

 ビクついたように。

 真之は、笑う。

「逆転満塁ホームラン!」

 真之がそう言った瞬間、真之はバンパーを引きちぎり、振り回して男4人を一撃で昏倒させる。

 素手でバンパーを引きちぎったのかと思えば、そうではない。

 バンパーには、ロープが結びつけられており、それが凄い速さで巻き上げられているのだ。

 その先は、エレベーターであった。

 時間差で起動する故障エレベーター内にロープを結び付けた状態で、1階まで降りるようにし、真之はバンパーに結びつけていたのだ。

 エレベーターが下がればロープを巻き上げられる。

 つまり、真之は巻き上げられるパワーを使って、バンパーを振り回したのだ。

 そして、真之は、そのロープに捕まり、そのまま3階へと戻る。

 唖然としたままの男達に、真之は3階から中指を立てて挑発する。

 男達は、我を取り戻すと、再びマンションへと突入していた。

 3階まで上がるが居ない。

 すでに真之は4階まで上がっており、階段上で男達を待ち構えていた。

 完全に戦意喪失となった男はバンパーでの一撃を食らった4人と、メントスコーラロケットで股間を殴打した1人、フライパンで殴られた2人のみ。

 ここへは、残り3人が集まっていた。

「覚悟しろ」

「死ねやぁあああ!!」

 男達が、同時に襲い掛かってくる。

 男達が駆け上がるよりも前に、消火栓の放水ボタンを押すと、大量の水が壁から噴き出してくる。

 それは、まるで滝のようだったが、それはすぐに止まってしまった。

「クソ。消火栓のポンプが止まりやがった。こんなのじゃ、消防設備点検で引っ掛かるだろうが。オンボロマンションが」

 男の一人が勝ち誇ったように笑う。

「それで、俺達全員を押し流すつもりだったんだろうが、残念だったな」

 確かに、その通りだ。

 予想外の事態に、真之は舌打ちをするが、想定外ではない。

 想定内だと言わんばかりに、二股に分かれたコードを見せる。

「マナーを理解できない外国人が居てね。共有部のコンセントで冷蔵庫を使ってやがるんだ。そのコードを切った。水は含まれる不純物によって電気を通しやすい性質になっているんだよね。

 そこで問題。濡れた、あんたらの足元にこのコードを落とすと、どうなるでしょうか?」

 男達は、ハッとする。

 答えはすぐに出た。

 走り出す。

 だが、遅い。

 真之はコードを落とす。

 その瞬間、電気が走り4人の男達は感電する。

 流れている電圧は100Vだが、100Vの電圧でも条件によっては感電による死亡事故が発生しているため、濡れた手でのスイッチの操作、プラグの抜き差しは十分に注意が必要となっている。

 悲鳴を上げながら倒れる男達の姿を見て、真之は勝利を確信した。

 適当な所で、コンセントからプラグを引き抜く。

 真之は、安堵して自室へと鍵を開けて入ると、愛が待っていた。

 そして、心配そうな顔で言う。

「加藤さん」

 それを見て、真之は笑顔になる。

「あいつらは……」

 訊ねる愛に、真之は親指を立てる。

「ノックダウンさせてやったさ。それより、どうしてあんな奴らに狙われたんだい?」

 愛は、首を横に振る。

 否定の意味ではなく、理由が解らないというニュアンスを込めて。

「分かりません。帰宅していたら突然。私、さらわれそうになったんです……」

 その時の恐怖を思い出したのか、愛の瞳に涙が浮かぶ。

 真之は理由は分からないが、とにかく愛のことを守れた事に満足するのだった。

 その時、背後に金属音が響いた。

 ドアの開く音。

 反射的に、真之が振り返った時、銃声が室内に響き渡った。

 真之は、その場に転がる。

「加藤さん!」

 真之は自分の左脇腹を左手で押さえていたが、血が流れ出す。

 撃たれたのだ。

「かすり傷だ」

 真之の言葉にウソはなく、出血は少ない。

 玄関を見ると、リーダー格の男が立っており、さらにトカレフを手にした男が2人雪崩込んで来た。

 男の1人は、愛を捕まえ銃口を向ける。

 もう1人の男は、真之にトカレフの銃口を向けた。

 リーダー格の男が、ゆっくりと室内へと入って来る。

 その表情は、怒りに満ちていた。

 彼の殺意に、真之は冷や汗を流す。

「ガキ。貴様、何者だ?」

 男が問う。

 愛を人質に取られている以上、下手な事は言えない。

「自宅警備員だよ」

 男は舌打ちをする。

「それより、どうして白海さんを狙う。彼女は普通の女の子だぞ」

 真之の問いに、男は答える。

 それは、衝撃的な内容であった。

 男は言う。

 その女の父親は、男達の犯罪組織シンジケートの仲間であったが、ドジを踏んだことで服役することになった。出所後も組織は、愛の父親を組織に残留させるつもりであったが、急に仲間を抜けたいと言い始めたのだ。

 組織の内情を知り、なおかつ裏切る気であるならば、離れられなくするしかない。

 だから、娘の愛を拉致しようとしたのだ。

「そんな。お父さんが、犯罪者だったなんて……」

 愛は、ショックのあまり涙を流し始める。

 真之は、そんな中、冷静に状況を把握していた。

 自分の正面にリーダー格の男。

 手にはベレッタM84を持っているが、右手に下げたまま。

 左には、真之にトカレフを向けた男。

 右後ろには、愛を人質にした男が居る。

 トカレフは持っているだけで、愛に向けられている訳ではない。

 真之は、漫画雑誌の下にを確認する。

 子供の頃のトラウマから無いと眠れない為に、いつも部屋にあるを。

「俺達の顔も事情も知った自宅警備員には死んでもらうぜ」

 そう言って、男は部下に命令を下そうとし、真之に銃口を向けている男が引き金に指を掛けようとした時だった。

 突如として、真之が漫画雑誌の下から自動拳銃オートマチック・H&K HK45を構える。

 H&K HK45。

 全長:115mm。重量:785g。装弾数:10+1。口径:45口径。銃種:自動拳銃オートマチック

 2005年にアメリカ軍のSOCOM(合衆国特殊戦統合軍)で行われたベレッタM9の後継拳銃のトライアルに出品するため、H&K USPの後継版であるH&K P30をベースとしてトライアル条件に合致するよう、45口径を装備したモデルである。

 真之はH&K HK45を構えた瞬間、躊躇ちゅうちょすることなく引き金トリガーを、右側の男に向けて絞る。

 乾いた発砲音と共に、45口径が発射される。

 45口径の近距離での破壊力は9mm弾の2発分と言われる。

 弾丸が重く、弾速が遅いため人体抑止力マンストッピングパワーに優れている。

 元々アメリカ軍も昔は他国同様、38口径の拳銃を使用していた。

 だが、1898年の米西戦争の際、フィリピンで起きた原住民族モロ族との衝突で、興奮状態の先住民に対し、38口径を受けても戦い続ける敵兵士に恐怖を憶えた。

 38口径の様な小口径弾は、相手が興奮状態では命中しても痛みを感じない場合がある。それ以来、アメリカ軍は対人殺傷能力の高い、45口径を求め、次世代の制式拳銃にも45口径であるコルトM1911を採用した。

 貫通力は無いが、その代わりハンマーで殴られたように人体のどこに当たっても相手が吹っ飛ぶ。

 男はトカレフを握る肩を撃たれて、吹っ飛ぶ。

 真之は身を翻しながら、右後方に居た男のトカレフの遊底スライドを掴み少し後ろに引かせる。

 自動拳銃オートマチックの特徴として、遊底スライドを少し後ろに引かせた状態にすると、引き金トリガーを引いても射つことができなくなる。

 同時に引き抜くようにしてトカレフを奪い、無力化する。

 次に、男の喉仏に右の上腕を叩きつけるようにして、腕を回し両腕で男の首を抱えたまま真下に向けて男を頭から床へと叩き落とした。


 【ベトナムホイップ】

 それはアメリカ陸軍所属の特殊部隊グリーンベレーが対ベトコン用に開発した殺人投技。

 頭部から落とす危険な投技は一撃で相手の肩を脱臼、もしくは肋骨を粉砕に至らしめ戦闘不能にする。

 《リングの赤い蝶》と言われた、不世出のマーシャルアーティスト・ベニー・ユキーデが使用していた秘技でもある。

 

 真之は男の首に回していた腕を中心に、コマを飛ばしたように素早く起き上がるとH&K HK45を両手で持ち体の中心・胸の前あたりに拳銃を構え、銃口をリーダー格の男に向ける。

 それは近接戦闘に特化した射撃スタイルC.A.Rシステムを取り入れた射撃スタイルだ。


 【C.A.Rシステム】

 軍事コンサルティング会社・ Sabre Tacticalのポール・キャッスル氏が発案。

 CARは”Center Axis Relock”の略で「中心軸の再ロック」という意味になり、近距離の戦闘下で武器の保持力と機動性を最大限に高め、素早く照準を定めるスタイルになる。

 相手に対して体の中心を垂直に向け、銃を持た無い方の肩を前にする。

 この姿勢により露出する面が少なり、相手から自分はターゲットとして小さくなる。

 そこに拳銃を突き出して構えるのではなく、体に拳銃を密着させるようにして構える。密着させることで銃を奪われることはない。

 銃口は肩の向きに連動し、敵を発見時はそのまま射撃。この姿勢のもう一つの利点は逆側に敵が現れた時に構えなおすことなく、銃を逆の手に持ち替えることで即座に反撃できることだ。

 正確な射撃というよりは、より即応性に優れた射撃スタイルになる。


 一瞬の出来事であった。

 男は何が起きたのか分からなかった。

 ただ一つ言えることは、目の前にいる自宅警備員を名乗る少年が、2人の部下を実銃で撃ち、投げ落としたという事実だけ。

 男はベレッタM84を右に下げたまま動くこともできずにいた。

 もし、自分が銃を持ち上げれば、真之は引き金トリガーを絞る。

 その程度の状況は、男は理解している。

「取引といこうじゃないか?」

 真之は提案する。

 いつでも殺せる状況にありながら、真之は交渉をしてきたのだ。

「何を……」

 だが、真之の提案を聞くことにした。

 自分の身が人質に取られている以上、従うしかない。

「なに。簡単なことさ……」

 真之は要求した。


 ◆


 愛が拉致されそうになった事件から数日後。

 真之のマンションから、白海愛の父親が住まいを引き払って出ていった。

 その隣には、復縁した妻と娘の愛も居た。

 家族3人で新しい暮らしを始めるために……。

 白海愛の父親は組織を抜け、カタギの職場に復帰した。

 組織からの追ってはない。

 なぜなら、それが真之が交渉した条件だからだ。

 愛の身柄の保護。

 愛の父親の、組織からの無条件での離脱。

 この2つを守ることで、リーダー格の男の身柄を開放したのだ。

 男は、その際に真之に訊く。

「もし。俺が約束を違えたらどうする?」

 それに対して、真之はこう答えた。

 ――その時は、お前の大事なモノを奪うだけだ。

 ――ただし、それはお前の命よりも価値のあるモノであることは間違いない。

 その言葉を聞いて、男は息を飲んだ。

「最後に、一つだけ聞かせてくれ。お前は一体何者なんだ?」

 すると、真之は答える。

「親父と母親が傭兵でね。ガキの頃に紛争に巻き込まれた。俺はそこで、両親を失った。そんな俺を保護してくれたのが、今の傭兵稼業の養父母だ。

 俺は生きる為に戦闘訓練を覚え、人を殺して生き残った。それだけの話」

 真之は吐き捨てるように言った。

 そして、真之は続ける。

「――今はただの、自宅警備員だ」

 そう締めくくった。

 

 愛は、あの日以来、父親と会話らしい会話をしていない。

 父親が犯罪組織シンジケートの一員だった。

 その事がショックだったのだ。

 父親も娘に、そのことを知られたのがショックだった。

 だが、少しずつ返事をしてくれるようになってきた。

 そんなある日のこと。

 父がポツリとこう言った。

 ―――愛の料理が一番美味いよ……。

 その言葉を聞いて、思わず泣き出した。

 嬉しかった。

 その日の夜。

 久しぶりに親子で一緒に食事を摂った。

 父と母が離婚してから、初めての家族の団らん。

 テーブルの上に並んだのは、カレーライス。

 子供の頃から大好きな母の味。

 甘口で少し辛い、その懐かしい味付けが嬉しい。

 幼い頃、いつもお腹を空かせて帰ってくると作ってくれた。

 そんな優しい思い出がある。

 それは、とても温かく、何よりも優しかった。

 そして、この生活を取り戻してくれた自宅警備員・加藤真之に感謝をしていた。

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