美佳(後編)
日曜日、午後の陽気な日差しの中、凛子は真希を誘い、美佳のアルバイト先であるMotorsport Cafe GOTOへと足を運んだ。
「うわあ、凛子、あれ見て見て!すっご〜い。」
正面が駐車場になったカフェの入り口をくぐると、目に飛び込んでくるのはクラシックカーが展示されたテラス席だった。
普段まず目にすることのないそのクラシックカーは、路上でときたま見かけるスポーツカーなどとは異質な存在感を放っている。
「なんていう車なんだろう?赤くないし、フェラーリとはきっと違うよね。」
「なんだっけ、詳しい名前は忘れちゃったけど、有名なスパイ映画で主役が乗ってるやつよ!そう、アストンマーチン!の古いやつ……のはず!」
「さすが真希!でもわたしも映画は見たことあるけど、こんな古かったっけ?」
「あたしもちゃんと見たことないけど、最初の方のシリーズで乗ってたんじゃなかったかしら。」
凛子と真希はしばし目を奪われつつ、店内へと入っていく。
Motorsport Cafe GOTOはテラスに引けを取らず、店内もクルマ好きなら大喜びしそうな独特の世界観が広がっていた。
カフェの内装は、木目調のフローリングと白い壁を基調としたシンプルなデザイン、窓から差し込む自然光や照明の配置により、独特な落ち着いた雰囲気を醸し出している。
また、店内にもF1やル・マン24時間レース、モトGPなどのモータースポーツ関連のポスターやグッズが飾られ、ガラス戸のキャビネットには実際にレーサーが使用したと思わしきヘルメットまでも飾られている。
席はテーブル席とカウンターの組み合わせスタイルで、マスターと思われる男性がカウンターの奥でコーヒーの準備にいそしんでいる。
「あら、来たのね。」美佳が二人を見つけ、声を掛けてきた。
「あ、美佳。言ってた通り、本当にすごい店だね!制服もかっこよくて似合ってる!」
美佳は黒いスラックスに白いシャツブラウス、胸元に店のロゴが入った藍染のエプロンを掛けたシンプルな装いで、髪は仕事用にアップでまとめている。
「ありがとう、せっかくだしゆっくりしていって。ロッカーに財布を取ってくるから席に座って待っててよ。」
二人はゆったりとしたソファに向かい合って座った。
「うわ〜!メニューもどれもモータースポーツに掛けてるんだね。面白い!わたしはやっぱりコーヒーが飲みたいから、この『ポディウムブレンド』にしようかな。」
「あたしは『グランプリジンジャー』にしよ!ケーキセットもあるのね。何にしようかな〜」
メニューに夢中になっていると、財布を持ってきた美佳が二人の元にやってきた。
「凛子、返すの遅くなってごめんね。迷惑かけちゃったから、利息をつけて返すよ」と美佳が言って一万円札を取り出した。凛子はそれを見て驚きの表情をした。
「いや、そんなにもらう必要はないよ。助け合うのが友達でしょ。」と凛子は笑みを浮かべ、自分の財布からお釣りを出した。
「でも、返すのが遅くなったのは自分の落ち度だったわ。本当にごめんなさい。」
美佳が謝り仕事に戻ると、カウンターで仕事をしていたマスターが話しかけてきた。
マスターは店名にもなっているとおり後藤といい、50代ほどの風貌ながらスリムな体型をしており、髪型は短く整えられている。
彼は、美佳が友達にお金を借りていたことを聞いており、彼女が給料前に前借りすることを了承していた。
「友達にお金は返せたかな。金銭の貸し借りは良くないという人もいるが、ワタシはしっかり約束を守れば、お金はむしろ友情や愛情、人と人との繋がりをより強くするツールだと思うな。」
「マスター、本当は週明けがお給料日なのに、無理を聞いてくださってありがとうございます。そうですよね、おっしゃる通りだと思います。」美佳が向き直って深々と頭を下げた。
「頭を上げて。うん、そうだね。だから返すのが遅くなったことには確かに、利息を払わないといけないね。」マスターは微笑みながら美佳に語りかける。
「会計はつけておくから、美佳くんがご馳走するということにして、みんなで好きなものを頼んだらどうかな。それで利息分になるだろう。」
利息を払わないといけない、と言われて一瞬、怒られた、とびくっとした美佳は驚いた。余裕のある大人とはこういうものなのだろうか、マスターの提案に感激してうっすら涙ぐんだ。
「それじゃ美佳くんも向こうにいって、みんなでお話してきなよ。君も好きなものを頼みなさい。ここで過ごす時間は、お金で買えるものじゃない。だから、君たちは思う存分楽しんでくれたらいいんだよ。」
「マスター、ありがとう。じゃあ少しだけ仕事抜けますね。」美佳はマスターに礼を言い、エプロンを外して凛子たちの座るテーブルに向かった。
「おっ、美佳もこっち来るのか〜?」「わたしの隣空いてるよー」二人が美佳に声を掛ける。
マスターは、満足そうに三人に向かって微笑みかけた。
「こうして、新しい友達ができて世界が広がる。そういうのは、いいもんだよな。」
コーヒーの香りが三人を優しく包み込み、日曜日の午後が過ぎていった。
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