Brave shine
恒例行事
世界の滅びから勇者再誕①
『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』
強烈な見出しで掲載された新聞を手に取る。
そこには魔法で念写されたであろう四人の男女が巨大な魔物と戦っているシーンが映し出されていて、今にも動き出しそうなくらい臨場感を読み取れる。
「あ、先輩だ。おはようっス」
「……ああ、おはよう」
「今日は寒いっスね」
「そうだね、暖かくしなよ」
「ウィッス」
後輩と軽いコミュニケーションをしてから新聞に目を戻す。
勇者一行。
今、世界で一番有名な四人組。
勇者シャイン。
戦士ウォーダン。
剣士シリアス。
賢者エヴリル。
かつてのこの街から飛び出していった
でも人類を救えるのは彼ら彼女らしかいないと言われていた。
十数年前に始まった、海の向こうから侵略してきた魔物の軍──縮めて魔軍。
その大侵攻によって大陸の半分以上を占領された人類は滅亡の危機を迎え、その戦力差とあまりにも早い行軍速度から半年と持たずに滅ぶとすら予想されていた。
それを推しとどめたのがあの四人。
魔軍幹部と呼ばれる指揮者を矮小な人の身で撃破し、卓越した戦術指揮能力や個としての戦闘能力を遺憾なく発揮し人類の活動圏を八割ほど取り戻した超人たち。
彼ら彼女らが魔軍を統べる王を討伐しに行く、と宣言した時は人類全体が沸き立ったものだ。
それから────数年経った。
魔軍の侵攻は止まらず。
人類の消耗は激しく。
消息を絶った勇者一行は、あまりにも惨い末路を辿った。
そう、人類は今にも滅びかけの状態だ。
この新聞の日付は
在りし日の栄光であり、これから消え失せる過去である。
「…………誰も来ないっスねー」
後輩が着替えを終えて椅子に座った。
「……そりゃ、誰も来ないよ。こんな状況で来るわけがない」
「でも先輩は来てるじゃないっスか」
「僕は……うん。来なくちゃいけない理由があったからね」
ここは人類圏最奥の街であり、王都を守る最後の砦。
とっくに民間人は王都周辺まで非難して、残っているのは足止めとして切り捨てられた兵士が僅かにいるだけ。その殆ども昨夜のうちに逃亡しただろうし、兵士なんて立派な呼び名で呼べるのは僕と後輩の二人だけと言っても良い。
「結局最後の最後まで、僕は何も出来ないままだった」
勇者シャイン。
彼女は僕の幼馴染だった。
向こうはそう思ってないかもしれないけど、僕なりに仲良く過ごしていたつもりだ。
『ブレーヴ! 今日はどんなお話をしてくれるの?』
彼女は天真爛漫と形容するのが最も似合い、そして賢く聡かった。
大人達の感情や機敏も読み取って場を和ませようとすることもあれば、似合わぬ剣を手に取ってその溢れる才覚をぐんぐんと伸ばして。
十五で成人を迎えた時に一つの約束をした。
村を出て王都に行くと言った彼女を見送る前の晩。
一人呼び出された僕と彼女が、木の下で誓った青臭い約束。
僕はそんな彼女との思いで一つ守る事すら出来ず、今に至る。
「……だから最後くらいは、足掻きたかったんだ。そうじゃないとやりきれなくてさ」
シャインは死んだ。
所謂大本営発表にて長い間活躍を捏造されていたが、つい先日正式に勇者一行が全滅している事が公表された。
公表せざるを得なくなったからだ。
「ま、こんな状況でまだ此処に残ってる方がヤバいっスよね」
「そういう君はどうなんだ? 逃げたらよかったのに」
「いや~、なんか先輩が居る気がしたんで」
「……無駄死にするだけだ。今からでも遅くはないし、逃げるべきだ」
後輩──リザ・レッドフェザントはカラカラ笑いながら言う。
「何処に逃げるんスか。もう逃げる場所なんてどこにもないっスよ」
「それは…………その通りだ。僕たちに選べるのは死に場所しかない」
人類は敗北した。
それは紛れもない事実で、覆せない現実。
王都を守る最後の砦を取り囲む、百万の軍勢。
それらを指揮する魔軍の王に、四天王の肩書を持つ強大な魔物。
傑物が死に凡夫しか残されてない人類に、勝ち目など一つもあり得なかった。
「僕は戦場で死ぬと決めた。なんの価値もない足掻きで、全体から見れば存在しないに等しい抵抗かもしれない。それでも、それでも最後くらいは……前に進みたいと思ったんだ」
立ち上がって剣を腰に差す。
「リザ。君は何故残る」
「……そういう先輩を、一人で逝かせる気にはならなかったんスよね」
「……そうか。君は優しいな」
「先輩こそ。メンヘラの癖に優しいっス」
「一言余計だね」
軍帽を被り、肩書として与えられた将校専用の上着も羽織った。
死に装束には上等すぎる。
彼女らにはそんなもの与えられなかったのに、後ろで遺されたモノだけが人としての最期を享受しようとしている。
吐き気がする。
そんな僕にも、人類にも。
「行こうか、あの世に」
街の中は伽藍洞だ。
人の営みはとっくに消え失せて、その様子も上空を飛ぶ魔物に監視されている。
情報は全部筒抜けだと言っていい。
何もかもが遅すぎた。
勇者一行に胡坐をかいた訳でもなく、人類は努力を惜しまなかった筈だ。
ただ届かなかった。
海の外からやって来た魔物は怪物だった。
「夜逃げにしては綺麗っス」
「人類最後の日は近い。それまでは贅沢暮らしを満喫する腹積もりだろうね」
「ほへ~……先輩もやります?」
「やらない。意味がない」
この戦いに意味があるとは言ってないけど、少なくとも納得は出来る。
この程度の足掻きくらいはしないと彼女に申し訳が立たないんだ。
「……先輩だから許すんスけど、普通は一緒に死んでくれる女の前で別の女の子と考えないっスからね? わかってます?」
「なんだ。君にもそういう感情はあったのか」
「この鈍感クソボケ! この期に及んで察しが悪い!」
「冗談だ。恋に恋する年齢はとっくに過ぎてしまったものでね」
「……ハァ~……これでも健気に想い続けたんスけど。最後くらいいい思いしたいっス」
「逆に僕の何処にそういう感情を抱いたのか気になるんだけど……こんな未練タラタラで死んだ女の事を考え続けてる男、気持ち悪くないか?」
「いや別に。人によるんじゃないスか?」
そっか。
それはそうだ。
「勇者さまが死んだって知った時の先輩はもう見てらんなかったっスからね。ああいう時になんか弱った姿をポロッと漏らしてくるがズルいっス」
「…………忘れて欲しい」
「嫌です。忘れません」
リザは楽しそうに微笑んだ。
これから死にに行くというのに、どうしてこんなにも明るく振舞えるのか。
その態度が虚勢だと言う事は僕にも理解できる。
震える手はきっと嘘じゃない。
君は本当は死にに行くつもりなんてない筈だ。
「結構一途なんスよ、これでも」
「今実感してる。君みたいな子に想われてる癖に応えない男はクソだ」
「ハハ~ン、鏡みて欲しいっス」
そのまま談笑しながら歩く事およそ五分。
人生最後の歓談は和やかな空気のまま、人が消え失せた街の中で執り行われた。
僕とリザ、たった二人しかいない戦場がこの先には待っている。
「……リザ」
「なんスか?」
「逃げてもいいよ。今ならまだ間に合う」
この扉の先には死が待っている。
迫り来る魔軍、圧倒的な戦力差、覆せない実力差。
生物としての格も違う相手にたった二人の矮小な人類で何が出来る。
僕たちは無駄死にを、今日ここでするのだ。
「僕なんかを慕ってくれたのは嬉しい。本当の事だ。応えられなかったのには、すまないと思う」
心の中には常にシャインが居た。
彼女との約束がいつまでも心に巣食っていた。
それは呪いではなく祝福なんだ。いつまでも僕が彼女の事を追いかけ続けて良い証明であり、彼女が僕の事を待ち続けている証明。
僕にはその資格があって、才能がなかった。
「だから人生最後の瞬間くらい、好きに過ごせば──」
続きを口にしようとして、出来なかった。
隣に立っていたリザがつま先立ちになって僕の顔に手を当てる。
真っ直ぐ当てられた唇。
触れ合った暖かさと特有の艶めかしさが、接吻をしているのだと理解させた。
時間にして言えば、一分はそうしていたか。
やがて満足したリザはゆっくりと顔を放して、仄かに赤く染まった頬を掻きながら言った。
「……はい! 好きに過ごしてるっス!」
「…………ふう。僕の負けだ」
ここまでされてウダウダ言い続けては男じゃない。
彼女はとっくに覚悟していた。
死ぬつもり何てなくて、恐怖は抱いているけれど、それでも前に進む覚悟を。
僕はとことん愚か者だ。
こんなにも優しくていい子が近くにいたのに、いつまでも死んだ女の影を追いかけている。
シャイン。
僕はどうすればよかったんだ。
君のことは忘れられないし、リザの想いに応えられるほど割り切れなかった。
「僕より先に死ぬなよ、リザ」
「先輩こそ、
扉に手を当てる。
両開きの片方はリザが手を当てた。
二人で顔を見合わせて、ゆっくりと開いていく。
特有の音が静まった街中に響き渡り、空を飛ぶ魔物の数も増えていく。
「一緒に死のう」
「重たいっスね……」
「そう言って欲しいんだろ?」
「大正解! ええと、不束者ですが──一緒に死なせて頂くっス」
扉を開ききった。
目の前に広がる草原は魔軍で埋め尽くされている。
統一されていない種族に統一されていない見た目。一般の魔物か将軍クラスか幹部クラスか、そういう情報すら読み取れないのに、その禍々しさと悍ましさだけは伝わってくる。
剣一本で立ち向かうにはいささか心細い。
それを成し遂げた彼ら彼女らとは違って、とことん凡夫なのだと実感させられる。
「────聞こえるか、魔軍諸君」
声を張り上げる事はしない。
魔物たちは騒めき立つ事もせずに、ただ静かに僕たちの言葉を待っている。
言語も通じるというのが厄介だ。
暗号や秘密のやり取りも知能の高い魔物によって看破され意味をなさず、戦線が分断され崩壊するなんて事は何度もあったらしい。
「この街はもぬけの殻だ。既に民間人は避難して、軍人すらも残っていない。人類の敗北だ」
答えはない。
ただその代わり、一際大きな図体をした巨人が一歩進んだ。
左肩に刻まれた『Ⅳ』の数字。
役職持ちか。
そんな戦力を割く必要がない程に我々は終わっているのに、とことん油断のない相手である。
『我は人類侵攻軍最高司令官、『雄大』のティターン。貴様は人類代表か』
「否。人類代表はここより奥、王都にいる。……でも結果はわかりきってる。僕ら人類に足掻く手段はない」
『では何用だ。我々は事前通告した筈だ、「これより貴様らを滅ぼす、それが受け入れられないのならば戦力を搔き集めて立ち向かえ」と』
「そうするだけの余力も無いんだ。僕らがこの街最後の防壁で、人類最後の防壁かもね」
『…………フン。なるほど、そういうことか』
司令官を名乗ったティターンという巨人は、一つ目を歪めて溜息を吐きだす。
『全軍傾聴。標的は眼前の二人、人類の僅かな勇士である。寸分の油断も狂いもなく撃滅せよ』
────オオオオオォォォォオ!!!!!!
百万を超える魔物たちが一斉に叫ぶ。
声量だけで王都まで届くであろう絶望。
それらを一身に浴びることになった僕とリザは僅かに身体を硬直させたが、今更だと気合いを入れ直した。
「そうだ。死にに来たんだ、僕達は」
剣を引き抜いた。
これで一騎打ちとかやってくれる程度に油断してくれる相手ならよかったんだけど、一番やって欲しくない手段で来る。
それは物量で圧し潰す事。
僕とリザはそれだけで簡単に死ぬだろう。
結局僕は何者にもなれず、なんの価値も無くこの生命を終える事になる。
それが無性に虚しくて、それでも何も変わらない現実が醜くて、世界はそれでも回る事実が辛かった。
幼い頃にシャインと一緒に迷い込んだ森で拾った剣。
彼女が持てばピカッと光るのに、僕が握っても鈍らな光を淡く輝かせるだけで。
君に持たせていたこれが返って来た時点で、僕は全てが手遅れだったのだと察するべきだった。
「先輩」
「なんだい?」
「大好きっス。
────瞬間。
リザの顔面が吹き飛んだ。
上空から飛来した高速の蟲が彼女の頭を抉り取り、そのまま背骨まるごとぐちゃぐちゃに引き抜いた。
ピクピクと気味の悪い痙攣をして崩れ落ちていくリザの死体を、僕は呆然と見届けた。
「……………………そうか。僕も、君に会えてよかったよ」
剣を握る力が自然と籠る。
無気力に生き続けた。
彼女との契りを守れず、抜け落ちたようだった。
僕は全てが手遅れで無駄だった。
それでも。
それでも最低限積み上げた意地がある。
何もかもを無抵抗のまま奪われることを容認できる程、大人ではない。
「僕の名前はブレーヴ。ブレーヴ・テネブラス・ウェールスだ」
駆け出した。
届かない。
僕の力は何処にも届かない。
それでも足掻きたいんだ。
死ぬその瞬間まで、僕の力を証明するためでもなく、ただ純粋に。
『魔軍が憎たらしい』から、この手で全てを殺したいから。
そして僕は死んだ。
無惨に呆気なく、十の魔物を道連れに。
その死の間際に。
握ったままの剣が、鈍く光った。
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