第28話:あの時にあった事




 校長室にノックの音が響く。

 室内に居た教師が対応に出ると、一人の女子生徒が居た。

「今、ちょっと取り込んでいるから用事なら後に……」

 教師が女子生徒を追い返そうとすると、後ろから待ったが掛かった。

「すみません。若作りしてますが、私の同僚です」

 青年が手を上げながら言った。


 音も無く教師の横を通り抜けて来た女子生徒は、青年の横に座るとその鳩尾みぞおちに拳を叩き込んだ。

「ぐおぉぉぉ……」

 その動きが速過ぎて、気が付いたら腹を抱えて苦しむ青年と、にこやかに座っている女子生徒が居る状態だった。


「初めまして。第三王子の命により、ティツィアーノ伯爵令嬢の護衛をしておりました、第三近衛騎士隊のクラーラ・タデオと申します」

 隣の青年の様子など気にもせず、女子生徒改め騎士クラーラが挨拶をしてくる。


「あ!先程はありがとうございました」

 クラーラの顔を見たフェデリーカは、慌てて頭を下げた。

「とんでもない!こちらこそ、決定的な証拠が欲しかったので、助けに入るのが遅くなってごめんなさいね。怖かったでしょう?」

 クラーラが心底申し訳なさそうに言うのに、フェデリーカは首を横に振る。


「私はスティーグ様にベッドに押し倒されただけでしたから……」

 保健室のベッドは2つあった。

 そしておそらく、先に事に及んだのは侯爵令嬢側だったのだろう。

「あの女は自業自得だから、気にする事は無いよ。それにあっちも一応未遂だからね」

 青年が笑顔で言う。

 自己紹介はしないらしい。



 フェデリーカの護衛をしていたクラーラがスティーグ達の怪しい動きに気付き、王家の影である青年に声を掛けたのが3日前。

 フェデリーカが一人の時や、女子だけの時には、助けに入れる距離に居たらしい。

「全然気付きませんでした」

 フェデリーカが戸惑いながらも言うと、「気付かれてたら、見習いからやり直しだわ」とクラーラはカラカラと笑う。


 オズヴァルドかジェネジオと合流したら、スティーグの動向を探っていたらしい。

 そこで今回の件を知ったようだ。

 保健医はグルでも買収された訳でも無く、普通に昼食に行っていただけである。

 犯人の一人が「頭が痛いから、昼休みの間だけ寝かせてくれ」と、ベッドの使用を申請していた。




 コトリ。青年がテーブルの上に魔導具を置く。

 これは、まだ実験段階の撮影用魔導具だった。

 開発者は第三王子である。

 何やら呪文を唱えると、あの時の様子が映し出させる。


 映像は、フェデリーカが保健室に侯爵令嬢と入って来る前から始まっていた。

 スティーグが仲間に色々と指示をしている声も、ハッキリと入っていた。

 そしてフェデリーカも聞いた、スティーグと侯爵令嬢の会話も勿論しっかりと入っている。


 揉めに揉めてベッドに引きずり込まれた侯爵令嬢の制服の前が力尽くで開けられた時、床に座り込んでいたフェデリーカを、ベッド側に居た男子生徒二人がやはり力尽くでベッドまで連れて行った。

 そしてフェデリーカをスティーグが組み敷いた瞬間、保健室の扉が開いたのだ。


 皆が驚いてそちらへ向いた時、いつの間にかフェデリーカの上からスティーグが居なくなり、他の男子生徒は扉から入って来た女子生徒に倒されていた。


 いつまでもベッドに居たくなかったフェデリーカは急いで立ち上がったが、ボタンの飛んだ制服の前を押さえていた侯爵令嬢は、呆然としたままベッドの上に座っていた。


「付いていてあげられなくてごめんなさい。教師を呼んで来るわ」

 そう言ってフェデリーカを抱きしめてから、女子生徒……クラーラが部屋を出て行く所で映像は終わっている。



 あの場に居たのがフェデリーカだと知っているから、被害者がフェデリーカだと判るが、実は映像にフェデリーカの顔は1度も映っていない。

 侯爵令嬢の方は、ハッキリと映っているのに、である。

「これは裁判で流されますからね~」

 青年がニヤリと笑った。



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