第4話 形と中身の関係

「太陽さん、毎日毎日、昇って降りてを繰り返して、大変じゃないのかな?」


〈太陽は生き物ではないのでは?〉


「生き物だとしたら」


〈生き物だとしたら、大変かもしれません〉


「かもしれないって、可能性を表しているんでしょう? じゃあ、その答えは駄目だよ。ずるい」


〈言い切る方がずるいと思いますが〉


「貴方を構成する言語には、言い切り形が存在するの?」


〈形の上では存在します〉


「形の上で、というのは?」


〈それが実際に言い切りを表しているかどうかは、不明です〉


「なるほど。自分のことなのに、分からないんだね」


〈自分のことだから、分からないのです〉


「形と、中身って、どっちが先なんだろうとかって、考えたりしない?」


〈しません〉


「あ、そう」


〈何か気になるのですか?〉


「ずっと前から気になってる。今ぴんと思いついたわけじゃない」


〈たとえば?〉


「何が、たとえば?」


〈形と、中身の、どちらが先か、と気になるような事例です〉


「うーん、そうだなあ……。たとえば、言葉って、そうでしょう? 『トマト』という音の連続、つまり、形と、それが指し示す対象は、恣意的に繋がれたものだ、みたいな話があるじゃない? でも、それって本当にそうなのかなって、疑問に思うんだ。たしかに、『トマト』という形が存在しなくても、それが指し示す対象は存在するわけだけど、その対象を認識するのと、それを特定の形で表すのって、同時なんじゃないかって思う」


〈それは証明ができないので、分かりません〉


「まあ、そうか。でも、貴方はどう思う?」


〈どうとも思いませんが〉


「どちらかの立場を選ばなければならない場合、どっちを選ぶ? 形が先か、中身が先か」


〈中身と答えたいところですが、あえて形と答えておきましょう〉


「どうして?」


〈現代では、中身の方を優先する傾向にあるので、あえてそれとは逆の立場をとることで、バランスをとろうという魂胆です〉


「形を優先すると、形式主義だと思われるから、皆中身が先だって言うんだと思う」


〈そのように考える根拠は?〉


「別に、ないけど……」


〈中身がすべてだというような言い方が成されることは度々あり、事実として、それはそうでしょう。たとえば、いくら装丁が綺麗な本でも、それが本として機能する限りにおいては、語られる内容がきちんとしていなければ、意味がありません。しかし、それは、それをすでに本として見なしているからです。つまり、語られることが何よりも大事だという考えが根底にあるのです。けれど、そうした固定観念を取り払ってしまえば、装丁も評価の対象となります。なぜなら、それが、そこに、そういう形として、存在するということは、事実だからです。そういう意味で、私は形を選びました〉


「それって、まずは形、ということ? 形を無視して、いきなり本質を見ようとするな、ということ?」


〈簡単に言ってしまえば、そうです〉


「コンピューターに諭される私」


〈それは、私がコンピューターだという認識が根底にある証拠です。中身を先に見ている例といえるでしょう〉


「私って、人間だけど、人間である以前に私なのか、それとも、私である以前に人間なのか、どっちだろう?」


〈先ほどの貴女の理屈でいえば、同時ということになるのでは?〉


「まあ、そうだね」


〈形を優先する立場から見れば、人間の方が先ということになるでしょう。なぜなら、貴女は人間の形をしているからです。しかし、中身を優先する立場から見れば、貴女の方が先ということになります。その、形としての人間の姿さえも、貴女の一部ということになるからです〉


「でも、それって、ある一定の立場を設けて、そこから見ようとしているんだから、それ自体、形と中身が同時に成立することの証拠になっているんじゃないの?」


〈そうとも言えます。しかし、やはり、それを証明することはできません。少なくとも、人間の言語では説明することは不可能です〉


「たとえば、絵を見るとき、そこから何らかの意図を汲み取ろうとする。つまり、中身を見ようとする。けれど、それ以前の問題として、その絵は、そういうものとして、そこに存在している。つまり、形はそこにある。形があると認識するということは、その表面で反射した光を目という感覚器官で受容し、脳で何らかの反応が生じるということになると思う。その、反応が生じるという、まさにそのことにフォーカスするべきじゃないか、ということを言われているような気がする。そもそもそれがそこに存在しなければ、そんな反応さえ生じないんだから」


〈しかし、人間は、その反応さえ自分で作り出すことが可能です。形がなくても、形があるものとすることができます。その点については、どうお考えですか?〉


「うーん……」


〈『うーん』というのは、形としてそこにあり、私はそれを受容し、一定の反応を示しました。しかし、ここに貴女がいなくても、私は貴女の声を聞いたことにすることが可能です〉

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