第6話 雛屋敷
放課後。
教室で友人の
「なぁ、雛屋敷に行ってみねぇ?」
十朱の言葉に、僕は首を傾げる。
「雛屋敷、って、心霊スポットでボロボロの一軒家?入れないんじゃなかった?」
そこは、管理者がちゃんと管理しているタイプの空き家で、厳重に施錠されている。いろいろ噂も在るが、普段入れない建物だ。そう言えば、
「あの家、雛祭りの日にだけ、庭に雛人形が現れるって話、知らない?」
芝に言われ、僕はあ、と声を出す。
「聞いたことある。誰も居ないのに、いつの間にか出てて次の日には消えてる、だっけ」
それが一番有名な話。だから最初、雛人形屋敷と呼ばれていて、段々今の雛屋敷という名前になったのだ。
「まあ、外から誰も入れないんだし、管理者がやってるって噂だけど、それもそれでヤバいよな」
「確かに」
言ってから思い至る。今日は三月三日。つまり。
「今日雛人形が出てるか見に行く、ってこと?」
「ビンゴ!まあ無くても、あそこ雰囲気あるし見に行くだけでも面白そうじゃん」
どうせ中には入れないのだ。外を見てるだけで怒られることも無いだろう。僕は二つ返事で承諾した。満寛も、返事代わりに呆れたような溜息をついた。
薄暗い時間。
雛屋敷の周りは、人家や店は無い。人気も無かった。屋敷は、施錠や鎖での封鎖はしていても手入れはしていないのか、背の高い雑草に覆われている。
「庭は裏側だな」
十朱に先導され、僕らはぞろぞろと庭へ回った。正確にはボロボロになった黒い木製の塀の前。壊れて、人は通れないが穴が所々開いている。その隙間みたいな穴から、庭と家の縁側が見えるのだ。一番大きい隙間に、十朱が近寄って覗き込む。
「うわ、七段飾り」
「え?」
芝も覗く。やっぱり短い声を上げた。
「本当だ。古いけど立派な七段飾りだよ」
僕も覗く。ぼんやりと暗い庭に、こちらを向くように七段、そびえ立っている。五人囃子、三人官女、ぼんぼりに菱餅。凄く古く見えるが、立派な造りの雛人形たち。本当にあるんだ。何もかも色褪せているけど、当時は豪華で綺麗だったんだろうなと思わせる。形も綺麗だ。大切にされて来たのか、今見ている限りどれも壊れて無さそう。僕は視線を上げ、最上段にあるであろう二体も見ようとした。でも、彼らはそこに無い。あれ?と思う間に視線が刺す。人形たちが一斉に僕を見ていた。
「わ、」
全身総毛立つ。身体が固まって動けない。彼らと目が合ってしまう。本当にあった、と興奮している十朱たちの声が、随分遠くに聞こえる。瞬きも出来ない。いくつもの無機質な目と、僕の目がーー
「おい」
強く腕を引かれた。塀から引き剥がすように立たされる。満寛だった。
「人が来そうだ」
「うん」
何も言えないまま、僕らは近くの木陰に身を隠した。見ていると、若い男女が談笑しながら屋敷へ歩いて来る。どちらも十代後半くらいだろうか。男性は緑色のジャンパー、女性はピンク色のコート姿で、どこにでもいそうなカップルに見える。始終笑顔で楽しそうだ。初めから自分たちの家だったかのように、彼らは屋敷の中へ入って行った。僕らはしばらく、雛屋敷をじっと見つめる。
「……あの二人、入って行ったよね、屋敷に」
芝の言葉に、僕らはただ頷く。もう一度屋敷の前まで近づいた。中に明かりは見えない。何の物音もしない。肝試しにしろ、管理者にしろ、あんなに談笑してたんだし、もっと物音や声がしても良さそうなのに。それに、何か違和感がある。何かと言うと、よく分からないけど。
「庭の雛人形、何かしねぇかな」
十朱がぽつりと呟き、僕らはまた塀に回る。中に人が居るから、十朱はさっきよりも慎重に静かに庭を覗く。
「あれ!?」
「十朱?」
芝が聞き返すと、十朱が塀から離れる。
「見れば分かる」
黙って十朱と入れ替わった芝も、短く叫んだ。僕も見てみる。
「人形が全部無い」
飾られた人形たちが、段から綺麗に無くなってた。僕と入れ代わり、満寛も初めて庭を見た。人形たちが揃っているところを見ていないせいか、ふうん、と分かったような分かってないような声を上げる。
「何で?さっきの二人?」
「でもこの短時間だぜ?それに、何の音も聞こえなかったのに」
芝と十朱の言葉に頷いた時。屋敷の中から、神社で聞くみたいなお囃子の音と、大勢が騒いでいるような笑い声が聞こえて来た。僕らの肩が跳ねる。
「え。何で……」
流石の十朱と芝も絶句している。来た時、この屋敷から人の気配は一切感じなかった。物音も聞いてない。あの男女二人が入ったのは見たが、今聞こえてきている声は、明らかに二人より数が多い。
「暗いままだな、中」
喧騒の中、じっと屋敷の方を見ていた満寛が、静かに呟く。もう夜という時間。明かりの無いボロボロの屋敷に突然湧いた、どんちゃん騒ぎをしている集団。消えた雛人形たち。
「……気付かれる前に帰るか。人でもお化けでもやべーよ」
十朱の言葉に、僕らは撤退を決めた。帰り際、屋敷の入口を見たが、来た時のままに封鎖されている。それを見た時、さっき感じた違和感の正体にようやく気付いた。あの男女、鍵を開けたり壊したりするような動作を一切していなかったなと。
次の日。
もう一度雛屋敷に行くと、七段飾りの雛人形たちは段ごと跡形も無く消えていた。
満寛が
「俺は昨日、七段飾り自体見えかったけどな。そんな立派だったなら見たかった」
と言って場を凍りつかせたのは、別の話だ。
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