第4話 縁者の縁
遠縁の親戚は、会ったことが無いまま亡くなった。
男性で、五十代だったらしい。急死したらしいが、詳しい話は知らない。俺たち家族は葬儀後の片づけを頼まれて、その親戚の家へ向かった。
「片づけ、本家でやれば良いのに」
「それ、本家以外みんな思ってるよね」
俺は三つ上の姉と、玄関周りでゴミ袋に適当にゴミを入れながら駄弁る。俺の家は分家。本家や親戚筋とは交流がほとんど無いから、たまに父から聞く話だけが情報源だ。普段、そういうことは父が一手に引き受けているが、今回は母、姉、俺に頭を下げて来た。本当は連れて行きたくないが、一人じゃ無理、ということだ。それくらいなら、と了承した。怠いことは確かだけど。母と姉も、すんなり頷いた。古く汚れていて住む者も居ないからと、全員土足。あばら屋同然の木造平屋建。この家は陰気だ。人が居なくなったという点を除いても、入った瞬間から暗いし、まとわりつくような湿気を常に感じる。
「急死、って言ってたけど、こんな家に住んでたら身体悪くしそうだよね」
姉も同じようなことを考えていたらしい。この環境は心身に悪い。
「
父に呼ばれる。雑草まみれの庭からだ。
「奥の部屋にゴミ纏めてあるから、持って来てくれないか。山にしたから、直ぐ分かると思う」
「分かった」
踵を返し、奥の部屋へ向かう。ボロボロの畳、障子、襖。謎の衣類、布団、段ボール。それらを越えていると、視線を感じた。じっと、見られているような。母か、姉か。一度足を止めて、辺りを見る。誰も居ない。奥へ向かうほど更に暗く感じる。何往復かするだろうし、早く終わらせたい。部屋に入って直ぐ、ここが親戚の部屋だったんだなと分かった。積まれたゴミの分を引いても、他の部屋より荒れている。書類、衣服、食事のゴミ諸々。見るのも嫌になる。父が作業してくれたのか、ゴミはちゃんとゴミ袋に入っている。何袋か持ち、半分駆け足で庭へ向かう。
「ありがとう。持てる分だけで良いから。無理するな。床とか踏み抜いて怪我したら、危ないし」
「分かった。袋纏めてくれて、ありがとう」
目を丸くした後、柔らかく笑う父を見てから、また奥の部屋に戻る。三往復くらいで、ゴミ袋は片付いた。休憩しようかという声が、庭から聞こえる。どの程度まで片づける気なのか。親戚の部屋はほぼ手つかずな気がしたが、放置なのか。一瞬でも、知りもしない親戚の部屋の心配をしているのが、可笑しい気もする。
ズズッ、と何か擦れるような音を聞いた。
振り向いても、ゴミだらけの和室があるだけ。誰も居ない。歩きだすと、その音も付いて来た。畳の上を摺り足で歩いたら、こんな音かもしれない。ボロボロの畳で、摺り足で歩けるかは疑問だが。足を速く動かす。音も同じ早さで近付いて来た。直ぐ後ろまで追い付いて来たような気がした時。
カァ、と鴉の鳴き声がした。思わず立ち止まる。音が止まった。また振り向いても、何も無い。そのまま庭へ出た。伸びをしている父に、聞いてみる。
「鴉、いる?」
「鴉?いないぞ。見てもないし」
その言葉に頷いてから、
昼飯を食べた後、少し家の周りを歩いてみた。
周囲に家は無く、雑木林と舗装されて無い道があるだけ。街灯も少ない。寂しい土地に、寂しい家。気が滅入りそうだ。さっさと帰りたい。
午後は、父と件の親戚の部屋を片付けに掛かる。ここを終えたら終了らしい。ゴミ袋に手当たり次第物を入れる。父が少し離れた時、押入れの方からデカい物音がした。誰かいるのか。俺は押入れを凝視する。押入れもボロボロだ。蹴りつければ戸は外れるだろう。ガタガタと、音は続いている。俺はゆっくり近付いて、思い切り蹴飛ばした。戸が押入れの中へ倒れる。中が見えた一瞬、真っ黒な影が上へ消えるのを見た。
「どうした?」
父が戻って来て、押入れを目を丸くして見ている。遅い。
「野生動物いるかも。何かが、屋根裏?に上がって行った」
「そうか。ちょっと見てみよう。落ちて来たら危ないし」
父が颯爽と押入れの段を上がって屋根裏を見る。
「いる?」
「いや。何もいないなあ」
下りて来た父を、俺は二度見した。真っ黒な人を背負っている。だけど、本人は一切分かってないようだ。それは父から離れ、部屋をぐるぐる歩き出す。
「そろそろ終わりにするか。母さんたちも外に呼んでくる」
父はさっさと出て行く。俺も続こうとして、腕を強く引かれた。
「な、」
勢いで、膝を付く。背が重い。何か乗っかってる。
冷や汗が噴き出した。耳元で、ぶつぶつと声が聞こえる。
「……くない……わるくない……悪くない……俺は悪くない……あいつらが…………家のやつらが……」
こいつは親戚か。そんな気がした。つか、俺に言うな。知るか。言ってやりたいが、声も出ない。身体が重く、息も苦しくなって来た。視界が霞む。
カァ!!
裂くような鴉の鳴き声が、部屋中に響いた。バシッと背に衝撃を受けて、部屋から弾き出される。庭に面した廊下まで転がった。視界の隅で真っ黒な美しい鴉が、俺の背後を守るように飛んでいるのが見えた。
「満寛!?」
音を聞いたのか、姉と父が飛んで来た。とりあえず、手を貸してもらい庭に出る。
「大丈夫?」
「平気」
かすり傷だけで、大した怪我は無い。作業はそこでお開きになり、俺たちはさっさと帰途につく。帰りの車中、父はしきりに俺たちに謝ってた。
「……もう良いよ。終わったじゃん」
「そうそう。晩ごはんも奮発してくれたら文句なし」
俺と姉が言ったら、困ったように笑ってた。母は爆笑してたけど。ポケットに入れっぱなしだった鴉の御守りを出してみた。赤い紐がズタズタに引きちぎれ、鴉の本体にはヒビが入っている。
今朝は綺麗だったのに。しばらく見た後、またポケットにしまう。
「……ありがとう」
疲れた。見慣れぬ景色が通り過ぎて行く。どっかで、宗也に土産でも買って行くか。何が良いか考えながら、俺は目を閉じた。
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