第3章 ゆずれない願い
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「ほら、ことり遅刻するわよー」
朝いちばんに母親から呼びかけられた。彼女は事あるごとに心配性を発揮するから、すぐ私にむけて色々と声をかけてくる。
もう、分かってるって。
少し機嫌を損ねながらノートパソコンから手を離した。しい君に教えたい授業を思いついたから少しメモを取っていただけなのに。
仕方なくデスク周りの片づけを始めながら、ブラウスのボタンを閉じていく。
ひとつ物事を思いついたら、そちらの方をやらないと気が済まないが私の性分だ。
中途半端におざなりにしてしまうことを心配してくれるのだろうか、とも私は思うこともせずに、ノートパソコンをリックサックに詰めた。
まだ家を出る時間には間に合うのだから、別にそっとしておいてほしいものだけど。
メモは思う存分に書けないまま、私は母親と顔を合わせることもせずに私は家を出ていった。
カーブに差し掛かる電車が私の身体を揺らす。
この辺りは急カーブが続くから、つり革に捕まっていないと大変だ。それにしても、もう少し私の背が高ければ。
スマートフォンに接続したイヤホンからはCDから録音した曲が流れている。重い音は少し弱いけれど、高い音が気持ちよく流れている音質は女性ボーカルに良く似合うだろう。
その歌声をBGMにして、私はしい君に教える内容について考えていた。
プログラムの三大要素からはじまり、条件分岐や繰り返しまで。また、メソッドについても教えることができたのはとても嬉しいことだ。
しい君はとても素直に話を聞いてくれる。私が思うところ、センスがあるんじゃないかと思うんだ。だから、私は色々教えてみたい。彼が理解してくれることが私にとっても楽しいのだから。
ここまで考えていると、電車のドアが開いているのが目についた。イヤホン越しに聞こえてくるアナウンスがやっと降りる駅だと気づかせてくれた。
「ああっ、降りますー!」
慌てて飛び降りる。ホームで思わず膝に手をついて肩で息を整えた。
気分を落ち着かせようと、私はリュックサックからキャンディを取り出して、口の中に放り込んだ。
口に広がる甘い味を感じるものの、なんだか味がはっきりしないような感覚に襲われていた。
さあ歩き出そうとしたものの、ふとした違和感が頭をよぎったのだ。
朝書いていたメモに書こうとしていた内容は、空をきれいに浮かぶ紙飛行機のように飛んで行ってしまった。
駅舎を出て高校へ向けて歩いている。
何味のキャンディだ? なんて考えながら歩いていても、なんだか答えが見えてこない。これはしい君に渡すアイテムみたいなものだけど。
誰かクラスメイトが、"ログインボーナスは集めないと意味がない"と言っていた気がする。ゲームを毎日ログインしてこれらを集めていったらゲームが遊びやすくなるものなのに、私の授業にはこれといって意味を成していないような気がした。
......私は何を教えようとしていたんだっけ。
・・・
教室に入ると、教室の中はひとつの話題で持ち切りになっていた。
「聞いたー、今日の数学の授業小テストだってー」
急にテストを実施することへの不満が、教室の中に溢れていた。
私は今発言した生徒に声を掛けた。
「仕方ないわねえ、今までやってきたことを見せるしかないよね」
こう告げる私に彼女はなんだか不機嫌な雰囲気を隠せなかった。
「そりゃそうだよ、やるならやらなきゃだけど。
みんな君みたいにお腹を括れないんだよ、だいいち、急にテストをすることの意味が理解できないんだって言いたいの」
たしかにそうだろう、正直私だっていやだ。同じように腹を括るなら瑠璃の方が冷静に受け答えしそうな気がしている。
出されたテストは今授業で習っている内容とは違っていた。これは、以前教わった二次関数だ。
よく数学の先生は復習が大事だと語っていた。ちゃんと習得した技術を使いこなすようになろう、それが先生のキャッチコピーみたいなものだった。
「使いこなすことができたって......」
私は誰にも聞こえない言葉を漏らす。数学の座標系と情報系のものとは違うのだ。だから、どうすればよいのか迷ってしまった。
挙句の果てに、鉛筆を転がしている。
その時、私は気づいたんだ。彼にプログラムの授業を教えるばかりで、私自身のことは何も考えていなかった。
・・・
私は家に帰宅した。
母親は買い物にでも行っているのだろうか、家の中に居るのは私一人だった。だから、私は鬼の居ぬ間に宝物を手に入れることにした。
冷凍庫からアイスを食べようとして、蓋を外した。今日ずっと流れている違和感、その正体は分からないまま、私の中に流れていた。アイスを食べたら、少しでも紛らわすことができるだろうか......。
そんなことを考えながら蓋を外してみると、目の前に映っている、白い丸い風景に私は興味を覚えた。
その瞬間、とある錯覚を覚えるのだった。
私の視界に広がるのは浮かんでいる光の結晶。それらは小さな豆電球みたいに、不規則に光っては消えていく。まるでもう切れてしまいそうなくらいだった。
私は両手を広げて、小さな<断片>たちを掬い上げた。
この頬を濡らすのは、たった一筋の涙。それは私の手に乗っている光の結晶に落ちた。
すると、結晶は少しずつきらめいてきたんだ......。
私の作りたいものが見つかったんだ。
私は飛びつくようにノートパソコンを開いた。そのままプログラムを入力していく。私のひらめきは間違っていない気がする。
私の集中力は晩ごはんに呼ばれるまで続いた......。
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