承
お昼、スマホでカレンダーを確認するウチの隣で、ミコが感心するようにうんうんと頷いている。
「こっちから頼む前に、百合ルール第三十二条<デートするならとりあえず水族館>を遂行するなんて、さすがクーちゃん!」
「ほんとやめて、人をその道のプロみたいに言うの」
「えー、誇れるのにー」
誰にだよ。履歴書の隅にでも書けんのかよ。見られた瞬間シュレッダー行きになるわ。
そんなアホな事を言い残しながらミコは、小走りで切符売り場に向かった。オフショルダーされた深紅色のワンピースの丈を揺らしながら、歩く姿はそれだけで周囲の目を引いている。
だからこそ思ってしまう「やっぱり
ミコってかわいいのかもしれない」って。
そんな子に好き好きって言われるのって、もしかして結構すごい事なんじゃ……いやいや、受け入れるなウチ! 女の子の好きを受け入れたらダメでしょ、ウチも女なんだから!
そうよ。ないない。かわいいとかない。服が目立つだけでしょ。何ならウチも同じモノ着てやれば、あのくらい注目を浴びるに違いない。
(まぁ着ないけど、ミコに「お揃いだ!」って喜ばれちゃうだけだし)
謎の対抗心を燃やして変な顔になっていたのかもしれない。切符を買って戻ってきてくれたミコは、ウチの顔を見るなり「変な顔してるー、チューしたーい」などと腕を組んでくる。とりあえず合気道の要領で手をひねっておいた。
それから女性専用車両に乗って、電車の密集にかこつけてミコが抱き着いてくる一幕もあったものの、なんとか次の駅に降りて街に向かった。
案の定、人の視線を集めているミコを見て、少し肩を寄せて優越感を強くしながら、うちらは目的地のシトミヤ水族館のシンボル<グレートぺん太くん像>の前に辿り着く。
芝生に面した手すりに腰をかけたツカサが、こちらの姿を確認してすぐに「おはよー」と言いながら歩いてくる。
ウチは挨拶を返しながらも、珍しく遅刻していない事にまず私はびっくりした。
「やだなぁ。僕だって大事な時とそうじゃない場面くらい分かるよ」
「受験会場に遅れそうになった人が言っても、説得力ないし」
なんなら、今が大事な時かどうかも微妙なところだけど、それについては言わないでおこう。ツカサもバツの悪い顔をしてるし。
だからじゃないけど、ミコが色んな部活に参加してた事を思い出して「ミコとは顔見知りなんだっけ」と代わりに尋ねる。
「まぁ数回話した程度だけどね。あの子の走りは参考になるし」
「参考ねぇ」
確かにたまに学校の廊下を歩いていると、色んな運動部の子のアドバイスに答えてるミコの姿をよく見かける。ツカサも例にもれずその立ち位置なのかもしれない。
本人はというと「あっちに双頭サメのパネルあるー! クーちゃん一緒に撮ろう! 一心同体になろう!」と、いつもと変わらないキモさを披露しながらウチの手を引いている。これを教科書にしてる人間がこの世界に何人もいる事実が恐ろしい。
「おっいいね。クゥがサメになる姿は僕も見たいな」
「いいけど、親戚に回すのはやめてね」
まさかサメが原因で、正月イベントに出入り禁止になるのはごめんだし。
ツカサがもつ年間フリーパスに、これまた意外な一面をみるというくだりもあったけど、ややあって受付を済ませたウチらは間接照明に照らされたアーチ状の通路まで進む。
幻想的なブルーライトで照らされた展示を三人で楽しみながら、どんどん進んでいくとツカサが「少しトイレ」と慌てながら、廊下の奥の方に向かってしまう。
途中まではウチのその背中を追っていたけど、さすがにこの暗さ。他の展示客の影に溶けるようにして見えなくなってしまった。
ただ、ミコがこれに乗じて「二人っきりだね♡」と本腰入れてきたので、早めに帰ってきて欲しい。千円までなら出すから。
それからブースを転々としていると、不意にミコが立ち止まり「みてみてベニクラゲー」と言いながら、一枚のパネルを指さした。
「味気無いモノに興味持つね。今夜のおかずにでもすんの?」
「クーちゃんが望むならやるよ!」
「ごめん。ウチが悪かったから血眼で水槽見ないで」
それからミコはふと顔つきを変えた。どこか遠くを見るような眼で「不老不死らしいよ、いいなぁ」とも口にする。
「不老不死になりたいの?」
「女の子は<永遠>に憧れるものじゃーん。百合ルール第十二条にもそうあります!」
――それは何となく分かる。俗にいう愛の誓いとか、ズっ友とか。そういった類のモノに憧れる気持ちは。
だけど同時にこうも思う。どんな繋がりにも終わりは訪れるって。
少なくともウチは、なにかを終わらせるために推理をしてきたし。これからもきっとそう。
たゆたうクラゲが水中に刻む波紋が、永遠に続かないのと同じように――その輪はいつか途切れるんだって、思ってしまう。
「そういえば、ここにくるまでカップルいっぱい居ましたけど。ミコたちもきっとそう見えてるよー」
肩を寄せながら小声でそう耳打ちするミコに、ウチは少なからず動揺してしまう。
確かにこの暗さで遠くから見られたら性別なんて関係なく、そう見えてしまうかも、と。だとしても、いやだからこそ強がらずにはいられない。
「そ、そんなわけないじゃん。女同士でそんな風に見られるわけ――」
ウチが言い切る前に頬になにか暖かいモノが当たる。それが「こうしたら、もっとカップルだね」と口にしたミコの唇であることは、疑いようがないと思う。
知ってか知らずか、後ろの誰かが言った「カワイイ~、学生のカップルかなぁ」という言葉に、ウチはただ顔を熱くするしかなかった。
◆
遠くから「おーい、二人とも―」という声が聞こえて、ウチはミコを半ば強引に押し返して振り返る。
「ごめんごめん。イルカショーの時間だから、そろそろ行こう」
それから続けざまに「顔赤くない?」などと言ってくるイトコに、ウチは全力で首を横に振った。
それから天井が開いた半屋外空間に出たウチらは、他の観客を見ながら席を選ぼうとする。
すると、すでに水槽の前を陣取ってくれてたのか、ツカサが手招きしてうちらを誘導してくれた。
ミコはというと「水かかっちゃったりしないかなぁ」と言いながらも、なぜかウキウキした顔である。
それからややあって「やっほー、おまたせー」と、どこか間延びした抑揚のマイク音声が聞こえて。ステージに目を移す。
そこにはスクール水着の上にパーカーを羽織った、前髪をあげたツインテ―ルの女の子がいて。はて、どこか見たことがあるような、と首をかしげる。
「あぁ、ウチのクラスの蔀屋さんだよ。
ウチが「えっ、そうなの!?」と素直に驚いていると、隣のミコが「初めて見た時は小学生と思ったー」と、ウチの気持ちを半分代弁する。
ただもう半分は「うちの学校、バイト禁止なんだけど」という部分に繋がるんだけど、ここは言わない方がいいとかな思った。家の手伝いならグレーゾーンだと思うし。
ただ時折聞こえてくる「アリスちゃーん! かわいいー」とか「ブロマイドかったよー」とかいう黄色い声が聞こえる事を、加味して考えるとアウトだと思う。家業とは関係ない部分で収入が発生してそう。ブラック寄りのグレー。
それからはイルカが縦横無尽に跳ねて、ボールをパスし合う姿を眺めて楽しむ。とても壮観でワクワクする。
ただそうしているうちに、隣から聞こえたミコの「ちょっとちょっと」に身構えてしまう。また触ってきそうで。なんなら「触ってきたらイルカにパスしてやる」とも思っていた。
だけどすぐにそうじゃないと気づく。ミコが隣で「見て見て」と言いながら、ツカサを指さしていたから。
「いとこさん。イルカさん見てないよ」
「え?」
言われてみると確かにそうだった。むしろホイッスルをピーピー響かせる蔀屋さんの事を見てる気がする。それもどこかキラキラした目で。
「これはまさか――」
「付き合ってないから」
小声で話すうちらに気づいたのか、ツカサは「二人とも、ちゃんと見ないと。ほら、イルカ見逃しちゃうよ」と説得力がまるでない言葉を投げかけてくる。まずお前が見ろ。
「でもでも、フリーパスなんて持ってる人とかなかなかいないって! しかもアリスさんの為に」
「アイドル推しとかじゃないの。偶像崇拝。うちはそーゆーの分からないけど」
――とにかく、女子同士で付き合ってるなんて絶対にないから!
目に力を込めてそう伝える。すると何を勘違いしたのか顔を赤らめてモジモジし始めた。キモ。
そんなやり取りを交わしていた時だった。
「さてさて、ここでゲストのコーナー」
とれたてのマグロのような勢いで、水面を跳ねるイルカたちを手でいさめながら、蔀屋さんはそう宣言する。やはりというか、イマイチしまらない自然体の声のまま。
それからパッとこちらを指さして、こう言ってきた。
「そこのおなご三人組の黒髪ロングの子。こちらへどうぞー」
なにを言われたか一瞬分からずに、固まってしまう。
――え? ウチの事?
「クーちゃんだって! やったー!」
観衆の声がさらに広がる。この状況でさすがに嫌とは言えなかったうちは、あきらめて壇上に登った。ミコは笑顔にインスタントカメラを構えてウキウキしている。あとで破壊しよう、あれ。
「どもども、お名前は?」
「く、クーだけど?」
「いい名前ですね。ではどうぞー」
そういうとすでに察しているのか、イルカさんが水面から顔を出してぴーぴー鳴いている。か、かわいいい――。
この可愛さをミコにも少し分けて欲しいくらい!
そんな事を考えながらチラリと席の方を見る。だから気づいてしまう。ツカサが席にいなくなってるのが。
(え、ツカサ――?)
少し怪訝に思いながらも、その後はボール遊びもしてそつなくイルカを堪能したウチは「うんうん、ありがとー」とふれあいコーナーを締めた蔀屋さんに促されて、水で濡れた床を気をつけながら歩いていく。
滑り止めで濡れた階段に足をつけようとしたとき、後ろで「きゃっ」という短い悲鳴が聞こえる。そこには仰向けで倒れた蔀屋さんがいて、一瞬アタマが真っ白になる。そんな時だった。
「入り口の方! 黒づくめの男が!」
誰が言ったか、その場の全員が会場の入り口に注目する。
そこには水族館には到底似つかわしくない、顔をお面で隠した黒づくめの誰かがいて、手に何かを握っているように見える。それから赤い光が伸びてるようにも。
そいつは全員の視線を一身に浴びながら、やがて身をひるがえして闇に溶け込んだ。
それからは、ウチはもう見ている事しかできなかった。会場が像然となる中、意識を無くした蔀屋さんが担架で運ばれていくのを。
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