第9話「付箋の導きに従い」

「行ってきま~す! 」


レイカは笑顔で手を上げて学校へ行った。

僕は玄関でレイカを見送ると台所へ行き、朝ごはんで使った皿や箸を洗う。

その後は、脱衣所へ行き洗濯機を回して、掃除を始めた。


毎日、全部の部屋を掃除するのは大変だし時間がかかる。

なので、僕は毎日1部屋づつローテションで掃除する。

今日はリビングだ。


まずは窓やテーブル、小物類を雑巾や布巾を使い分けて磨く。

窓を拭き終わりテーブルを拭こうとすると、左端に、黄色い付箋が貼りついているのを発見した。


なんだろう? と思いつつ付箋を手に取る。



「ケセラセラ 成るようになるだよ

 by お兄ちゃんの一番側にいる味方 レイカ」



レイカからのエールだった。

僕は、広角が少し緩んでいる事を実感しつつ、左手の甲に付箋を貼りつけて、掃除を再開した。



粗方、テレビや小物類も拭き終わったので、某ワイパーのシートを取り替えて、ソファの下やテレビの下、部屋の角など、掃除機をかける際に、届かない箇所を磨く。


そして最後に、掃除機をクローゼットから持ってくると、コンセントにプラグを差す。

スイッチを入れて、床はもちろん、カーペットやソファも、きちんとかけて、今日の掃除は終了。


その後、掃除用具をクローゼットに戻すと、ちょうど洗濯機も仕事を終えたらしく、音を鳴らしたので、扉を開け洗濯物を取り出す。

ベランダへ行き、カゴから1枚1枚取り出して、パンッと音を鳴らしながら丁寧に干した。


その後、洗濯カゴが空っぽになったことを確認すると、僕はカゴを窓の近くへ置き、自分の部屋へ向かった。

そして、ワークスペースに腰を下ろし、左手の甲についた付箋を見る。

僕は、そんな付箋をパソコンの右枠に貼り付け一呼吸し、マウスの隣に置いてあったスマホを手に取って、電源を入れる。


トークアプリを開き、まだ、何も会話をしていない「ユイ」と言う名前の項目を開く。

そして、文字を打とうとするが「連絡を待っている」と言われて、もう1週間は過ぎている。

正直、今更感があって怖い、、、

というか、小野さんは怒っていなだろうか?


そんな考えが頭の中をグルグル周り、どうしても、送る勇気が出ない。


僕はスマホを元の位置に戻すとパソコンの電源を入れ、お絵描きソフトを立ち上げた。

そして、おじさんから頼まれたイラスト制作の仕事をする。


でも「小野さんに返事をしなければ」という言葉が、頭の中をムササビの如く飛び交うので、午前中は思うように作業が進まなかった。



気づくと時計の針は長針も短針もてっぺん。





午前中は、返事の事が気になってしまい、集中力が散漫だった。

このせいで、仕事に支障をきたして、よろしくない。

それに、両親が亡くなってから、おじさんにはずっとお世話になっているから、これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。



僕はマウスの隣で静寂を貫いていたスマホを手に取ると、トークアプリを起動した。

そして、「ユイ」という名前を押して、トークルームを開くと、レイカに釘を刺された「答えを送る」ということだけはしないように気をつけながら文章を考えた。




「お世話になります」 かな……

でも、これだと仕事っぽくて固すぎる気がする。



「お疲れ様です」かな……

これも仕事っぽい。



文章の始まりからあーだこーだ考えてると気づけば時計の長針が真下を向いていた。

このままでは今日の仕事が全く進まなくなってしまう……。

仕事のメールはすんなり送れるのに、こういった文章は何故悩んでしまうんだろう……。

ビジネスメールみたいな雛形が欲しい。


そんなことを思いながら、頭に浮かんだ語句を打ち込み送信した。



「お久しぶりです。冬も近づき体調を崩しやすい季節となりましたがお元気でしたか? 」



頭をひねった結果、手紙で記す、時候の挨拶みたくなってしまった。

まぁ、僕が導いた精一杯の答えだから良しとすることにした。


そして、気持ちを切り替えようと、画面が暗くなったスマホをポケットにしまい、台所へ向かってお昼を作ることにした。


小野さんへ送るメッセージを考えるだけで、相当な気力を疲弊してしまったので、休憩も兼ねて。




今日は水曜日。

平日の真昼間。

レイカは学校へ行ったので、「休日でもないから返事はすぐに来ないだろう」と腹を括り、冷蔵庫を開けようとしたその時。

右太もも辺りで振動を感じた。

ポケットからスマホを取り出すと「ユイ」という文字が表示されている。




僕の鼓動が早くなる。




僕はすぐにメッセージを確認するのが怖かったので、画面を暗くし食卓に置いた。


冷蔵庫を開くと、昨日レイカが作った肉じゃががタッパーに入っていたため、底が少し深めの皿に一人分入れる。

ラップをかけレンジで温めている間に、お湯を沸かしながらインスタント味噌汁をお椀に入れた。

そして、炊飯器を開き、湯気の温もりを感じながら茶碗にご飯をよそう。

そうこうしていると電子レンジが声をあげ、鍋のお湯も唸りを上げた。


火を止め、お椀にお湯を注ぎ、電子レンジからホカホカの肉じゃがを取り出す。

少し熱さに耐えながらラップを外して食卓へ持っていくと、僕は手を合わせ、箸を口へと運んだ。


先ほどの小野さんのメッセージが気になっているからか、昨日はレイカと食べて美味しかったはずの肉じゃがは、味がよく分からなかった。


手を合わせ、お腹のみが満たされた僕は、食器を洗うとスマホを片手にワークスペースへ戻った。



今の時刻は13:14。

僕はパソコンに貼られた付箋を見ると、大きく深呼吸をしトークアプリを開く。

「ユイ」という文字の隣には「2」という数字が書かれていた。


僕の鼓動は早くなる。

もう一度、付箋に視線を向けスマホに戻すと、やっと「ユイ」という文字をタップできた。



「お久しぶりです! 元気ですよ。手紙じゃないし私が年下なんですから、そんな畏まった文章じゃなくていいですよ(笑) 」


そんな文章の下には、黒い兎が両手でグッとサインをしているスタンプが貼られていた。


とりあえず返信に無礼がなかったことに一安心しつつ、僕は次のメッセージを考えた。


「メッセージが遅くなってごめんなさい。もし、小野さんがよかったらでいいのですが、会って直接お返事がしたいです。厳しいようでしたら、今ここで先日のお返事をしたいと思います」



言葉自体はスラスラ出てきたが、送信ボタンをタップする時間は倍かかった。



そんなメッセージを送ってすぐ、既読のマークがついた。

鼓動が速くなり、息がしづらくなっている間に、小野さんからの返信がすぐ来る。


「いいですよ。会いましょう! いつにします? この後でもいいですし、明日でも大丈夫です。お忙しいようでしたら週末でも、週明けでも都合のつく日程を言ってください!! 」





日程か……どうしよう……。

小野さんは今日でもいいと言っているが、学生さんだし部活をやっているかもしれない。

それ以前に次の日も学校だから、部活が終わった後に来てもらうのも疲労が溜まって影響が出てしまうかも……。

そう考えると土日の方が……。けど、土日は友達と遊ぶ約束をしている可能性もあるから、それなら金曜日……。

金曜日なら、次の日は休みだからゆっくり寝れるし、友達との約束があっても朝早くではないだろう。




「金曜日の17:00頃はどうですか?」

「はい、大丈夫ですよ! 待ち合わせはどこにします?」

「まえに会った、出版社の最寄駅はどうですか?」

「それも良いですが……。そういえばシュウさんは何処に住んでいるんですか?」

「僕は埼玉の新座です」

「新座? 近いじゃないですか!! 私は所沢に住んでいるんですよ! 良かったら、新座駅まで行きましょうか?」

「新座に住んではいるんだけど、外れだから新座駅には近くなんだ。所沢って言ってたけど最寄駅は何処なの? 所沢って言っても駅がいっぱいあると思うのだけど」

「私の最寄は素の所沢駅ですよ!」

「だったら、僕がそこまで行くよ。では、明後日の金曜日。17:00に所沢駅の改札辺りで」

「はい!! 」




こうして、僕と小野さんのやりとりは終了した。

おじさん経由で知り合った、先方との打ち合わせ日程を決めるときは、仕事の片手間でやり取りしても疲れないのに、なんで小野さんとのやり取りは、こんなに疲れたんだろう……。


疲弊がピークに達した僕は、仕事をする気力もなかったので、パソコンをスリープにするとベッドへ倒れこみ目を閉じた。








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時は過ぎ金曜日。

今の時間は16:20



「それじゃぁ、お兄ちゃん。行ってらっしゃ~い! 」


すでに学校から帰宅したレイカは、エプロン姿で玄関の前に立っていた。


「行ってきます」

「デート頑張ってね~♪」

「デートじゃないってば……」


メッセージのやり取りをした晩、ご飯を食べながら、小野さんとのやり取りを話してからというものの、レイカは今日までデートとおちょくってくる。



「はいはい、デートじゃない。デートじゃない♪ ほら、早く行きな。遅刻するよ! レディを待たせるのは男として失格だよ。社会不適合者のお兄ちゃんがそんなこともできなかったら、本当に何もできない人間だよ」


そう毒を吐きながら、レイカは僕のパーカーのポケットに何か押し込めた。



「ほら、早く行った行った♪ 」

そう言うと、レイカは僕を玄関の外へ押しやる。


「お兄ちゃんファイト! 」


そう口にするとドアは閉まった。

ポケットに押し込められた何かを取り出すと、ミントタブレットが入っており、桃色の付箋が付いていた。



「外側だけじゃなく、内側も大事だよ!

 by お兄ちゃんの一番側にいる味方 レイカ」



僕はミントタブレットをいくつか手に出し噛みしめると、付箋が付いたままのタブレットケースをポケットにしまった。

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