二話
「ギィヤアアアア!」
森に巣くうゴブリンの群れを始末していた。剣士は上に下に剣先を振り回し、格闘家は細かい突きと足技で敵を撹乱した。
勇者ライカさまの横を
僧侶と魔術師は一番うしろと相場はきまっていたが、戦士のグランが居ないパーティーでは、雑魚魔物の取り残しが頻繁にあったので、しんがりは危険をともなった。
考えたら、いままでの戦闘でもこのパーティーの勝敗は前衛を務めるグランの活躍次第だった。怪我やミスは多かったが、ここしばらくは連戦連勝だったのは、戦士という盾役がしっかりと機能していた証拠だった。
まあ、雑魚がグランにたかるのが当たり前だったわけだ。チームの戦力がいかに落ちたかというと、勇者さまの必殺攻撃が三回も空振りするほどの事態だった。
弓使いの矢も俺の魔術弓は当たりもしないので、もっぱら氷の壁を作ることに専念していた。情けないがそんな状態だった。
Bランクの仕事がこれほど厄介ならいっそDランクの小物狩りをするか、ベテランの戦士をスカウトするべきだと思った。
疲れはてた俺たちは一旦街の酒場に戻り、グランを呼びつけることにした。
決まった日程で依頼を終えなければパーティーのランクに関わる。ギルドにはメンバーの入れ替えなんか関係ないからな。
「明日もう一度、胸郭森林の攻略にあたる」勇者は続けた。「今日とりもらしたオークどもを退治しなくてはならない。一緒に来てくれ」
「あ、明日は無理です」グランはめかしこんだ革のチョッキ姿で酒場にあらわれて言いやがった。「ぼ、ボクの結婚式があるんです」
「あの女中にプロポーズしたのか?」
「いいえ、これからプロポーズしてオッケーをもらうんです」
「何いってんだお前?」
勇者さまは呆れて両手をあげた。俺たちは前もって女中のヴァイオレットを後ろの席に座らせていたんだ。こっそりとグランには見えない席に座らせてあった。
「彼女がいったんです。ちゃ、ちゃんと正式にプロポーズしてくれたら正式にお受けしますって。だからボク、急だとは思ったんですけど用意していて……」
「どうやってプロポーズするんだ?」弓使いが聞いた。「まさか指輪を見せて膝まつくのか。金も無いのに、ご立派じゃないか」
「ま、まさか、そんな立派な告白じゃありませんよ。普通に酒場にきて、いつもみたいに一杯奢って、そういう流れになったら指輪をだそうかと」
「だからみんなに借りてお金を工面したの?」僧侶エリーは両肩を持ち上げた。
「もっとはやく言ってくれればよかったのに。でもねグラン、プロポーズする相手だからって、いいなりになることないのよ。貴方だって自分の思い通りに物事を運ぶ権利があるのよ」
「……本当に?」申し訳無さそうな情けない顔だった。
「いつも相手にあわせるのは貴方の悪い癖ね。だいたいお金とか高価な指輪自体が目的だったらどうするのよ」
「ま、まあ、金は用意してるって言いましたけど、そうですね。それもあるかもしれません。でも女中をやってるからそんなに金のかかるタイプじゃないっていうか、指輪だってマットさんに言われたとおり鍛冶屋から一旦借りてきたヤツで一時はしのぎますんで、大丈夫ですよ」
「まずは見せ金で釣るってわけだな」俺はジョッキをおろしていった。
「でもな、お前のブサイク顔とあのえらい美人じゃあ、釣り合いがとれないっていうか、そのへんは分かってんのか?」
「そ、そうですね。でもウィルさんもいってましたが、この辺の女はみんな厚化粧していて本当の顔なんてロクなもんじゃないっていいますから、いくら美人だっていっても素顔はたいしたことないんですよ」
「それにしたって、えらいセクシーなスタイルじゃないか。羨ましいぜ」
「それもどうですかね。胸の大きさなんかは幾らでもパッドみたいなもんで誤魔化せるし、酒場の仕事をしてるから足腰は強いですけど、谷間は作り物だって本人もいってましたから」
「そもそも、そういう夜の仕事をしてる女は好みじゃないって言ってたよな。よっぽどいい性格の女なのか」
「まあ、性格がいいかっていわれると、とてもいい性格とはいえませんね。ボクのことは馬鹿デカいくせに脳みそは小さいなんていいますし、勝手にボクの頼んだ肉料理をつまみ食いしますし、頭を撫でてやろうとすると手を叩きつけるし」
「つまり、いいところなんて思いつかないが、お前の子供を生んでくれるから結婚するってことでいいのか。これから浮気が出来なくなってもいいのか?」
「子供はまだわかりませんね。まだ手も握ってませんから。この顔で浮気ができる可能性があるなら、逆にお礼がいいたいですけど」
「つまり、たいした女じゃないが親にはなれるってことでいいか?」
「そうですね――考えたらお腹が痛くなってきました。ストレスを感じると膀胱にくるんです。エリーさんから言ってもらう訳にはいきませんかね。なんならボクと一緒に彼女と会ってくれませんか」
「冗談でしょ?」
「本気ですけど……」
グランがそう言いかけると酒場のドアがバタンと閉まって、女中のヴァイオレットが駆け出していくのが見えた。
グランが気づいたときには婚約者は、指輪と手紙をおいて店を出ていってしまった。
こうなるような気はしていた。婚約者のヴァイオレットに、いつものグランの言い訳がましい台詞を聞かせれば、婚約なんて一瞬で破棄にされるってことは、長い付き合いの俺たちには分かりきっていたことだった。
彼女は美人かと聞けば美人じゃないというし、スタイルがいいかと聞けばそんなことはないといい、性格はいいだろと聞けば、これまた反対のことをいう。
どうしてグランが言い訳ばっかり口にする性格なのかは分からないが、戦士みたいなストレスの貯まる仕事をしていたら、頭が悪くなっちまうのかもしれない。
数時間後に手紙を読んだグランは、結局は翌日に俺たちと森の攻略に駆り出されることになった。誰も手紙の内容には触れなかった。
学費をもらった甥っ子からお礼の手紙かと冗談で聞こうかとも考えたが、あまりにもグランの顔は沈んでいた。
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