第6話 いよいよ、祝杯!
「いらっしゃいませ」
ウエイトレスが2人の男性客に声をかける。先客は、そういない。
彼らは、ウエイトレスに案内されるともなく、中ほどの海側のテーブルに向かい合わせに陣取った。
「早速ですが、いただきもののちらし寿司があります。これ、ぜひおつまみに」
堀田氏は、京都駅で後輩からいただいた弁当箱を、鞄の中から取出した。
開くと、さほどの具はないが、確かに、ちらし寿司である。
「それはありがたい。喜んで、御相伴にあずかりましょう」
程なく、ウエイトレスが席にやってきた。
彼らは、大瓶のビールとグラスを2つ、それに、割り箸を2膳、注文した。これをもって、いただいている割り箸は、取り箸にすることになった。
須磨近辺から明石の手前あたりまで、列車は瀬戸内海を進行方向左側に瀬戸内海を見ながら進む。当時はまだ複々線になっておらず、今の電車線を、優等列車や貨物列車なども走っていた。彼らのテーブルの向こうは、すぐ、海である。
「お取り皿は、御入用でしょうか?」
「では、二人分お願いいたします」
程なく、ウエイトレスがビールとグラス、それに箸と取り皿を運んできた。
「まあ、あまり今から飲むのも難なので、これでいこう」
年長の山藤氏が、新任助教授のグラスに注いだ後、自らのグラスにも注いだ。
万歳三唱は、食堂車内近隣の御迷惑を鑑み、これを省略(苦笑)。
それでは、堀田繁太郎君のO大学助教授就任を祝して、乾杯!
軽く数口飲み、二人はグラスをテーブルに置く。
食堂車のテーブルの窓には、一輪の花が添えられている。
「それでは、山藤大尉殿、どうぞ」
今度は、堀田氏が残っているグラスに、まずは相手、そして自分の分へと、残っているビールを注ぐ。そして、ウエイトレスが持ってきてくれた箸を使って、ちらし寿司をそれぞれつまんで、食べる。
「なんだか、出征兵士の壮行会みたいですね。このちらし寿司、戦死された石村君の弟さんが療養で帰省されていた折に、彼らのお母様が食べさせてあげたそうです。そう思いますと、余計に、そんな気になりますよ。実はこれ、京都駅でその石村先生が私に餞別としてくださったものです。何でも、お母様からいただいたものだそうで」
「それはますます恐縮です。心して、ありがたく、いただきます」
神妙な表情で、元陸軍大尉の山藤氏が言葉を返す。
「石村という名前の将兵はうちにはおられなかったから面識はありませんが、そうお聞きすると、確かに、思うところはあるが・・・、ナニ、命を取られるわけでもないだけ、いい時代になったな! 堀田君、ところで君は、酒は好きなほうか?」
いささかしんみりとしかけている雰囲気を変えようと、山藤氏が尋ねる。
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