第34話 エピローグ 悪魔少女の国
レンレンとユウユウはフード付きの外套を着て、ラスカ川沿いを歩いていた。
レンレンの外套は黄色、ユウユウのは臙脂色だ。
ふたりとも世をはばかる身。フードを目深にかぶっている。
外套はラシーラ村の隣にあるラゴーン町で購入した。テントやマッチなどの野宿道具や保存食なども持てるだけ買った。
お金はたくさん持っている。ふたりで金貨100枚。
しかし、彼女たちは贅沢はしなかった。
今後、まともな職業にはつけないだろうし、ひとつところに長居することもできないだろう。
ふたりは故郷から逃亡した悪魔少女。狩られる身だ。
彼女たちはとりあえず、バミューラ山脈の最高峰、モラン山の麓にある国境の街、モラゴンをめざしている。
最悪の場合、ガーラ王国への亡命も視野に入れている。
いまは9月。まだ寒くはない。外套を着て歩いていると、汗ばむほどだ。
日が暮れてきた。
ラスカ川沿いの森の中に飲めそうな湧き水を見つけ、ふたりはそこで野宿することにした。
枯れ枝を集め、焚き火をする。
干し肉をあぶって食べた。
「レンレン、ワタシたち、これからどうするの? バルーン教皇国をさまよって、潜伏しながら生きていくの? それともガーラ王国に逃げるの?」
ユウユウは浮かない顔をしている。もう何日もバイオリンを弾いていない。楽器は持ってこれなかった。
レンレンは干し肉を食べて、微笑んでいた。
「歩きながら考えていたんだけどさ」
「うん」
「悪魔少女の独立国をつくろうと思うんだ」
「えっ?」
突拍子もないレンレンの発言に、ユウユウはびっくりした。
「悪魔少女狩り隊は悪魔少女を探しているでしょ。わたしたちも同じことをするんだよ。ひとまずはモラゴンに行って、ほとぼりを冷ますけれど、その後は攻勢に転じる。旅をして、秘かに仲間を集める。悪魔少女をたくさん集めて、基地をつくり、やがては国をつくる。助けてくれる男の人も国に迎える。悪魔少女が大勢集合すれば、きっとバルーン教皇国も手出しできないよ」
ユウユウは夢物語だ、と思った。
でも悪くない。
夢の途中で死んでもいい。
ユウユウは、年下だけど明るく元気で前向きなレンレンを大好きになっていた。
その国のリーダーはレンレンだ。ワタシは国王を助ける騎士兼宮廷音楽家になりたいな……。
「素敵だね。その国、つくろうよ」
「いますぐ建国しよう。ふたりだけの国だけど。国民はいずれもっと増やす」
「レンレンが国王だね」
「王様はユウユウだよ。年上だし」
「年齢は関係ないよ。レンレンが王にふさわしいと思う」
「じゃあ、わたしが初代の王になるよ」
レンレンは焚き火に太めの枝をくべた。パチパチと音がはぜた。
湧き水を飲んだ。冷たくて美味しかった。
バミューラ山脈に夕陽が沈んでいく。夕焼けが美しい。大河ラスカの川面が赤く輝いている。
「国名はどうする?」
「レンレン・ユウユウ王国」
「それは変だよ。レンレン王国でしょう。だけど、もっといい名前はないかな」
「うーん……」
レンレンは知恵をしぼった。
「悪魔少女王国」
「ストレートすぎるなあ」
「悪女王国」
「最悪なネーミングだね」
「じゃあ、ひまわり王国」
「ひまわり王国?」
「うん。どうかな?」
「いいよ、それ。ひまわり王国にしよう。ひまわりの王、レンレン・ヴィンジーノ。かっこいいじゃん」
「えへへ、そうかな。ユウユウは初代宰相かな?」
「ワタシはレンレンの騎士にして。それから、宮廷音楽家になりたい」
「ひまわり王国では、ユウユウはなんの心配もなく、好きなだけバイオリンを弾けるんだよ」
「いいなあ。大きくて強くしよう、ひまわり王国を」
「そうしよう」
太陽が完全に山脈の陰に隠れた。
レンレンとユウユウは焚き火を大きくした。
ユウユウはかつてリム・シンエイのものだった剣を持っている。レンレンはシャン・キムの剣を奪って持っている。
ふたりは剣の練習をつづけている。素振りは欠かさないし、木の枝で試合をすることもある。
彼女たちは戦闘能力を身につける必要があった。
追われる身。生き残るために、戦わなければならないときもあるだろう。
悪魔少女の異能だけでは不十分だ。ふつうに戦える力もいる。
弓矢の能力もほしいな、とユウユウは思っていた。レンレンを守る力がほしい。彼女は希望の向日葵の花だ。悪魔少女の国の王。
空には月と星があった。
月はひとつで、満月だった。星は無数にある。
ユウユウは満月に竜が横切るのを見た。錯覚かと思った。
「レンレン、あそこに竜が見えない?」
「竜? あっ、本当だ。ドラゴンみたいなのが飛んでる!」
竜はラスカ川の上流に着地したように見えた。こちら岸だ。
「ユウユウ、竜のところまで行ってみよう!」
「うん。行こう!」
ふたりの少女はたいまつに火をつけ、上流に向かって走った。
20分ほど走ると、青いフード付きの外套を着た少年に出会った。
「ねえきみ、ここいらにドラゴンはいなかった?」とレンレンは訊いた。
「ドラゴン? そんなのいないよ」と少年は言い、フードをはずして、ニコッと笑った。
黒髪ショートカットのボーイッシュな美形。
「あれ? きみ、男の子? それとも女の子?」
「女だよ」
少年だと思ったが、少女だった。
「わたし、レンレン・ヴィンジーノ。家出少女なんだ」
「ワタシはユウユウ・ムジーク。同じく家出少女よ」
「奇遇だね。ボクも家出少女だよ。名前はリカリカ・ドーラン」
「リカリカ、わたしたちの焚き火に当たらない? テントもあるよ。3人で寝るにはちょっと狭いけど」
「ありがたいね。風が寒くなってきた。暖まりたい」
「干し肉もあるよ。食べる?」
「食べたい!」
「じゃあ、おいでよ」
レンレンが先頭に立ち、焚き火の場所に戻った。
干し肉を焼き、リカリカに渡した。
「旨いね。羊の肉だね」
「うん。明日はラスカ川で魚を釣ろうと思っているんだ」
「楽しそうだね。ボクも混ぜてよ」
リカリカは快活だった。レンレンもユウユウもすぐに彼女を好きになった。
「わたしは14歳よ」
「ワタシは17歳」
「ボクは15歳だよ。ユウユウが1番年上なんだね」
「そうなの。でも、国王はレンレンなのよ」
「国王? なにそれ?」
「家出少女の国よ。国民はレンレン王とワタシだけ」
「ふたりだけの国か。面白いね」
レンレンはさらに干し肉を焼き、リカリカにあげた。彼女は喜んで食べた。かなり空腹だったようだ。
「ねえ、リカリカも国民にならない?」
「ボクが入ってもいいの?」
「この国の前には幾多もの困難が待ち受けているよ。わたしはその困難を乗り越えて、国を大きくするつもり。バルーン教皇国にも侵略されない強い国をつくるんだ。戦うこともあると思う。それでもよければ、国民になってよ」
「大きなことを言うね。楽しそうだなあ。きみたちふたりとも、剣を持っているね」
「そうだよ。少女剣士なの」
「ボクはけんかが強いよ。男の子にも負けない」
「それは心強いね」
「どうする? 国民になる? 当面は、困っている少女を見つけて、国民を増やしていくつもりなんだけど。たとえば、追われている悪魔少女とかさ」
「ほう、それは素晴らしい志だね」
リカリカの瞳が輝いた。
「喜んで国民にしてもらうよ」
「やったあ、国民が3人になった!」
「リカリカ、王様はレンレンだよ。それでもいい? あなたは王様ではないわよ」
「いいよ。ボクは女王を守る騎士になるよ」
「女王を守る剣士はワタシなんだけど。それにあなた、馬も持っていないじゃない」
「ボクは馬より強い獣を持っているんだよ」
「なにそれ? ライオンとか?」
「もっと強いよ」
「ライオンより強いなんて、ドラゴンしかいないわよ」
「うん。いずれボクは竜騎士になるよ」
本当はボク自身が竜なんだけど、とリカリカは心の中で舌を出した。そのことは、よほど仲がよくならない限り秘密だ。
「さっき、月を横切る竜を見たの。あの竜はあなたのものなの?」
「竜を見たなんて錯覚だよ。ボクが馬より強い獣を持っていると言ったのも冗談さ。これから竜を見つけようと思っているだけ」
「見つけたって、竜騎士になるなんて無理よ」
「いや、リカリカだったら、なれると思う。きみにはなにかすごいオーラを感じるよ」
「さすが女王だね。見る目がある。レンレンにもオーラがあるよ」
「ワタシだって、バイオリンを持てば、オーラを放てるのよ!」
「へえ、ユウユウはバイオリン弾きなの?」
「うん。いまは家出しちゃって、楽器を持っていないけどね」
「強い国をつくって、コンサートをしよう!」
「そうしよう!」
「やりたいな、コンサート」
3人の話は盛り上がった。
「ところで、国名はなんていうの?」
「ひまわり王国よ」
「ずいぶんと可愛らしい国名だね」
「レンレンは回る向日葵亭というレストランの店主の娘で、ウエイトレスだったの。事情があって、そこにいられなくなっちゃったんだけど。とにかく、だからひまわり王国なのよ。不服でもある?」
「いや、いい名前だと思う。ボクはひまわり王国民第3号だね」
「第1号国民にして国王、レンレン・ヴィンジーノであるぞ!」
「第2号国民にして、宮廷音楽家のユウユウ・ムジークとはワタシのことよ!」
「アハハハハ、第3号国民にして、女王の竜騎士、リカリカ・ドーランだよ!」
3人は意気投合し、焚き火の周りで話しつづけていた。
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