第19話 人間への憑依、そしてキレるアーロン

 妹の本当の気持ちを聞いてから、俺とカリンはもっと仲良しになった。

 

 旅行に行ったり、パーティーに参加するといった大したことをした訳ではない。


 むしろいつも通りだ。

 

 しかし、カリンと話す回数も増えたり、カリンがオルビス研修所でどんな人間関係を築いていたりと、前よりカリンのことを知るようになった。


 ゲームストーリーだと、カリンはキモデブのカールに犯されることとなるが、もう俺からはあのキモデブ悪役の面影は残っていない。


 エリカもカリンのことが大好きで、毎回会う度に激しい愛情表現をしてきた。


 カリンはイヤイヤ言いながらエリカのおっぱいの柔らかさの虜となった。


 まあ、母上が亡くなってから俺とカリンにとってのお母さんのような存在はいなかったことだし、カリンがエリカの巨乳を好きな理由はわかる。


 俺も同じだ。

 

 ああ……体は引き締まっているけど、あのマシュマロのような感覚は病みつきになってしまう。


 まあ、それはそうとして、俺の話をしようか。


 俺は今すごく順調だ。


『集中』と『理解』によって魔法の理論、イラス王国の歴史、行政、事務、政治、経済、商業、他種族言語などの知識を積んでいる。


 もちろん、これらの知識の量はあまりにも膨大で、二つのスキルを使うとしても、一日に学べる量には限度というものがある。でも、属性魔法のおかげで俺は普通の人間と比べ物にならないほどの知識を頭に詰め込んでいる。


 いちいち本を開いて文字を読まなくても済むから本当に助かる。


 そして『憑依』のことだが


 俺は自分の部屋でこの憑依を極めるべく色々試している。


 これまではモノに憑依をかけてきた。


 わかったことを整理すると以下の通り。


・重いものほど魔力がかかる

・憑依状態が続くと自分の魔力も減る

・憑依にかかったものが活発な動きをすればするほど魔力の減り具合も激しい

・魔力が許すかぎり、自我の付与に制限がない(色んなものに同時に憑依がかけられる)


 もちろん憑依に関する魔導書は存在するが、憑依一つとっても使う人によって効果はまちまちだ。


 なので、こうやって直接経験しておかないとやっぱり能力向上はできない。


「ふむ……あとは生命体への憑依だけど」


 俺は自分の部屋の椅子に座りながらテーブルにあるモンスターをみる。


「よし。やってみるか」

「プルン……」

 

 俺のテーブルの上には青いスライムが置いてある。


 ボルジア家の広々とした敷地をエリカと散歩していたら現れたので捕まえてきたものだ。


「憑依」


 俺はワンドをスライムに向けて唱えた。


 このスライムは動きも鈍くて、攻撃的な態度を見せてない。


 もうちょっと元気になってほしいものだ。

 

 なので、俺はこのスライムに活発な性格を持つ自我を与える。


 だが、


「プルン……」


 このスライムに変化は現れなかった。


「なんでだ……スライムには憑依が効かないのかな?」


 予想したのと違う反応を見せるスライムを見て俺は頭を抱えた。


 すると、誰かがドアをノックする。


「誰?」

「ルビですよ」

「入っていいよ」


 ルビはドアを開けて俺の部屋に入ってきた。

 

 俺の服などをいっぱい抱えているルビ。


「今日のティアナっちは買い物に出かけたから私が代わりにカール様の服を持ってきました」

「ありがとな」


 ルビは俺の服をクローゼットに入れてから、小悪魔っぽく笑う。だが、机の上にいるスライムを見て興味津々な視線を向けてきた。


「スライムで属性魔法研究ですか?」

「ああ。でも、うまくいかなくてな」

「どこがですか?」

「憑依をかけても元気にならない。もしかしたら、生命体への憑依は物体よりもっと難しいかもしれない」

「ん?あのスライムって衰弱しているだけだと思いますけど?」

「衰弱?」

「水をやれば元気になれると思います」

「……」


 ルビに言われて俺は試しに水を上げてみた。


 すると、


「プルン!!!プルンプルン!!!」

「おお、元気になったみたいだな。スライムくん」

「すごくカール様に懐いてますね」


 スライムは俺の手にくっついて体を変形させながら喜んでいた。


 でも、この元気っぷりは俺が水を与えたことによるものなのか、それとも俺がかけた憑依によるものかはわからない。

 

 俺がスライムを撫でながらため息をついていると、ルビが小首を傾げた。


「どうしたんですか?」

「スライムって話せないから、俺の憑依にかかった感想が聞けないなって思ってな」


 皮肉な話だ。


 まあ、かと言ってルビや妹やエリカにかけるわけにもいかない。


「じゃ、私にかければいいでしょ?」

「ん?」

「私にかければいいですよ」

「してもいいか?」

「もちろん!あ、もしかして私にエッチな自我を与えようとしてませんか?」

「しないって!」

「あはは〜冗談ですよ」


 と、ルビは俺を揶揄うように笑っては俺の前に立つ。


「どうぞ!」


 ん……


 ルビは確かに優秀なメイドではあるが、ちょっとお茶目なところがある。


 でも、この子もなんやかんや頑張ってくれているし、ティアナが我が家になれるように誰よりも積極的に協力してくれた。


 性格はちょっとアレだが、とても優秀なメイドである。


 実験に参加してくれる代わりに褒美を与えた方が良かろう。


「憑依!」


 なので、俺は正直になる自我をティアナに与えた。


 小悪魔属性は抜きだ。


 人間にかけるのは初めてだから、やっぱり緊張してしまう。


「ああ……これは……一体……」


 反応を見るに、憑依は成功したようだ。


 なので、俺はルビに話しかける。


「ルビ、今一番欲しいものは何?」

「私が一番欲しいもの……」

「うん。言うといいことがあるかもな」

「私は……スカロンが食べたい」

「うん?」


 突然スカロン君の名前が出て俺はキョトンと首を捻る、


「ティアナにはカール様がいるから、ここで独身メイドは私だけ……みんなボルジア家のイケメン執事たちと婚約しているし、休みになれば人気のないところで盛りのついた犬みたいにXXして、最後はOOまで決め込んでいるのに、私は指を咥えてみてるだけ……」

「お、おい……何言ってんだ」

「スカロンっち、真面目すぎるから攻めまくっても全然気づいてくれないし……ああ、仕事やめたい!!生殺しにもほどがあるだろ!!!ああ……スカロンっちと結婚したい……子供作りたい……」

「……」


 これはひどい。


 相当ひどい。


「憑依解除」


 もうこれ以上聞いたら、ルビの怒りに当てられてしまいそうだから俺は憑依を解除した。


 すると、


 ルビは顔を引き攣らせて言う。


「カール様……私に一体何を吐かせたんですか?」

「い、いや!これは誤解だ!」

「ふん〜何が誤解ですか?」

「俺の実験に参加してくれる代わりに何か一つ言うこと聞いてやろうと思っただけでな!」




「……それは好都合ですな」




「ん?」


 俺とルビの間に取引関係が成立した。


X X X


 ルビが優秀な実験体となってくれたおかげで憑依に関する色んなデータを得ることができた。


 わかったことを分かりやすく言うと以下の通りだ。



・生命体は憑依されても自分の元の自我は相変わらず働く(二つの自我が同時に存在する)


・憑依は一人の対象に対して重複使用ができる(だが、これは対象者の精神に負荷をかけるので危ない)


・抵抗されると、憑依状態が解けるため、もっと魔力を消費して強い憑依をかける必要がある


・対象者の正義に反する自我が付与されたら抵抗が強くなり、憑依が解けやすい

 

 あと、健康になったスライムは我が家で飼うことにした。


X X X



 こんな感じで時間がたち、俺とエリカはオルビス魔法学園の受験勉強に勤しんでいた。

  

 エリカは本当に死ぬ気で理論の勉強をした。


 その結果


 見事に俺たちは最上級クラスであるSSクラスに合格することができた。


 集中と理解を使える俺は実技には苦労したが、理論で満点。


 エリカは実技において一位、理論でぎりぎりって感じだ。

 

 俺たち二人とも属性魔法を持っているので、加算点が追加されて結構いい成績がもらえた。


 結果通知書を見て、妹は大喜びをし、ティアナもぴょんぴょん跳ねながら祝ってくれた。


 合格を祝うパーティーが終わった俺は父上に話があると呼び出されて今、父上の部屋にいる。


 ここにはカリンとティアナとルビがいた。


「ふむ……実は4人に話したいことがある」


 父上はパーティーの時は明るい表情だったが、今はそうではなく、仕事をする時みたいに冷静だ。


「父上、なんでしょうか?」

「カールとカリンにはオルビス魔法学園の寮で生活してもらおう。それと、ティアナとルビも使用人として学園に泊まりながら二人の面倒を見てくれ」


 ほお、


 確か、ゲームでは俺も妹も家から通学することになるんだが、またストーリーが変わったみたいだ。


 まあ、あまりにも多くのことがあったから、もうゲームのシナリオと比較するのはあまり意味をなさない。


 なので俺はわけを聞かせてもらった。


「何か理由がありますか?」


 父上はふむと頷き、口を開く。


「もちろんだ。カールはハミルトン家を継ぐことになっている。お前の属性魔法は確かに知識を学ぶ上では実に素晴らしい能力だ。だが、直接経験することの大切さをカールは知るべきだ。いくら頭ではわかっていても、実践で活かせないとなんの意味もない。魔法も勉強もそうだが、特に人間関係が大事だ。通学だと往復で4時間もかかる。だから寮住まいだと時間の節約ができるわけだ」


 なるほど。


 理にかなっている。


 だが、一つ疑問も浮かんでくる。


「だとすると、カリンはなぜ今まで通学だったんですか?」

「それは、カリンに貴族派の虫どもがたかってくるからだ」 

「貴族派……」

「だが、今回はカール、お前だけでなく、お前の婚約者も一緒に入学する。ボルジア家はいい虫除けとなるだろう」

 

 虫除け……


 もっといい単語もあると思いますけどな。


 俺がげんなりしていると、妹が握り拳を作って勢いよく返事する。


「私は構いません!寮に住むと、友達とも一緒にいる時間も増えるし、あと……お兄様とも」


 だが後ろに行くにつれて恥ずかしそうに口をもにゅらせる。

 

 その様子を見て、ルビがサムズアップする。


「よかったですね!カリンお嬢様!」

「うん!」


 妹の反応を見て父上が満足げに口角を吊り上げると、今度はティアナが俺に問う。


「カール様はいかがなさいますか?」

「まあ、俺も文句ないよ。父上の言葉は正しい。でも……」

「ん?」


 俺の「でも」を聞いて、父上が眉根を顰めて視線で続きを促した。


「俺たちが居ない間にエイラさんと仲良くなってくださいよ」


 俺が言うと、カリンが目を輝かせて助勢する。


「そうですよ!お父様!ボルジア家の方々と争う理由はありません!お父様ならボルジア家が私たちハミルトン家にとってどれほど役に立つ存在なのか知っておられるはずです!」


 俺はカリンの言葉に感動してカリンに視線を送った。

 

 そしたらカリンは「お兄様!私褒めて褒めて!」みたいな表情を向けてくる。


 しかし、


 父上の様子が急におかしくなった。


 全身を震わせて、急に机を手のひらで叩いて立ち上がった。



「あの女はダメだああ!!!」



「「ひいっ!!」」


 父はキレた。


 イラス王国切っての有識者である父上がキレたのだ。


 なので、俺は大いに動揺し、残り3人はビビりながら俺の後ろに隠れる。


「あの女……許さない……この俺をここまで怒らせたのはあいつが初めてだ。いつか、制裁を下すことになるだろう」


「あ、あはは……父上、話が終わったなら俺たちはもう部屋に戻ります!」


 俺たち4人は逃げるようにして父上の部屋から脱出した。





 


 

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