第12話 固有イメージの確立とムービング

 と、いうわけで俺はカリンからレクチャーを受けるべく、机の椅子をずらしカリンと向かい合うように座った。


「論より証拠です。まず共通魔法を使うところからやってみましょうか」

「お、おう」

「人は誰しも魔力というものを常に持っています。ゆえに貴族だろうが平民だろうが基本的には通常魔法が使えます。そして私たちみたいな高位貴族は属性を持っているのでとても複雑で綺麗な固有イメージを持つことになります。まあ、イメージがない状態でも共通魔法と属性魔法自体は使えますけど」

「え?そう?」

「はい!お兄様、まずはそこにある花瓶にムービングをかけていただけますか?」

「えっと、俺、使い方わからないんだけど」

「ただ、あの花瓶を動かしたいと想像して『ムービング』と唱えればいいです。それならできるはずです!ワンド渡しますので」

「お、おう。ありがとう」


 俺はカリンからワンドをもらい、それをテーブルの真ん中にある花瓶に向ける。


 ダイエットに夢中で、転生してから魔法を使うのはこれが初めてだ。だから無理せずちょっと右にずらす程度にしたほうが良かろう。


 そう思って、俺は小声で唱える。


「ムービング……」


 そしたら真ん中にある花瓶が割れて、爆発したように破片が飛び散る。それから俺と花瓶の間を得体の知れぬ紫色の光が繋ぐ。


「シールド!」

 

 カリンが素早く別のワンドを持ち出して花瓶周りにシールドをかけた。


 そしたら破片はシールに塞がれ、やがて謎の紫色の光も消えてゆく。

 

「……」


 俺は何が起きたのか理解ができなくてカリンの顔を見た。


 すると、彼女は納得顔でうんうん言いながら説明を始める。


「花瓶が割れるのは当たり前です」

「なんで?」

「固有イメージが確立してない段階で魔法を使うと不安定な状態になって使用者の魔力があっという間に減って、不完全な魔法しか使えなくなります」

「なるほど……」

「これは理性を失った魔物が使うスキルと同じです。つまり、人族の魔法だと言えません。なので、これからお兄様には固有イメージを確立していただきます」

「固有イメージ……」

「すべての生き物には異なるイメージが存在しますので、お兄様のイメージを探してください。私のものをお見せしますから、それを参考に見つければいいと思います。血族のイメージは似てますから」

「う、うん。お願いするね」


 つまり、固有イメージというものは人間におけるDNAみたいなものか。

  

 固有イメージを通さないとろくに魔法を使うことはできないのか。

 

 その割にはオリジナルストーリーでのキモデブであるカールはちゃんと魔法が使えたんだけど、なんなんだろう。


 キモデブカールの属性は精神。生き物のメンタルを操る本当にエロゲーの悪役に相応しい属性と言えよう。


 スキルに至っても口で言えないような鬼畜スキルばかりだった。


 しかし、キモデブカールの場合はスキルを使えば自分のMPの減り具合がやばくHPまでもが減少した。さらに、スキルの威力だって全体的に不安定で、確率に頼らざるを得ない、そんなキャラだった。


 つまり、カールは固有イメージなしで戦ったってわけか。


 本当に見た目と同じで中身まで化け物のような男だ。


 理性を失った魔物のような戦い方をずっとしてきたってことじゃないか。


 俺がキモデブカールの恐ろしい一面を知って鳥肌が立っていると、カリンが急に俺の近づいてきた。

 

 そして、向かい合うように座っている俺の太ももに座る。


「カリン!?」

「これは仕方なくやっているだけです!し、仕方なくですからね!」

「……」


 カリンの目尻と口角が吊り上がっていた。


 彼女は自分の額を俺の額に優しく接触させる。


 それと同時にとても良い香りが俺の鼻を刺激し、気分がとても落ち着く。


 マジック★トラップでのカリンはヒーラーとして重宝される。


 戦闘時に何もしなくても自動的に味方のHPを回復させるパッシブスキルつきだ。


 さっき魔法を放った時に、若干の疲労感を感じていたが、今はそんな疲れはとうに吹っ飛んでいる。


「お兄様、集中してください」

「お、おう。悪い」


 妹に指摘をもらった俺は妹の額に神経を集中させた。


 目を瞑ると、三角形からなる複雑なパターンが見えてきた。


 これはあまりにも複雑すぎて全部覚えることはできない幾何学的模様だ。


 まるで万華鏡を見ているように。


「全部覚えなくても良いです。感じてください」

「……ああ」

 

 数十秒間、俺はカリンの美しい固有イメージを見続けた。


 魔導書によると、自分のイメージを見せるのは信頼の置ける相手でないとできないと書いてあったけど、俺とカリンは血の繋がった家族だ。


 カリンが俺の妹で本当によかった。

 

 そんなことを思っていると、


「っ!」


 急に俺の頭で三角形からなる複雑なパターンが見えてきた。


「お兄様、その調子です。そのトライアングルを突き詰めてください」

「あ、ああ……」

 

 俺は脳内で広がる自分のトライアングルに全神経を尖らせる。


 主人公に殺される結末を辿りたくない。


 そして、このエロゲーはシリーズものだ。


 つまり、俺以外にも悪役がいっぱいいて、多くの悲劇が待ち受けている。


 そんな悲しいことが起きないようにしなくちゃ。


 そして目指すのだ。


 スローライフ!!


 この異世界を堪能してやる!


 せっかく魔法が使える世界で公爵家の長男に生まれたのだ。


 楽しまないと損しかいないだろ!


 俺が闘士を燃やしていると、そのトライアングルは急にフラクタルや万華鏡の中身のように広がる。


「う、うそ!こんなに早く広がるなんて……」


 広がり続ける固有イメージ。

 

 もはや妹のものを参考にする意味がなくなったため、俺は両手で妹の腰を抑えた。


「っ!!」


 まるで電気でも走ったかのように妹は全身をひくつかせたが、俺はスルーして、妹を持ち上げて向かいの椅子に座らせる。


「……」


 妹は口を半開きにして、俺を上目遣いしてきた。


 なので、俺は妹の柔らかい頭をなでなでしてあげた。


「お兄様……んにゃ……」

「今ならできる気がするんだ」


 俺はそう言って、撫でるのをやめて再びワンドを握り、それをテーブルの上にある魔導書たちに向ける。


 妹は自分の頭を撫でながら俺と魔導書を交互に見ている。


「これは物足りないかもな」


 俺はそう言って、後ろを振り向き、本がいっぱい置かれている書斎に向かって唱えた。


「ムービング!!」


 すると、ものすごい数の本が宙に浮かぶ。

 

 実に壮観だった。


 俺は目を細めてワンドを一振りした。


 そしたら、まるで映画のCGのように数千冊の本が正しい動きをしながら竜巻のように回り始める。


「すごい……」


 妹は鮮やかな青色の瞳をキラキラさせて俺の魔法を見てうっとりとした顔をした。


 この魔力消費量ならいつまでもやっていられる。


 やべ……


 すごい面白い!


 リアルで多くの物体を遠隔で動かせることができるなんて……


 俺は感動した。


 しかし、ずっとやるのもあれだから俺の再びワンドを一振りして本を元の位置に戻す。


 それから俺はワンドを机に置いて、にっこり笑いながら妹に対して口を開いた。


「楽しい」

「っ!!」

「これから、体作りだけでなく、魔法もいっぱい学びたい。他にも行政とか色々勉強しないといけないから、忙しくなりそうだね」

「うう……お兄様……お兄様……」

「カリン?」

!!!!」


 これまでわりかし冷静だったカリンが急に感極まって俺に飛び込んできた。


「私……お兄さまがひどい状態のまま死んじゃうんじゃないかと、とても心配していました……」

「あはは……」


 本来のストーリーだと君の言う通りだよ。


 


「私、ずっと周りからなめられないようにするために、ずっと頑張ってきました……」

「そうだな。研修所で2位をやっているのはすごいことだ。自慢の妹だよ」

「でも……私、疲れました」

「……そうか」

 

 カリンは俺の分まで頑張ってくれていたことだろう。


 もちろん、俺は過去のカールではない。


 ゆえに罪悪感を覚える必要はないはずだが、今のカリンの弱い姿を見ていると、やっぱり放っておくことはできない。


 俺は片手でカリンの背中に腕を回して、空いている手を使いカリンの頭を優しく撫でてあげた。


「本当によく頑張ってくれたよ。これからは疲れたら俺のところに来てくれ。また昔みたいに仲良くしよう」


 カリンは目を潤ませて俺を上目遣いしては


「はい!これからよろしくお願いします!」


 とても明るく返事をした。


 マジック★トラップでは妹も攻略対象だ。


 もちろんカールは実の妹と……


 でも、俺はそんな鬼畜プレーをする気は毛頭ないため、これからも普通の兄妹みたいに仲良く過ごしたい。


 本来のストーリーだと、俺が死んでハミルトン家を継ぐのはカリンになっている。


 公爵家を継ぐという想像を絶する孤独と責任感というプレッシャーに押しつぶされたところに主人公がカリンを攻略し始める。


 でも、主人公よ。


 お前の出番は


 にしても、カリンは聖属性だからこんなにくっつくと本当に癒されるんだよな。


 俺も疲れたらカリン成分を吸収するとしよう。




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