第10話 カールが好き

エリカside


『53kg』


「……これが私の体重」

 

 カールと同じくエリカも自分の部屋に設置されている体重計に乗ってみる。


 とある海賊アニメの大きなママンを連想されるほどのビジュアルだったエリカは大変身を遂げたのだ。


 長くツヤのある赤髪、切れ長の目には鮮やかなエメラルド色の瞳。端正な目鼻立ちと綺麗な白い肌。贅肉がなくなったため、立体的な顔はまるで映画女優を連想させる。


 そして体は言わずもがな。


 引き締まった体はラフな格好であるにも関わらず魅力を放っており、恵まれた大きな乳房は上着を押し上げている。


 腰は細くて、足は長い。

 

 鏡に映っている自分が別人すぎて、一年前のあの頃を思い出すと非現実的な感覚に陥ってしまいそうになる。


「エリカ様……」

 

 そんなエリカを専属執事であるスカロンが涙を流して見つめる。彼女はスカロンを見て、自分を指差しながら問う。


「私……本当に変わったかな?」

「はい……エリカ様は本当にお美しいです……血の戦姫ブラッディーワルキューレと言われ、敵すらも惚れさせたエイラ様の血を引き継いだだけあって、第三王子が今のエリカ様を見たら血涙を流して後悔するに違いありません!」


 握り拳を作りガッツポーズを取るスカロンを見て、エリカは目を細める。


「もうあの人のことはどうでもいいわ」

「え?本当ですか?」

「そう。あの時の私は未熟だったの。そして、人を外見だけで判断する第三王子の本性を知ってむしろラッキーだわ。もし、あの人と結ばれたとしても、きっと幸せになれないから」

「なるほど。エリカ様らしい素晴らしい考え方です!今が大事ですよね!」


 スカロンは興奮気味に言う。


 そしたら、エリカが頬をピンク色に染めて恥じらう乙女のように口を開いた。


「そう……でも、カールは私の醜い姿を見ても嫌なそぶりを見せないで、私を導いてくれたわ」

「そうですね。それだけでなく、カール様が開発された遊びで、ハミルトン家の使用人たちとボルジア家の使用人たちも仲良しになりましたから」

「うん……あれほどお互い敵視していたのに、不思議だわ」

「カール様は立派な男性です!文を重んじる家柄であるにも関わらず、ボルジア家の伝統や価値観を尊重して、一緒に体を鍛えてくれました!」

「……私、そんなカールの事が大好きになったの」

 

 モジモジしながら言うエリカ。


 そんな彼女のウブな姿を見てスカロンは目を輝かせる。


「今のエリカ様ならいけますよ!十分綺麗ですから!」


 彼の励ましにエリカは暗い顔をした。


「ううん。カールは私なんかより、もっとオシャレのできる女の子を好きになるに違いないわ。私の家って、体使うことだけしか興味ないから……私……頭悪いし魅力ないかも……」

「そんなことありませんよ!エリカ様はカール様の事が好きですよね?」

「大好き!毎日カールの妻になって赤ちゃんを産んで幸せな家庭を築く夢を見るくらいに!」

「お、おお……そこまでですか……」

「……」


 一瞬意気込んでいたが、また萎んでしまうエリカを見て、スカロンは心の中で何かを決心する。


X X X


翌日


 スカロンは朝早くからボルジア家を出て、早速ハミルトン家へ赴いた。


 ハミルトン家の門番の人はスカロンを見るなり、明るく笑ってドアを開けてくれた。


 そんな門番二人に対して、ボルジア家自慢のエナジードリンクを渡すことを忘れないスカロン。


「おう!スカロン君、ありがとう!このドリンク結構効くんだよな!」

「いいえ!門番の仕事お疲れ様です!」


 と、スカロンは門番二人に丁重に頭を下げてハミルトン家の屋敷の中に入る。


 そんなスカロンを見て門番二人は微笑みながら口を開く。


「よーできた執事やな」

「そうですな。ボルジア家に対するイメージがガラッと変わりましたよ」


 屋敷の中に入った彼。


 すると、敷地内でメイドたちが忙しなく仕事をしていた。


 早朝ということで、落ち葉や花弁を箒で掃除するメイドが多かった。

 

 この屋敷には数回訪れた事があるが、こんなに多くのメイドたちが働く姿は何度見ても見惚れてしまう。


 どのメイドもレベルが高い。


 ボルジア家の仕事は基本強いものしか勤まらないゆえ、大半が男なのだ。


 スカロンがボーッとしていると、背が小さくて小悪魔っぽい顔をしたメイドが彼に近づいた。


「あ、スカロンっち!おは!」

「ルビさん!おはようございます!」


 ティアナと仲のいいルビは小首を傾げて口を開く。


「んで、今日はなんの用なの?」


 彼女の問いにスカロンはちょっと照れ臭そうに笑いながら後ろ髪を掻く。


 彼の不自然な表情を見て、ルビは目を丸くし、口角を吊り上げた。


「うひひ、これは何かある時の顔だね〜ほらほら〜言ってごらんよ〜」


 ルビはニヤニヤしながら彼の胸を突いく。


「ちょ、ちょっと!ルビさん!ボディータッチは!」

「えへへ、別いいじゃん!減るもんじゃないし!なんならスカロンっちも私の体触ってみる?」

「いいえ!僕は遠慮しておきます!」

「へえ、他の執事たちはここのメイドたちにめっちゃぐいぐい来るのに……」

「ん?今なんと?」

「なんでもないよ〜」


 聞いてはならないことを聞いた気分になって問うも、ルビはケロッと顔を背けて知らないふりをした。だが、やがて、笑顔でスカロンに迫ってきた。


「ででで、なんで来た?」

「えっと……それはですね」


 スカロンはことの顛末を全て話した。

 


「マジ!?エリカ様がカール様を!?」

「は、はい……」

「はあ〜本当に盛り上がるんだけど!これはティアナっちに相談した方がいいね!ついてきて!」

「ちょ、ちょっと!」


 ルビはスカロンの手を強く握って、ダッシュした。


 やがて洗濯場にやってきた二人は、ムービングとトルネードと属性魔法を使い、洗濯をやっているティアナを見つける。


 ティアナは二人を見て魔法を止め、小首を傾げた。


 二人はティアナにもことの顛末を伝えた。


「これはエリカ様に積極的に協力する必要がありますね!」


 ティアナは握り拳を作り、鼻息を荒げる。


 するとルビが口を開く。


「じゃ、私、他のメイドたちも呼んでくる!」


 ルビはそう言って、走り去った。


 数分後、ハミルトン家に仕えるメイドのほとんどが洗濯場にやってきた。


「ティアナちゃん!本当なの?」

「きゃあ!あれほど憎み合っていた貴族同士が今やピンク色に……」

「まるで小説みたい……素敵」

「私も手伝うわ!」

「私もね!」

「私も!その方が私たちにとってうふ」

「ボルジア家の執事たちって、女心があまりわかってないから手伝わないと!」


「……」


 スカロンは開いた口が塞がらなかった。


 スポーツ以外の目的でここにやってきたのは初めてだ。


 カール様とエリカ様が結ばれる。


 これはエリカ願いであり自分の願いでもある。


 つまり、こちらの願望を一方的に伝えた。


 冷やかされたり、無視されたり、拒絶されるリスクは計算済みだった。


 だが、


 こんなに明るい顔で協力してくれるメイドたちを見て、スカロンの心も温まった。



「結びましょう!カール様とエリカ様の恋を!」


「「「おう!!!」」」


 ティアナの宣言にみんなが口を合わせて呼応する。




カールside


「なんか盛り上がってるな。あ、スカロン君もきてる」


 父の書斎で魔導書を読んでいた俺は、外が騒がしかったので、窓越しに洗濯場に視線を送った。


 そしたらメイドたちがみんなドヤ顔を浮かべて何やら喋っている。


「スポーツの話でもしてるかな?他のスポーツも教えてあげた方が良さそうだな」


 俺は笑んで後ろを振り返り、机に置かれた数冊の魔法に関する書籍を見る。


 俺は絶望に打ちひしがれたように深々とため息をついて、口を開く。


「転生前のこいつを殴ってやりたい……共通魔法もろくに使えないほど勉強してなかったから、学ぶのめっちゃ大変なんだけど!?なんだよ固有イメージってやつは?!」

 

 頭を抱えて叫ぶ俺。


 今はダイエットに成功して、髪も整えてだいぶイケメンになった。


 ティアナと他のメイドたちが俺の外見を見て絶賛してくれた。

 

 見た目の問題を解決すれば何もかもがうまくいくと思ったが、こいつは魔法について知らなすぎる。


 いくら『マジック★トラップ』シリーズの知識があるとしても、カールの頭が空っぽだから、原作知識を活かすこともできないのだ。


 俺が人生諦めた人のような表情をしていたら、誰かがノックをしてきた。


 メイドかな?


 今日はずっと書斎にこもって魔法の勉強をするって言ったからお茶を持ってきてくれたかな?

 

 朝ごはん食べてあまり経ってないし。


 みたいなことを考えながら俺はドアを開けた。


 するとそこには、


「カリン!?」

「お……お兄様……」


 俺と同じ紺色のサラサラした髪をして深海を思わせるブルーの瞳を持つ美少女である俺の妹が立っていた。


 彼女は俺の顔をチラッと見てはすぐに視線を外し、またちろりと見ては頬を朱に染めあげる。

 

 それから着ている青いドレスの裾を小さな両手でぎゅっと握り込んだ。


 な、何しにきたんだろう。


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