第7話 カールの妹は闇を抱えている

カリン・デ・ハミルトンside



 ハミルトン公爵家には二人の子がいる。


 カールとカールの妹であるカリンである。

 

 カリンはマジック★トラップの舞台であるオルビス魔法学園の付属機関であるオルビス研修所に所属している11歳である。


 オルビス研修所とは、まだオルビス魔法学園に入学できない幼い才能のある英才たちのために設けられた施設で、ここで高い成績を貰えば、別途の試験を受けることなく15歳なるとオルビス魔法学園に入学できる。


 それだけでなく、最初に割り当てられる学生ランキングにおいてもいろんな利点がある。


 そのオルビス研修所で2番目に成績がいいカリンは友達を二人連れて家に帰っているところである。


 蹄が地面をゆっくり蹴り上げ、前に進む馬車。


 その馬車はオルビル研修所を出て王都を通り、やがてハミルトン家の私有地に入る。


 ハミルトン家に仕える年老いた執事さんがハミルトン家の前に三人が乗っている馬を止めて馬車の扉をゆっくり開いた。

 

「どうぞ」


 三角帽子をかぶっているお年寄りの執事さんが礼儀正しく頭を下げ、正門の方を手で指し示した。


「ありがとう。みんな、降りましょうね」


 カリンの幼い声に向かいに座っている二人の友達も優雅な姿勢で馬車から降りた。


 執事さんが彼女らが滑らないようにリードし終えると、門番のもの二人は深く頭を下げて大声で言う。


「カリン様!おかえりなさいませ!」


 そう言って、ドアを開ける。


「さ、入りましょう」


 カリンは友達二人を見て凛々しく言う。


 三つ編みハーフアップの紺色の髪を靡かせており、凛とした雰囲気は彼女の父を匂わせるが、まだ成長し切れてないけどその美しい美貌は亡き母を連想させるにあまりあるものだ。


 そんなカリンの姿を見て彼女の友達のうち、黄色のドリル髪をした女の子は目を細めてカリンに試すような視線を送り、黒髪をした地味な眼鏡っ子はカリンとドリル髪の顔色を伺いつつ門番二人と執事に微笑みをかけてあげた。


X X X


「おほほほほ〜毎度のことながらやっぱりハミルトン家の屋敷はとても小さいんですわね〜この私のオルレアン公爵家の豪邸に比べると雀の涙程度ですわ〜おっほほほほ。それでも私のライバルですの?」

「……別に敷地の広さなんかどうでもいいじゃありませんか。このドリル女」

「なっ!ドリルなんて!この髪型は最上級の美容師じゃないとできないスタイルですわよ!」

「そんなヘアスタイルはこのイラス王国じゃ通用しないんですわ」

「おっほほほ〜私のマッキナ帝国はファッションにおいても最先端を走っていますわよ〜イラス王国の魔法使いを育成する能力はとても高く買っておりますけど、それ以外は残念でなりませんわね〜」


 金髪ドリル女がわざとらしくうざい笑をすると、カリンが歯軋りする。


「あ、あの……カサンドラ様、その辺でやめた方がいいと思いますよ。せっかくのお茶会なんだし、楽しみましょう!今日はカリン様が属性魔法に目醒めたことを祝うめでたい日ですから!」


 すると黒髪の眼鏡女の子(エルシア)が仲裁に入った。


 エルシアの言葉を聞いたカリンは得意げに頷く。


 そんなカリンの反応を見てドリル髪のカサンドラもまた得意げに言う。


「おっほほほほ!私より一ヶ月遅い目醒めですが、12歳で属性魔法が使えるのは大したことですわ。しかも聖属性……風属性魔法を使えるこの私のライバルとしてふさわしい属性ですわね」


 ドリル髪のカサンドラが自信満々な表情を向けると、カリンもまた熱い眼差しをカサンドラに向ける。


 この三人の美少女の国籍はそれぞれ異なる。


 イラス王国の行政において莫大な影響力を誇るハミルトン家の長女であるカリン。凛とした佇まいと美しい美貌ゆえ、数多くの男性たちを虜にしており、オルビス研修所で2位という素晴らしい成績を維持している才女だ。


 カリンはオルビス魔法学園に進学する際に最上位クラスであるSSクラスに入ることが決まっている。

 

 しかし、完璧超人ではあるが、を抱えている。


 そして、イラス王国を含むいつくかの国々に少なくない影響力を与えているマッキナ帝国における最も金持ちとして知られるオルレアン家の次女カサンドラ(金髪ドリル)。オルレアン家は魔道具や機械などを製造をする工場をたくさん持っており、諸外国の経済に与える影響は絶大だ。


 なので非常にプライドが高く、カリンに対してはマウントを取りたがっている。


 カリンと金髪ドリルのカサンドラを優しく見守る黒髪の眼鏡っ子の名前はエルシア。


 中立国であるミクロス王国の伯爵娘である。 


 ミクロス王国は非常に外交がうまくて、帝国と王国の間に生じたいざこざや王国同士で発生したトラブルを解決する場を設けてくれる極めて重要な国と言えよう。


 その国風にふさわしく、黒髪眼鏡っ子のエルシアは二人と比べたら低い身分であるにも関わらず、うまくこの二人をまとめてくれる仲裁役である。


 やがてメイドたちがお茶と菓子を用意すると、本格的なガールズトークが始まった。


 約1時間に及ぶトークをして、そろそろ疲れた頃に事件が起きた。


「カリン様とカサンドラ様はとてもお美しいので、果たして完璧なお二方を受け止めてくれる男性がいるのか疑問ですね」


 エルシアが二人の機嫌をとるように言葉を吐くと、金ドリルのカサンドラが年の割には大きい胸をムント反らす。


「そうですわね。少なくとも私のお兄様くらいじゃないとですね」

「っ!!」

 

 カサンドラの言葉にエルシアが眼鏡を震わせながら戦慄の表情を浮かべる。


 カサンドラは尚も続ける。


「この間、私のお兄様がガーゴイルを倒して最上級魔石を私にプレゼントしてくれましたの。このネックレスの中にある綺麗な宝石、見えますよね?お兄様からもらった魔石を加工して作ったものですわよ。ほら〜綺麗ですよね?」


 ネックレスをこれみよがしに笑いながら揺らし始める。


 すると、エリシアが恐怖に怯えた表情でカサンドラの袖をぐいぐい引っ張る。


「ん?」

「カサンドラ様……」

「なんですの?」

「地雷……踏んでますよ」

「じら……あっ!」


 どうやらカサンドラは自分の過ちに気づいたようだ。


 カサンドラが向かいに座っているカリンを見ると、


 正気を失ったヤンデレ目をしているカリンがいた。


「お兄様……お兄様……お兄様……お兄様……」


 虫くらい軽く殺せるようなオーラを発するカリンにカサンドラとエリシアが震え上がる。


 そう。


 カリンにも兄がいる。


 200キロは優に越えるキモデブの兄が。


 カサンドラのように格好いい強い兄ではなくキモデブ引きこもりの兄がいるのだ。


 もちろん、親友である二人もカールというキモデブについては知っていて、ガールズトークの時に『兄』はいわば絶対口にしてはならない単語である。


 カサンドラに故意はないが、一度こぼした水はグラスに帰らない。


 ヤンデレモードのカリンに対して口を開いたのは、意外なことにカサンドラだった。


「かかかかカリンさん、私が謝るから機嫌を直してください!ごめんなさい!」


 と、プライドの高いカサンドラが立ち上がり、カリンの両手を丁寧に掴んで謝罪するも、カリンは相変わらずドス黒いオーラを出しっぱなしである。


「カサンドラさんは何も悪くありません。いいお兄様をお持ちになって、微笑ましいですわね。私はですよ。お気になさらず」

「いいい、いや!目が死んだアンデッドのように腐ってますわよ!」

「アンデッドは最低でも1回は死んでますので、つまり私の目は2回は死んでいるってことですか?」


 いつもプライドが高くてマウントを取りたがるカサンドラでさえ、こればかりはどうしようもない。


 エルシアはいつしか隅っこでしゃがみ込んで頭を抱えながら真っ青な顔で呟く。


「やばいやばいやばい……こればかりはどうしようもない……やばいやばいやばい……」


 絶体絶命の危機に瀕したカサンドラ。 


 彼女は制服のブレザーのポケットからいそいそと何かを取り出した。


 そしてそれをテーブルの上に置く。


「カリンさん!これは私からのプレゼントですわ!食欲を抑えてくれる薬ですの!副作用のないとても高価なものですわ!属性魔法に目覚めた記念に私がお父様に頼んで用意させましたの!これさえあればカールさんもきっと痩せることができると思いますの!それじゃ私たちは失礼しますわ!」

 

 そう言って、カサンドラは怯えているエルシアの手を握ってこの部屋を出ていった。


「あ、カリン様、私からのプレゼントはメイドさんたちに渡しますから……また明日!」


 エルシアの声を最後に二人の様子は見えなくなった。


「……」


 静寂が訪れる。


 理性を取り戻したカリンは涙ぐんだ。


 あの二人は自分を祝ってくれるために来てくれたのに、自分の不手際で迷惑をかけてしまった。


 しかしそれ以上に謎の感情が込み上げてくる。


「お兄様……」


 優しい人だった。


 明るい人だった。


 昔は少し太っていたけど、いつも自分のことを第一に思ってくれるいいお兄様だった。


 亡くなった母によって生まれた寂しさをお兄様は埋めてくれた。


 父はいつも仕事で忙しいから我儘なんて言えない。


 だから自分の言葉をちゃんと聞いてくれるお兄様は自分の心の支えだった。


 でも、


 お兄様は引きこもってだんだんひどくなっている。


 自分が通うオルビス研修所では、素敵なお兄様を持つ女の子が多い。カサンドラもその中の一人だ。

 

 送り迎えをするイケメンお兄様たちを見ると、心が締め付けられるように痛かった。


 嫉妬と羨望。


 でも、いつかいい日が来ることを期待しながら頑張ってきたけど、お兄様の体は人の体と呼べないほどひどくなり、体重は増える一方だ。


 優秀なティアナさえも彼を変えることはできない。


「はあ……そういえば、今日ティアナちゃんの姿が見えませんね。お兄様はいつも通り部屋にいるはずでしょ」


 そう呟いて、カリンはテーブルの方を見る。


 そこにはカサンドラがくれたダイエット薬の入った紙包みが置いてある。


 それに手を伸ばそうとしたら、開けられた窓から聞き慣れた声が聞こえる。


「いや、初日だから結構疲れた!」

「今日は本当に素晴らしかったです!」

「早くシャワー浴びたいな〜ティアナも結構汗かいたよな?」

「はい!サッカーというものがあまりにも楽しくて、メイド服が汚れてしまいました」

「新しいの買ってやるよ」

「いいえ!無駄にするわけにはいきません!新しく覚えたトルネードを使えば新品のようになりますよ!」

「ほお、そのトルネードという魔法、俺にも見せてくれよ」

「了解です」

「よし!ティアナが頑張っているから俺もダイエットもっと頑張らないと!」

「私も全力でサポートいたします!」


 カールとティアナの会話を聞いて、カリンは小首を傾げて独り言を言う。


「ダイエット?」




 


 






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