世界を創った詩と終焉の風

峰上クロ

Prologue

Prologue

「起きて、起きてよアイラ!」


 聞き慣れた声と共に、自らの身体を揺らす者がいる。


「今日はお祝いのパーティーなんだから、早く起きておめかししなきゃ!」


 身体を揺らしているのとは別の手が、閉め切っていたカーテンを開け放つ。入り込んできた朝の日差しに、思わず布団で顔を隠す。


「…あと……ごふん……」


 そんな言葉とささやかな抵抗も虚しく、引き剥がされた布団が宙を舞って床に落とされる。


「主役が起きないでどうするの〜!」


 そのままベッドから引きずるように降ろされ、目を擦っているうちに鏡の前に連れて行かれる。

 磨き抜かれた鏡面に映っているのは紛れもない自分自身。それから、学園に来てからずっと一緒にいる親友のリオンにユウカ。


「おはよう…リオン…ユウカも……ふぁあ…」


「ん…おはよ、ねぼすけアイラ」


 あくびを噛み殺しながら挨拶をすると、呆れたような声でからかい混じりの返事が返ってくる。

 ――ふと、なにか引っかかりを覚える。主役――お祝い―?


「ねえ、リオン…お祝いって……?」


「あれ、言ってなかったっけ?アイラ達が七空に選ばれたお祝いのパーティーだって」


 言われてみれば、確かにそんなことを聞いた気がする。それを思い出した時、ようやく覚醒してきた頭に浮かんだのは焦りだった。


「…って……まって…私、ドレスなんて持ってない…」


 そう。正装は愚かカジュアルなドレスすら持っていないのだ、自分は。


「そこはだいじょーぶっ!ユウカの実家、貸衣装屋だから!ね、ユウカ?」


「ええ。父さんに無理言って一着借りてきたわ」


 親指を立てながらユウカの方を向くリオンの顔と、それが当たり前かのように答えるユウカの目を交互に見ながら、ぽかんと口を開ける。


「……私なんかのためにそんな…」


「アイラは自己肯定感低すぎ!ほら着替えるよー!」


 朝から元気な声に、羨ましいと感じる。同時に、七空に選ばれたくせにナヨナヨと逃げてばかりの自分に、少しだけ嫌気が差した。

 ――そんなことを考えている間に、あれよあれよと準備は進んでいった。本当にあれよあれよという間に。自分でもいつ終わったかわからないくらい早く。


 ―♦――♦――♦――♦――♦―


「はい、髪の毛も終わった!鏡見ていいよ、アイラ」


 頭皮が引っ張られる感覚が少し弱くなったのと同時に、そんな声が聞こえて顔を上げる。

 そこにいたのは、本当に自分なのか疑うほどに可愛らしく着飾った自分だった。


 自分が着るなんて想像もしたことがなかった上等なドレスは、体を動かすたびにサラサラと音を立てて揺れる。

 首元を飾る控えめながら美しい宝石に、綺麗に結い上げられた髪の毛。完璧すぎるくらいに完璧な衣装に、息を呑む。


「…すごい……私じゃないみたい」


 思わずこぼれたそんな言葉に、後ろに立つ2人が笑ったのが鏡越しに見えた。


「安心して、ちゃんとアイラだから」


「そうそう。自身を持って、胸を張って」


 本当に、この2人と一緒だといつも元気をもらえる。

 そう思って、自然と笑顔になるのを感じた時。軽やかなノックの音と共に幼馴染みの声が聞こえた。


「アイラ、そろそろ時間だが準備は出来たか?」


「うん、できた……」


 その声に応じて、ゆっくりとドアが開く。


「それじゃあ、行こうか。手を取ってくれますか、お姫様」


「……はい」


 少しからかい混じりのそんな言葉と、自分より少し大きくて確かに暖かい幼馴染みの手。緊張がほぐれた気がして、にっこりと笑いかける。


「…どうした、アイラ。楽しそうだな」


「ううん、バーニーがいてくれるおかげでちょっと緊張がほぐれたから」


「…そうか、それはよかった」


 それから、少しだけ思い出の話に花を咲かせながら歩いた。会場になっている大ホールまでは5分程度。その間にできる話なんて限られてはいるが、懐かしさに頬が緩む。


「昔のアイラは泣き虫だったよなぁ」


「そういうバーニーは昔よく大怪我してたけどね」


「だな…よく母さんに叱られた」


 そんな話をしているうちに、金の装飾が施された重厚感のある扉が見えてくる。


「…ついちゃったね」


 扉の前に立って急に緊張してきたのか、バーナードがソワソワしている。それに触発されて、さっきまでほぐれていた緊張が舞い戻ってきてしまった。


「……ねえ、バーニー」


 横に立っているバーナードの手をキュッと握り、声をかける。それで察してくれたのか、彼の高い背がかがめられた。


「いつものおまじない、か?アイラは緊張すると本当にだめだな」


「…仕方ないでしょ」


 幼い頃からの「緊張をほぐすおまじない」。お互いの両手のひらをぴったり合わせて、大丈夫と3回。


「「大丈夫、大丈夫、大丈夫」」


 その間に鼓動が落ち着いて、思ったよりも近かった幼馴染みの顔に何故か笑いが溢れる。

 昔から、これをすると緊張がほぐれて、大丈夫だという気持ちになる。言霊の力は、本当にすごい。


「…うん、落ち着いた」


「それはよかった。それじゃあ、行くか」


 バーナードの言葉とともに、目の前の扉が開け放たれる。途端に目の前が明るくなり、思わず目を瞑る。


「――わ…すごい……」


 光に目が慣れて見えてきたのは、卒業式くらいでしか見たことのない幅の広い花道と、それを囲むたくさんの学園生達。人垣の更にその奥には、真っ白なクロスのかかったテーブルにこれでもかと並べられた大量の料理が見えた。

 見とれていると、正面からはっきりとした学園長の声が聞こえてくる。


「―『新たなる風』、バーナード・レイニア―及び、『芽吹きの呼び声』アイラ・グランティア――此度は、本当におめでとう。さぁ、その花道は君たちのためのものだ。胸を張って、私のもとまでおいで」


 その声に名前を呼ばれて、自然と足が前に出るような気がした。名前の前に読み上げられたそれは、現代が自分たちを指名する時に付けてくれた二つ名。

 隣の幼馴染みと共に、まっすぐ前を向いて足を進める。2人揃って学園長の待つホールの中央にたどり着いた時、盛大な拍手が沸き起こる。


「2人とも、本当におめでとう!」


「おめでとう!」


 周囲からかけられる祝いの言葉が、少しだけくすぐったい。


「――ありがとう、皆」


 バーナードが、お礼に魔法を披露すると言ったから、それに便乗してみる。

 並んで立って、手のひらを上に向ける。


 ほんの短い詠唱のあと、魔法で形作られた動物たちが風と共にホールを駆ける。その美しさに学園生が皆息を呑み、教師さえも感嘆をその顔に浮かべる。

 誇らしさで自然と口角が上がるのを感じ、それに身を任せるように微笑みを浮かべた。


「みんな、本当にありがとう。これからも、七空の名前に恥じないように精一杯がんばります……!」


 その言葉を聞いて、再び大きな拍手が沸く。


 その夜は皆、遅くまで2人を祝い、豪華な食事に舌鼓をうち、踊り、歌い、騒ぎ疲れて眠ってしまうものが現れるまでパーティーは続いた。


 ―♦――♦――♦――♦――♦―


 パーティーが終わり、自分の部屋に帰ってきた時、彼女の心のなかには多幸感と心地よい疲労感が漂っていた。

 着替えもそこそこにベッドに入って、あっという間に寝息を立ててしまう。


 ――その夜、アイラは少しだけ不思議な夢を見た。

 まるで、誰かが自分に語りかけているような―――そんな夢を。

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