5.体育館、そこは密室?
今、私達の周囲は、授業のために集まった多くの生徒達で騒然としていた。
ここは体育館の中だ。何とか逃げ込んだ私達は素早く施錠し、謎の老人の侵入を阻止することに成功した。ただ、彼はまだ諦めていないようで、何とか突破しようと扉を攻撃し続けている。
「一体どういうことなんだよ? 訳分かんねーし!」
とある男子が、明らかに取り乱した様子で言う。
謎の老人の叫び声が、ドン、ドンという音と共に外から聞こえてくる。何を言っているのかは分からないけれど、この場にいる生徒達を恐怖に
端的に言えば、私達は体育館に閉じ込められてしまった。出入り口自体は反対側にもう一つあるけれど、こんな時に限って錠が壊れていて扉が開かない。
分かりやすいまでに、今の私達は「危機」の真っただ中にいた。漫画や小説の中で起こりそうな事態が、現実になってしまったんだ。
「み、皆さん、落ち着いてください!」
生徒達に向かって声をかけるのは、女子の体育を担当する
「こ、これはどういうことなんでしょうか? 一ノ瀬さん? 永浜君?」
明らかに動揺している
「私も、よく分かりません。急に、私達を襲おうとしてきて。とにかく、警察を……」
私はできるだけ冷静を装いつつ、先生に指示を出す。体育の授業中はスマホを持ち込めないので、現時点では先生しか連絡手段を持っていないのだ。
「あっ、そ、そうですね。通報……します!」
先生はその言葉を受け、自身のバッグが置いてある体育館の隅の方へと向かっていった。
「永浜君、あれって……」
「あれのせい、だな」
今もこの体育館の中に突入しようとしている「謎の老人」はなぜあれほどまでに強大な力を持っているのか、二人の間で見解は一致していた。
それは、額の数字の影響により、身体能力が大幅に上がってしまったから。
そうだと思わないと説明のつかない状況だった。もし彼が見た目通りのどこにでもいそうな高齢者だったら、こんな事態に陥ってなどいない。
「数字は、何だった?」
「……見えなかった」
私達は、「謎の老人」の額に浮かんでいるであろう数字を確認できないまま体育館に逃げ込んでしまった。下手したら、「10000」を超えているかもしれない。そう思うと、「9916」という比較的大きな数字を持つ涼太君でも太刀打ちできないだろう。
「……俺、あの
涼太君が、ゆっくりとした口調で一つの情報を繰り出してきた。
「えっ? 知り合いなの?」
「いや、そういうのじゃない。ただ同じマンションに住んでるってだけ。吉上さんっていうんだけど、この前、近所の喫茶店に行ったらさ、あの爺さんがいて、一緒にいた……奥さんか? に対して、変なこと言ってたんだよ」
「変なこと?」
話の方向性が
「『あいつは10だ』とか、『あいつは100だ』とか……そんな感じで、人を数字に例えていたんだよ。で、その中で『俺達は何とかだ。だからこの近所では最強だ』とか言っていたような」
「それって……」
「いや、俺の予想なんだけど、もしかして、この額の数字はそれと関係してんじゃないか、って」
涼太君は自身の前髪をかき上げて「9916」を露出させながら言う。
つまり、この私達の体に刻まれた数字は、その「吉上さん」の意思によって浮かび上がったものだということ?
発想が飛躍している……いや、そんなことは言っていられない。そもそも、この状況自体が現実からあまりにも飛躍している。
「ちょっと待って。『俺達は何とかだ』って、『何とか』は分からないの?」
私は期待を込めて問いかける。もしかしたら、その「何とか」が吉上さんに浮かんでいる数字なのかもしれない。「9916」より小さかったら、涼太君でも対抗し得る。
「いや、ごめん。全然覚えてない。こんなことになると思ってなかったし」
涼太君の言葉を耳に入れつつ、私の頭は回転し続けていた。確証は無いけれど、これまでに得てきた情報を上手くかき集めれば、様々なことが一本の線で
今の私は多分勇者にはなれない。それならば、名探偵になるしかない。
そこで、私は少し前に涼太君が言っていたことを思い出した。
『人を数字に例えていたんだよ』
「……もしかして。いや、いくら何でも……」
私の頭の中に、「人」と「数字」を繋ぐある法則が浮かび上がった。
他者から見たら「何だそれ?」と思われかねないような一つの答え。私はほぼ無意識のうちに、それを取り下げようとしてしまう。
「何か、分かったのか?」
涼太君が、ある種の期待を含んだ眼差しを携えてこちらに呼びかける。
私は、出入り口となる鉄製の扉を目にやった。強大な力を持つ吉上さんの攻撃を今もなお受け続けており、頑丈なはずのそれはひしゃげ始めている。このままだと、体育館に彼が突入してくるのも時間の問題だ。
「け、警察、呼びました!」
そこで、スマホを持った服部先生が、相変わらず取り乱した様子でこちらに向かってくる。
とにかく、今はこの「推理」に賭けるしかない。私は意を決して言う。
「先生、スマホを貸してください」
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