第27話

「どうしてこんな事になっちまったんだ……」


 ソファに腰掛けながら俺は頭を抱えた。

 諸々の事情によりフラヴィア宅で泊まる事となったのだが、あろうことか案内されたのは彼女の寝室だった。


『いいじゃねぇか。あれでも騎士団の華と呼ばれる美貌の持ち主だぞ? 普通、男なら喜ぶところだろ』

「そういう輩と俺は違うんだよ」


 マモンに返事しながら俺は部屋の中を見回した。

 白と水色を基調とした清純かつ可愛らしい内装で、まさに乙女の寝室といった具合だ。


 うーん無理。こんなところで寝れるわけがない。

 恋愛経験はおろか女友達すらできたことのない俺には、この部屋はあまりに刺激が強すぎた。


 そもそも、なんで客室じゃなくて自分の寝室に案内してんだよ。

 まさか一緒に寝るつもりなのか? 死ぬぞ、俺。


(だが、これもクエストのため……。なんとか乗り切らねぇと……)


 この童貞殺しイベントを受け入れた理由は、彼女が俺に宿泊を勧めると同時にサブクエストが更新されたからだ。

 最初に受注していた<フラヴィアの趣味①>は、以下のクエストに変化していた。


<フラヴィアの願い①>

 受注条件:フラヴィアとの親密度が一定以上

 達成条件:彼女と共に一夜を過ごして満足させる

 報酬:関連サブクエスト終了時に獲得できる騎乗アイテムのグレードが上昇

 説明:フラヴィアは貴方の事を強く想っている。彼女をがっかりさせないように気をつけよう(死亡ペナルティ:所持金の半分が喪失)


 達成条件が抽象的過ぎるだろ。満足させるって何だよ。

 それと括弧書きで死亡ペナルティについて書くな。不穏すぎだろ。


「そ、そうだ! ウルちんのアーカイブ配信を見て気持ちを落ち着かせよう……!」


 我ながら何たる名案だろうか。

 さっそく俺はゲーム内のブラウザ機能を呼び出して動画サイトにアクセスした。


「ふぁぁぁ……可愛すぎ……」


 アーカイブ配信を開いた途端、天使が舞い降りた。

 言っとくが、これは比喩表現じゃないからな。ウルちんはマジで天使なんだよ。

 やべ、尊すぎて涙が出てきた。


「……何を見ているんだ?」

「何ってウルちんの配信に決まってるだろ? 見てみろ、この場面。トークテーマ出す時にちょっと噛んじゃったけど平静を装って何事も無かったかのように話進めてるところとか可愛すぎんだろ……後々リスナーにツッコミ入れられて焦り始めてるのがモデルの動きに滲み出てる部分とかマジで癒やされるぜ……」

「ふむ、世の男性は女性のこういう仕草に惹かれるのか……」

「当然だろ。ウルちんは世界一可愛いんだ。今はまだそれに気づいていない奴らが多いだけで──あ?」


 語っている途中で違和感に気づいた俺は隣に目を向けた。

 そこにはベビードールに身を包んだフラヴィアの姿があった。


「あっ、えっと、その、これは……」


 あ、これはヤバいかもしれない。

 言い訳が頭に浮かばず口をパクパクさせていると、


「なんだ、私が嫉妬するとでも思ったのか? ……英雄色を好むと言うからな。それくらい覚悟の上だ」


 何かを察したのか、フラヴィアは少し拗ねたような口調で言った。


「だ、だがな──」


 それから彼女はグイと自分の身体を俺の方に寄せると、頬を朱に染めながら呟いた。


「きょ、今日くらいは私を見てほしいぞ? ゆゆ、ゆ、勇気を出して誘ったのだ。ここまで来て私の気持ちに気付いていないとは、い、言わせないからな」


 一緒に戦った時からは想像もできないほどに、しおらしい態度を見せるフラヴィア。

 恥ずかしさと緊張のためか、彼女はクルクルと指で毛先を巻き始めた。


『フラヴィアに対するハラスメント制限が解除されました』


 攻略サイトでも見たことのないようなログが俺の脳内に流れた。

 いやいや解除しないでくれ。なんてエロゲーだよ、これ。


「そ、そろそろベッドに行こうか……」


 脳内でツッコミを入れていると、フラヴィアがそっと耳元で囁いた。



 ◇



 ムーディーな雰囲気に呑まれた俺は誘われるがままベッドに横たわった。

 そして当然の如く、隣には肌着姿のフラヴィアの姿も。

 

 香水の甘い香りが、俺の理性を奪わんと鼻孔をくすぐった。

 

(うっ、どうやってやり過ごせばいいんだ⁉)


 俺は天井を凝視して理性を保ちつつ、何とか回避策を考えた。

 無論、俺も男だ。フラヴィアに魅力を感じないと言えば、それは嘘になる。


 だが、俺には赤檮ウルという名の唯一無二の存在がいるのだ。

 俺は生涯、彼女を推すと心に決めた。

 それは彼女を一生涯守り続けるというある種の誓いにも等しい。

 

 童貞も守れない男が、いったい何を守るって言うんだ。

 

「フラヴィア、よく聞いてくれ」


 少し悩んでから俺はいつになく真剣な顔で、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「俺はな、色恋沙汰に興味はねぇんだ。だから過度な期待はしないでくれ」

「ケイ……」


 結局のところ俺は素直にその気がないことを告げる事にした。

 とりあえず断り文句に困った時にはこうするに限るのだ。

 万が一これでフラヴィアがヤンデレ化してデスペナを喰らうようなら、それはそれで諦めようじゃないか。


「あぁ、わかっているとも……」


 なぜか申し訳無さそうな顔をするフラヴィア。

 何がわかったのかはさっぱり不明だが、勝手に良い方向に理解してくれたみたいだ。


 と、思ったら不意に俺の指が彼女の柔らかい手に絡め取られた。


「フラヴィア……⁉」

「す、すまない、これは私の我儘だ。これくらいは許してくれ」


 顔を赤くしながらそう言われて、俺は黙るしかなかった。

 ま、俺の意志は理解してくれたみたいだし、手くらいならいっか。



「……もう寝たのか」


 しばらくすると、フラヴィアはすぅすぅと寝息を立て始めた。

 寝付きがいいのは、普段から身体を動かしているからだろうか。


「はぁ……とりあえず俺も仮眠するか」


 心労をため息と共に吐き出しながら、俺はシステムをVR仮眠モードに切り替えた。

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