第16話
「嘘だろッ⁉」
雷球から放射状に放たれた雷撃が、周囲の壁や岩壁を次々と砕いていく。
「ぐっ⁉
何とか避けようと前後左右に動き回るが、流石に数が多い。
雷閃のいくつかが俺の身体を掠め、決して低くないダメージを負った。
「これは、厳しいな……」
ステータスで勝るはずのフラヴィアでさえ、全て避け切ることは叶わなかったようだ。
その鎧はところどころ焼け焦げ、苦痛に顔を歪めていた。
(なんか俺よりダメージ負ってねぇか……?)
辛そうな彼女の表情を見て、ふと疑問が浮かんだ。
念の為に【鑑定眼】を発動してみたが、受けたダメージは俺より少なかった。
『はぁ、当然だろ? あの女にとってこの世界は現実そのものなんだからよ」
「現実……そういうことか」
マモンに言われて、俺はハッとした。言われてみれば確かにその通りだった。
プレイヤーである俺の痛覚は健康に支障がない程度に調整されている。
痛いっちゃ痛いが我慢できないほどではない。
だからこそライフが尽きる寸前まで戦うことができるのだ。
だがNPCである彼女はそうもいかない。
負傷すれば相応の痛みが続くだろうし、動きだって鈍くなる。
死に至らずとも傷の状態によっては戦闘不能に陥ることだってあるのだ。
理由がわかれば、ここは一旦下がって体勢を立て直したいところだが──
『──グオォォォォッッ‼』
当然ながら
咆哮を響かせながら、その長い尻尾を振り抜いてきた。
「ぐあッ⁉」「くッ……‼」
鞭の如き一撃は、噛みつき攻撃よりも速い。
先ほどの雷撃ダメージで体勢が崩れていた俺たちにそれを避ける余裕はなかった。
「のわあああッ⁉」「かはッ……⁉」
剣で受けて直撃を防ぐのが精一杯だった。
それでも衝撃は凄まじく、俺は地面を数十メートル転がった。
電気虫に刺されたような痛みが全身へフィードバックされる。
「痛ッてぇ……」
めちゃくちゃ痛い。かといって悶絶している場合ではなかった。
俺はすぐさま起き上がり、フラヴィアの元へ駆け寄った。
「おい、大丈夫か……⁉」
彼女は岩壁の傍で剣を突き立て、片膝をついてうずくまっていた。
どうやら俺よりもふっ飛ばされて、そのまま岩盤に背中を打ちつけられたようだ。
先の雷撃のダメージが響いて受け損ねてしまったのだろう。
「し、心配するな。これでも私は騎士団の次席……うぐっ……」
「こんな時にまで強がるなよ……ほら、これ使え」
俺はインベントリから出した中級ポーションをフラヴィアに投げ渡した。
こんな時でもすぐにアイテムを取り出せるのはプレイヤーの特権だ。
NPCと違って手荷物を持つ必要がないからな。
「すまない……」
「気にすんな。それより俺が
ここでフラヴィアを失うわけにはいかない。
相手は俺より格上の魔獣なんだ。優秀なダメージソースを簡単に捨てられるか。
それに【鑑定眼】を持つ俺は知っている。
この凶悪難易度のクエストをクリアする鍵は──彼女だと言うことを。
「ケイ……君は……」
「悪いが話は後だ」
フラヴィアが何かを言いかけたが、長々と聞いてやる余裕はない。
このまま傍にいては彼女を巻き込んでしまうからな。
「おらッ、そこのワニ野郎! この俺が相手だ‼ ──【
フラヴィアにターゲットがいかないよう、俺は円を描くように駆け出した。
そして遠距離からいくつも斬撃を飛ばし、ヤツの
そのダメージは微々たるものだが、ヤツを苛立たせるには十分だった。
『おい、また
「ちっ……もう
どうやら甲殻の棘は電極のような役割っぽい。
棘の先端から枝状に雷撃が広がっていく光景はテスラコイルを彷彿とさせた。
放出された雷撃は空中で一箇所に集まっていき、やがて蒼白い雷球を形成した。
──刹那、そこからいくつもの
「けどよ、この俺に同じ攻撃が二度も通用するかってのッ!」
飛来する雷撃に怯むこと無く、俺は
『おい⁉ 何してやがるっ⁉ 直撃したら即死だぞッ⁉』
「カチャカチャうるせぇな! いいから黙って見てろ!」
放たれる雷撃の嵐を、俺は華麗なステップで避けていった。
『お前どうやって……?』
「どうって、MMORPGだぜ? この手の範囲攻撃を
『そりゃそうだけどよ! それでも一度見ただけで覚えれるようなもんじゃねぇぞ⁉』
「あのなぁ。俺はこれまでウルちんが発した言葉を全部覚えてんだぞ? 何千、何万という言葉を全部な。たかが数百の雷撃くらい、一度見りゃ十分記憶できんだろーが」
『……は? キモ……』
俺が説明してやると、なぜか暴言を吐かれた。
こっちが真面目に答えてやってんのに失礼なヤツだな。
まあいいや。今はヤツを倒すことの方が優先だからな。
俺は雷撃の嵐を抜け、
すぐに反撃することはできまい。
どうやら範囲攻撃のモーション中には、別の行動ができないようだからな。
「【
跳躍した俺が狙うのは、ヤツの左目だった。
黒を纏った刀身を、その大きな目玉に突き刺した。
『オォォオオオオオッッ⁉』
苦痛の叫びをあげる
俺は素早く剣を引き抜くと、そのまま顔の上を駆けて右目へと向かう。
『グオオォォッッ‼』
なんとか俺を振り払おうと
俺は残った右目にマモンを突き立てた。
「──さて、俺の仕事は終わった。後は頼むぜ、フラヴィア」
「ふはは! 任せろ!」
俺は刀を引き抜きながら、フラヴィアに向けて合図を送った。
いつの間にか接近していた彼女は自信に満ち溢れた笑顔を見せた。
火力が不足している俺が受け持つ役割は、フラヴィアを活かすためのお膳立てだ。
彼女が持つ必殺のスキル。その
「悪竜よ、我が正義の剣の前に、その首を差し出せ──【
彼女が振るうのは、閃光を纏う極長の剣だった。
光の剣はその長さ故に天井をガリガリと削りながらも、
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