第9話

「それじゃ俺はクエスト報告して落ちるから。お前も気をつけて帰れよ。じゃあな」

「あ、あの! ちょっと待ってください……!」


 街に戻ろうとしたところで呼び止められた。

 なんだと思って振り返ると、アオイが俺の顔をジッと見つめていた。


「まだ何かあるのか? あんまり時間が無いんだが……」


 何か言いたそうだったので俺の方から訊ねてやる。

 するとアオイは申し訳なさそうにしながら答えた。


「ま、街までご一緒していいですか?」


 どうやら一人で帰還するのが不安らしい。うーん、どうすっか。


『いいじゃねぇか。無償の善意ってのも利益に繋がるもんだぜ。俺様の見立てではこの女はいつかお前に利益をもたらす』

(なんでそう言い切れんだよ?)

『あん? この俺様が言うんだから間違いないだろ!』


 マモンよ、全く根拠になってないぞ、それ。

 ま、それはさておき、彼女が不安になる気持ちも理解できる。

 ついさっきPKプレイヤーキラーに遭遇したばかりだもんな。


「ま、別に構わねぇけど……」


 少し悩んだが、俺は了承することにした。

 ぶっちゃけ可愛い女の子に恩を売るのはやぶさかではない。


「あ、ありがとうございます……! あの、私アオイって言います。えっと……」

「ケイだ。言っとくが寄り道は無しだからな。俺はこれから──」

「ウ、ウルちゃんの配信を見るんですよねっ! わかってます……今日はホラゲー枠ですから、きっとケイさんの応援を待ってると思いますよ」

 

 おい、何だよ。ウルちんの事を知ってんじゃねぇか……!

 それに今日の配信内容まで……もしかしてウルちんのファンなのか?


 しかもアオイはファンの心情をちゃんと理解してくれているようだ。

 アオイの言う通り、今日のウルちんの配信は彼女の苦手なホラゲー配信。

 つまりは俺たちの応援が必要なんだ。ウルちんが恐怖に負けないように全力でな。

 それがわかってるなら、きっと良いやつに違いない。


「アオイ……お前、良いやつだな!」

「ええっ⁉ そ、そうですか……?」


 何のこと?とでも言いたそうな顔をしているが、俺はちゃんとわかってるぞ。

 全く、謙虚なヤツだぜ。



 それから俺はアオイと雑談しながらアルレの街へ戻ってきた。

 マモンと違って俺の事を全肯定してくれる彼女との会話は楽しく、行き道よりも時間が経つのが早く感じた。


「──今日はありがとうございました。また今度お礼しますねっ」


 門を抜けて街に入ったところで、アオイはペコリと頭を下げた。


「あぁ、いいっていいって。俺もクエストの報告があったしな」

「で、でも、ちゃんとお礼がしたいです!」


 そんな大したことをしたつもりもないので本当にお礼は不要なのだが、彼女の性格がそれを許さないらしい。やっぱり良いヤツじゃないか。


「……じゃあフレンド登録しとくから、気が向いた時にな。それでいいだろ?」


 遠慮し過ぎるのもあれかと思い、俺はそんな風に返しておく。

 これも何かの縁ということで、彼女をフレンドに追加しておくのも悪くはないだろう。

 マモン曰く、この子はいつか俺に利益をもたらしてくれるらしいしな。


「は、はいっ!」


 俺の言葉がよほど嬉しかったのか、アオイはにへっと顔を綻ばせた。

 う、可愛い……。いや、いかんいかん。俺にはウルちんという天使がいるんだ。

 浮気はダメ、絶対。


「どうかしました……?」


 首をブルブルと振って雑念を振り払っていたところ、アオイが不思議な顔をする。


「はっ? な、何でもねぇよ! それじゃ俺は行くからな!」

「はいっ……お気をつけて!」


 我に返った俺は適当に誤魔化した後、逃げるようにその場を後にした。



 ◇

Side:アオイ


「はぁ……びっくりした……」


 ヘッドギアを外した私は思わず呟いた。

 思いがけない出逢いに、未だに心臓がドキドキしてる。


(……多分そうだよね。私のことを〝ウルちん〟って呼ぶの、あの人だけだし)


 頭に浮かぶのは、とあるリスナーさんの名前だ。

 まだ無名だった頃から、ずっと私を応援してくれているその人も〝ケイ〟という名前だった。

 そして今日、私を悪質なPKから助けてくれた男性もと名乗った。

 単なる偶然の一致とは思えない。あのリスナーさんと彼は同一人物だと私は確信していた。


(はぁ……カッコ良かったなぁ)


 ケイさんは芸能人みたいに特別容姿が良いわけではない。

 だけど、それでも何の対価も無しに私を悪漢から助けてくれて、さらには街まで送り届けてくれた。

 そんな彼が、私にはとても格好良く見えた。


(……またソウルブレイド内で逢いたいな)


 ベッドに転がったぬいぐるみを抱きかかえて、私はそんなことを願った。

 きっと彼は、この後に予定している私の配信にも来てくれる。

 だけど、それだと少し物足りない気がしたのだ。

 配信上のコミュニケーションでは、どうしても一方通行になりがちだから。


「……はっ! ダメダメ! 私はみんなの〝赤檮ウル〟なんだから! いちリスナーさんに肩入れするのは良くないのっ」


 ふと我に返った私はぶんぶんと首を振った。

 せっかくそこそこ人気も出てきたのに、私はなんてことを考えてるんだろう。


「うー、配信準備しよ……」


 私はデスクに腰掛けて、いそいそと機材のセッティングを始める。


『ようこそ、雨木あまぎあおいさん』


 モニターに浮かんだアカウント名をクリックして、パソコンを立ち上げた。

 それから慣れた手順でブラウザと配信ソフトを起動する。続いてモーションキャプチャーを装着し、最後はコンデンサーマイクの位置を調節すれば準備万端だ。


 今から私はVライバーの〝赤檮いちいウル〟になるのだ。


「よしっ……」


 今日の配信はホラーゲーム実況。正直に告白すると、怖いのは苦手だ。

 それこそ何か理由をつけて配信を休もうかと思うほどに。

 だけど今日は、なんだか頑張れる気がする。


(ケイさん、頑張るから応援しててね……)


 決して本人には届かない言葉を心中で吐露しながら、私は予め購入しておいたゲームを起動させた。

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