第30話
お互いに生まれて初めてのデート。
今までこんなシチュエーションで手を繋いだことのないアウラは、繋いだ手の熱にずっと浮かれていた。
婚約者であるソウスケは、歩幅を意識してずっと彼女のペースに合わせている。
他の狩人とすれ違う度に盾になるように立ち回っているし、とても初めてとは思えないくらい紳士的だった。
その事を指摘して見たら、彼は苦笑して「頭の中で女の子とのデートを何度もシミュレーションしてたんです」と答えた。
ただ実践するのは初めてなので、上手くできているか自信がないと白状した。
それを聞いた自分は、素直に──すごいと思った。
彼に比べてデートが開始して以降は目の前のことで一杯一杯で、とてもじゃないが周りに神経を配る事なんてできない状態が続いている。
何度も自分の好きを店内で語り過ぎて、周りにいた他のミーハーな客達をドン引きさせたことか。
だがそれでもソウスケは、嫌な顔一つ見せずに熱心に聞いてくれていた。
フィギュアの店では、肌色が多くてお互いに終始真っ赤になっていたけど。
見たかった女主人公の立体には、思わず溜息が出るほどに見惚れてしまった。
自分もあんな風に胸が大きくて、完璧な美貌があったら良いのに。
そんな願望を思わず口にしたら、隣にいたソウスケは恥ずかしそうに顔を赤く染めて、
「理想を追い求める聖女様の向上心好きですよ。……でも世界で一番綺麗な聖女様が更に魅力的になったら、俺は今以上にドキドキしてしまうと思います」
否定することなく、尚且つ今の自分を認めてくれた。
優しくて真面目で努力家で趣味に理解を示してくれて、そして何よりも
デートが始まってから、好きという気持ちが大きくなって仕方がない。
お互いの好きを否定することなく、理解を示し互いに相手の世界に歩み寄る。
アウラはSFロボット模型の造形美、バトル系の熱い戦いと日常で繰り広げられる青春物語などに触れて恋愛ジャンル以外の知見を深めた。
実際に簡単な物を購入して、お店で一緒に作った模型は壊れないよう大事にアイテムボックスにしまっている。
作るのも楽しいし、隣で見ているのも楽しくてとても新鮮な経験だった。
今度彼の家で組み立てる約束をしたので、これで気兼ねなくおうちデートできるのも良い。
後ろから手を握り丁寧に一つ一つ教えてくれた時は、心臓が破裂するかと思った。
店内にいた狩人達が仲睦まじい光景に苛立ち、何度も舌打ちをしていたがそんなのは全く気にならなかった。
再現料理もイメージしていた通りの美味しさで、お互いに今度は違うのを頼もうと約束をした。
やりたい事を消化しに来たのに、気が付けば次から次にやりたい事が増えていく。
あっと言う間に楽しかった時間は過ぎ去り、刻限が迫ってきている事が残念でしょうがない。
手にしている紙袋には、念願だった健全なウスイホンが入っている。
最後の店で間違って大人の本のコーナーに踏み込んで、大慌てしてしまったが彼のおかげで何とか無事入手できた。
内容はマニアックな女性製作者が、なんと聖女と〈スキルゼロ〉をテーマに描いた恋愛物語。
これを知ったソウスケは、偶々ピンチに陥った聖女を助けるシナリオを読んで「同じことができるように頑張ります」と真剣な顔で答えた。
「あ……鐘の音が」
「もう十七時ですか、時間が経つのは早いですね」
国の中央にある大きな塔が、十七時になった事を告げる鐘の音を鳴らす。
きっと今頃〈フェスティバル〉も完了し、狩人達も帰還して夜は国を挙げて宴が始まる事だろう。
屋台の準備が進められている光景を見ながら、アウラは胸中で呟く。
──もっと一緒にいたい、城に帰りたくない。
長年側にいるオリビアが聞いてしまったら、間違いなく困ってしまう強い思いが胸の中を渦巻いている。
物語でよくヒロインが、このような状況に悩まされているのを何度も見ているけど。
こうして実際に体験してみると、彼女達の離れたくない気持ちは痛いほどに理解できた。
持て余している気持ちをどうしたら良いのか分からなくて、白い長髪を指先でいじりながら繋いだ手を見る。
ずっと彼の手の感触に浸っていたいと思っていたら、
「聖女様、失礼します!」
「きゃ!?」
急に空いている手が腰に回り、そのまま抱えるように真横にあった狭い裏路地に二人で入った。
幅が人間一人通れる程度しかない暗い通路の先は行き止まりで、表通りからアウラの姿を完全に隠してしまう。
一体どうしたのか、通路の出入り口に立つソウスケの真剣な表情を見てドキッとした。
脳裏には先程の店でチラッと見てしまった、『路地裏〜』といういかがわしい大人の本のタイトルが横切る。
まさかこんな所で……?
心の準備は出会った時からできているが、野外で尚且つこんな場所は余りにも想定外。
アウラは狭い空間で抱き締めてくる彼に、この場合にどうしたら良いのか分からなくて目を白黒させた。
出会ってまだ一ヶ月も経っていない。文通では半年間の付き合いだけど、まだこのような事をするのは早すぎる。
しかし動揺し過ぎて、下手に手を出すと力の加減ができなくて怪我をさせてしまいそうだった。
考えたアウラは目をギュッと閉じて、自分と彼を守る為に己の身体を抱き締めて縮こまる。
「………」
どれだけ待っていても、ソウスケは全く微動だにしない。
一体どういうことなのかと疑問に思ったら、彼の背後から『SEIJYO! SEIJYO!』と男女の掛け声が聞こえた。
息の合った掛け声を出す人達は、大人数らしく大きな足音を立てながら右から左に通り過ぎていく。
しばらくすると緊張していた様子の彼は、心の底から安堵するように溜息を吐いた。
「ふぅ……もう行ったみたいですね。すみません〈聖女守護隊〉の方々が見えたので、少し手荒に隠れてしまいました」
「あ、ああ、そういう事だったんですね……」
過激なファンの人達がいる事を知っているアウラは、ほっと一安心している少年の姿に納得する。
ローブで正体を隠しているとはいえ、万が一正体が露見してしまったら大騒ぎになる。
そうなったら、せっかくの楽しいデートが台無しになっていただろう。
納得するのと同時に、変なことを考えてしまった事を反省する。
彼は今まで一度も変な事はしてこなかった。
むしろ此方から膝枕とか提案すると、いつも顔を真っ赤にして可愛い反応をしていた。
誠実で真面目で、少しだけ押してみると可愛い反応をする。そんな婚約者に変な妄想をしてしまったのは自分だ。
大人のドウジンシを見てしまって妄想を膨らませた事に、大いに反省したアウラは頭を冷やす為に壁に頭突きをする。
一方で守護隊の姿が見えなくなったのを確認したソウスケは、一足先に路地裏から出て荒ぶる聖女の姿に首を傾げていた。
「せ、聖女様。どうかしましたか?」
「なんでもありません、何でもないのですっ」
「でも顔が真っ赤ですよ。もしかしてどこか体調が悪いんじゃ……」
「違うのです、これはその……」
大人な展開を妄想していたなんて、口が裂けても言えるわけがなかった。
何か上手い誤魔化し方はないのか、アウラは今までの人生で一番頭をフル回転させる。
だがいくつもの理由を考えても、これだと言えるような理由は思いつかない。
テンパっている彼女は捻り出した案を、全ていまいちだと断じて却下していく。
そんな切羽詰まった状況下で、心配した彼が歩み寄って来るのだから頭のオーバーヒートは臨界点を迎える。
今までこんな状況に陥った事なんか、一度もなかったのに。
トラブルが起きても、冷静沈着に対応して来たのに。
目の前にいる愛しい人を直視する事も出来なくなり、我慢の限界に達して彼の胸に飛び込んだ。
「聖女様!?」
想定外の行動に困惑しながらも、抱きついてきたアウラをソウスケはとっさに受け止める。
危うく後ろに倒れそうになりながらも、この数日間で強化したステータスで彼は何とか耐えた。
周囲からは熱いカップルが、路地裏でイチャイチャしているようにしか見えない光景。大きな舌打ちが二人におくられる。
流石にこんな場所にアウラがいるとは思っていないのか、誰もソウスケの言葉に反応する者はいなかった。
独り身の狩人達からの妬ましい視線が集中し、前方からは聖女の熱い
極寒と灼熱の狭間に立つソウスケは、この状況をどうしたものかと大いに頭を悩ませた。
体調がすぐれないのならば、どこかで一時休ませるべきだろう。
現状で実は一番ヤバい選択肢を、純粋に心配する気持ちで選ぼうと近場のホテルを見たら。
二人の感知能力は、周囲に尋常ではない数の敵反応をとらえた。
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