第27話

 エステルの為にも、力を制御できるように第二エリアで特訓を始めて数日が経過した。

 だが強大な力の流入は、まるで蛇口を全開にしたような感覚で一向に出力を押さえる事が出来ない。

 俺の〈英雄願望〉をトリガーとして発動する、この強大な力。

 大抵のパターンとして、こういうものは思いの丈で強弱が決まるのだが。


 朝からやっているというのに、まったく進展がなかった。

 防御に使用する黒いジャケットみたいなものは、勝手に生成されるので何の問題も無い。

 しかし剣に集める負の魔力は、いくら念じても集まる力の量が止まらず『媒体』に甚大なダメージを与えてしまう。


「うーん、困ったなぁ……」


 手に握る、鉄製のシンプルなデザインの剣を見下ろす。

 それはエステルの店で買った剣ではなく、他の店で新人鍛冶職人が試験で作ったワゴンセール品。

 安価な素材を使用している為に、武器のクオリティは彼の剣に比べると数段劣る。


 ゆえに先ほどのたった一秒間だけの発動で、剣身には既に大量の亀裂が入っていた。

 それを好機と判断してか、〈アッシュウルフ〉遠吠えで仲間を集め迫って来る。

 合計で十体の敵を見据えた俺は、再度力を発動して剣を横に振り払った。


 本来こんな安物で壊れかけている武器なんて〈アッシュウルフ〉の皮膚すら傷付けられない。

 だが漆黒を纏った剣は、目の前まで迫っていた狼達を全てまとめて真っ二つにする。

 目の前でモンスターの身体が崩壊し、全て光の粒子になると倒した自分に吸収されて経験値となった。

 続いて手にしている剣から、バキンと嫌な音が鳴り響く。


 今回も一秒間だけの瞬間的な発動をしたのだが、見ればワゴンセール剣は木っ端みじんになっていた。

 一回目は耐えても二回目では安物の剣は必ず壊れてしまう、この数時間の訓練で得たのはそんな貴重な経験だった。

 折れてしまった剣を見た俺は、胸中で小さな溜息を吐いた。


 ……これでもう何十本目なんだろう。そろそろソードデストロイヤーの二つ名を与えられてもおかしくはない。

 簡易的に作った大きな穴に、集めた破片と柄を丁寧に埋葬する。

 沢山の剣の墓の前で手を合わせた後、俺は少し離れた場所に設営されている休憩所に足を運ぶことにした。


「あの安物で一回ということは、エステルの剣なら三回までは耐えられるかな?」


 少し離れた所には草原地帯に似つかわしくない、まるで前世の世界にあったグランピングのような施設がある。

 半透明の大きなテントの内装は、まるで王族の一室をそのまま持ってきたような作りをしている。

 聖女様はその中で豪奢なソファーに腰掛けて、花瓶の中にある種に光を照射し花を育てていた。


 どうやらアレはスキルの特訓の一つらしく、花の成長度合いで常に適正の出力を継続して当てなければいけないとの事。

 力の瞬発的な切り替えと、それを常に継続しなければいけない事から相当難易度が高い事をしている。

 すごい人だと感心しながら、俺はテントを改めて見た。


 この施設は外部からは見えないように隠蔽効果が施されており、俺が手渡された王特製の魔石はその効果を打ち消すらしい。

 少し気後れしながらも中に入ると、適度な温度に保たれている室内にホッと一息を吐く。


 戻ってきた気配を敏感に感じ取った聖女様は、花を育てる作業を止めるなり「お待ちしてました!」と言って手招きをしていた。

 隣りでは依然としてオリビアが殺気を放っているが、多少は慣れてきた俺は緊張しながらもスルーして歩み寄り彼女の隣に腰掛ける。


「聖女様、すみません〈浄化〉をお願いします」

「はい、こちらにどうぞ!」


 目を輝かせて待ってましたと言わんばかりに、彼女は自身の丈が短いスカートから露出した色白の太腿を軽く叩く。

 恥ずかしがることなく熱烈なアピールをする聖女様に、俺は思わず苦笑いしてしまった。


「えっと、膝枕まではしなくても良いと思うんですが……」


「いえいえ、何度も力を使用して心身も疲弊しています。ですのでわたくしの膝でしっかりと休んでください」


「隣のメイド様が、物凄い顔をしているんですが……」


「大丈夫です、婚約者なので問題ありません!」


「あ、はい」


 有無を言わせない圧にあっさり負けて、腕を引っ張られた俺は半ば強引に寝転がされる。

 後頭部に柔らかい膝の感触を知覚しながら、こちらを見下ろす聖女様の笑顔にドキッとさせられた。


 か、可愛い。この角度で聖女様を見るのは、本当に心臓に悪い……。

 正に自分だけしか見ることのない究極の絶景に、危うく心臓が二度目の停止を迎えるかと思った。

 しかも彼女も羞恥心で、頬を赤くしているのがポイント高い。


 ……聖女様の膝枕とか、贅沢にも程があるだろ。


 本当に最近はアスファエルといい、何かと膝枕を美少女にされる機会が増えた気がする。

 前世ではこんな事一度もされた事がなかったので、嬉しさと恥ずかしさと色々な感情に胸の内側が一杯になる。


 目を開けていると、聖女様と視線があって凄く落ち着かないのでまぶたを閉じる事に。

 真っ暗な世界で考えるのは、この力を一体どうしたら上手く使いこなせるようになるのか。

 一向に糸口が見つからず、ただ買ってきた剣のストックを減らし続ける現状に少々焦りが生じる。


 あの下級狩人達には、偉そうなことを上から目線で思っていたのに。

 自分も結局は、力の使い方が対して変わらない──ド三流ではないか。

 でも彼等はスキルに対する思考を止め、レベル上げという最も分かりやすい方向に逃げた。


 だから難しいからと言って、絶対に考える事を止めてはいけない。

 考えるのを止めたら、その時点で上を目指すことはできなくなるのだから。

 今までもそうしてきたように、ひたすらどうしたらスキルを制御できるのか考え続けていると。


 聖女様の指が、頬に優しく触れてくる。

 華奢な指先から伝わってくるのは、温かい浄化の力。

 身体に浸透するように広がる力はいつもの様に外側から徐々に消すのではなく、負担を掛けないようにある程度区切ってから負の魔力を消していく。


「今回は蓄積量が少々多いので、少し時間が掛かりそうです」


「す、すみません。自分の為に手間を掛けさせてしまって……」


「お気になさらないでください、わたくしはソウスケ様とこうして一緒にいる時間を長く取れて幸せなのですから」


「聖女様……」


 心優しい彼女の言葉に、申し訳ない気持と同時に胸の内側が熱くなる。

 この時間を無駄にしない為にも、俺は彼女の浄化する技術に改めて意識を向け。


 ──もしかしたら、これならいけるんじゃないかと思った。


 今の自分は例えるならば、無条件で無制限に全周囲から力を集めている状態。

 そこにある一定の制限を設ける事ができれば、剣に過剰な負荷を与える事も無くなる可能性が高い。

 彼女の力の使い方を直に体感しながら、その極められた技術をしっかり見極める。

 数分間ほどの時間を掛けて浄化が終り、だいぶすっきりした俺は起き上がると、


「聖女様、ありがとうございます。おかげで次はできそうな気がします」


「どういたしまして。応援していますよ、ソウスケ様」


「はい、頑張ります!」


 この感覚を忘れない内にエステルの剣を手にテントから飛び出し、周囲にリポップした〈アッシュウルフ〉を見据える。

 今までの力の使い方はトリガーを引いた後に、津波の様に押し寄せてくる力を制御しようとしていた。

 でも既にフルスロットルの力を制御するのは、今までの経験上どうやっても不可能だった。


 ここで発想を変える必要があると、自分は先程の浄化の仕方から思いついた。

 周囲に満ちている力、これの範囲を無制限ではなく区切って集める事が出来ればいけるのではないか?

 頭の中にある、スキルに関する知識を再度思い出す。


 力を使うのに必要なのはイメージ、──想像力こそが力を御すのに最も必要な要素である。

 目を閉じ自分を中心に、周囲一メートルくらいを箱で外界から遮断する想像を。


 それから力のトリガーを引き、周囲の魔力を黒衣に変換し残った分を刃に集める。

 集まった負の魔力は剣を漆黒に染め、光を拒絶する魔剣へと変化させた。


 高負荷が掛かっている様子はない。

 コレならば、自分が思い描く通りに戦える。


 向かって来る〈アッシュウルフ〉達を見据えた俺は、我流の〈紅蓮王剣術〉を駆使して一体ずつ処理していく。

 二体、四体、そして最後の一体を両断した末に、負の魔力を解除して手にしていた剣を見下ろす。

 今まで力を使用した後は、必ず亀裂が入っていた剣身に今回は傷一つ無かった。


「……やった。やったやった成功したぞ!?」


 数日かけてようやく、大きな第一歩を踏み出す事が出来た。

 湧き上がる歓喜の感情に全身を震わせ、この成功を一番に伝えたくて聖女様の待つテントに向かった。


 この後にお祝いと称し聖女様から頬にキスをされた俺は、訓練相手に名乗り出たオリビアによって過酷な防戦に身を投じる事になるのであった。


 

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