第24話
話を終えると、俺は一度国に戻る事にした。
理由は上級狩人達が通った事でモンスター達は遠くに行ってしまったし、それに何よりSランクのオリビアの殺気で近場にリポップした〈アッシュウルフ〉は怯えて全力で遠くに逃げてしまったから。
これが一部の例外なケース、圧倒的なランク差によって発生するモンスター達のガン逃げ。
流石に圧倒的な強者に挑んで無駄死にするほど、モンスター達も無差別脳筋ではない。
一部の危機本能が働くモンスターは、ああいう風に逃げてしまうのだ。
こうなってしまっては、狩りを継続して行うのは難しい。
想定外の事態が立て続けに起きたけど、一番の目的であった自分の力が第二エリアでも十分に通用するのは分かった。
今後はレベルを上げながら、この調子でどんどんレベル上げをしてランクアップを目指して行こう。
最終目的はSSSランク。そんな事を思いながら〈サンクチュアリ国〉に向けて二人と歩き出した瞬間、
ゾワリと、冷たい殺意が満ちる。
先程の火竜なんか比較にならない、とっさに真横にいた聖女様を反射的に抱きしめ防御の姿勢を取る。
その刹那、遠く離れた位置にいた〈アッシュウルフ〉達が、上空から飛来した黒い何かに
狼達は群れとなってソレに立ち向かうが、どんなに抵抗しても次には食い千切られる。
爪で切り刻まれ、炎で骨まで焼き尽くされる。この外の世界では油断をしたら数秒後には命を落としてしまうと良く聞くが、その対象がモンスターでも、こうして実際に目の当たりにするのは恐ろしい。
アレは以前本で読んだ事がある。確か『共食い』と呼ばれる現象。
他のモンスターを食らうことで、自身の能力を高めるレアモンスターだけが行う自己強化。
現に〈アッシュウルフ〉を食らう事で、黒い何かの存在感は増していく。
狼の群れは、あっという間に全滅した。
弱肉強食の世界を制した怪物は、次なる獲物を求め今度はこちらに真っ直ぐ向かってくる。
とんでもない速度だった。地面を蹴ったかと思ったら一気に目の前まで迫っていた。
身構える俺の前に、武器も持たずに立ちはだかったオリビアが一言だけ、
「ふむ、これは実に
凍り付くほどの殺意を放つと同時に、手から雷のロープを作り出し拘束する。
流石はS ランク狩人、第八エリアまでソロ活動できる強者は第二エリアの格下ごときでは全く動じない。
オリビアの実力の一端に驚きながらも、同時に目の前で拘束された怪物に自分の目は釘付けとなる。
図書館で第三エリアまでのモンスターリストは全て頭の中に入れている。これは運が良いと言うべきなのか。同族の殺戮を行った四足歩行のウルフ型モンスターは、この第二エリアの希少なレア枠。
──双頭の魔獣〈オルトロス〉だった。
Eランクにカテゴライズされている〈第二エリアの死神〉を冠する全長五メートルの魔獣。
下級の武器は一切通じないと言われている真っ黒な鋼のような体毛に全身は覆われ、丸太のように太い四肢と先程同族のモンスターを細切れにした鋭い爪が禍々しく輝いている。
二つの犬の頭はこちらを睨み、口内からチラつくのは下級の鎧を飴細工のように溶かす事が出来る恐ろしい黒炎。
圧倒的格上であるオリビアの拘束を受けてなお、その真紅の瞳はこちらを食い殺さんとする殺意を宿していた。
リポップするなり逃げていた〈アッシュウルフ〉とは、まるで比較にならない不屈の魔獣。しかし魔獣よりも圧倒的強者である聖女様は、そんな殺気は意に介さずに何やら胸に頬を寄せて顔を赤くしていた。
「あ、あの……ソウスケ様……そんなに強く抱きしめられると……」
「……っ!? すみません、つい身体がとっさに動いてしまって!」
魔獣に集中して聖女様の事を忘れていた自分は、その言葉で我に戻り慌てて彼女から離れる。
なにどさくさに紛れて密着してるんだと言わんばかりに、横目で睨んでくるオリビアの殺気に血の気が引いてしまう。
一方でで聖女様はというと「もう少し抱きしめられていたかったです……」と露骨にガッカリしていた。
『GURRRRRRRRRRRRRRッ!』
まるで〈オルトロス〉は、イチャイチャするなと言わんばかりに
けれどもオリビアの雷の拘束が強過ぎて、必死に抜け出そうとするが全くびくともしない様子。
下級狩人の死神と恐れられている魔獣は、まるで子犬のように完全に手球に取られていた。
……何なんだ。これは、どうしたら良いのだ。
ギャグとシリアスが入り混じるカオスな状況に、どこからツッコミを入れたら良いのか分からない。
この中で最弱である俺は、恨めしそうな魔獣の殺意を受け続け変な汗が額から流れ落ちる。
隣にいる聖女様とオリビアは、まるでそよ風のように余裕の表情を全く崩さない。
これがSランク狩人なんだと、改めて狩人としての根本的な格の違いを思い知らされていると、
「さて、本来であれば即抹殺するところなんですけど、私が処理しても大した旨味はありません。……なのでこれは貴方に譲りましょう」
「は? 譲るって……?」
「寝ぼけているなら目覚ましに電撃を浴びせましょうか。私は貴方に、一人でこの駄犬を倒せと言っているんです」
ウソだろと思っていたら彼女は、あっと言う間に聖女様と大きく距離を置き俺と魔獣だけを閉じ込める雷の
格子状に生成された雷の威力は、〈オルトロス〉を拘束しているモノよりも強い力を感じた。
アレに触れてしまったら、その時点で指先が消滅しそうだ。
なるほど、これなら確かに俺と敵は逃げられない……って、マジで言っているのか。
拘束されている〈オルトロス〉は、どうにか雷を振り解いて目の前の獲物を殺せないか四苦八苦している際中。
瞳に宿る殺意の炎は、貴様なら殺せると言わんばかりであった
恐る恐る、俺はオリビアに目線を戻す。
彼女はずっと、ニコニコと満面の笑顔であった。
どう考えても、逃げることは不可能っぽい。
でも自分のステータスは、現在Fランクならばちょうど中間地点。
本来ならばレア枠のEランクモンスターを相手に、戦えるようなレベルではないが。
例の力を使えば、相手が〈オルトロス〉でも勝機はあるか?
大きな深呼吸をした後、覚悟を決めて腰に下げている剣をゆっくり引き抜く。
イメージを強くして刃に漆黒の力を纏わせると、俺は二人に背を向けて魔獣と向き合った。
「……しょうがない。俺とオマエはどうやら、この檻の中で戦わないといけないみたいだな」
怖いメイドに囚われた者同士。何となくそんな言葉を投げかけてみたが、返事は唸られるだけで返って来ることはない。
狩人とモンスターは敵対する存在であり、意思疎通なんてものは絶対にできないのだから当然の反応だ。
戦う準備を終えると同時、オリビアは魔獣〈オルトロス〉を拘束していた雷を解除した。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
自由になった双頭の魔獣は間髪入れず、俺に向かって突進をして右の鋭い爪を振り下ろす。
間合いをコンマ数秒で詰めて来た敵の一撃は、Fランク狩人ならば反応する事もできない恐るべき速度だった。
だがつい先程レベル200に至った俺は、それを辛うじて見切り、手に握った剣を右下段から振り上げ迎撃する。
視界いっぱいに迫る爪に対し、下段から放った漆黒の斬撃。
衝突した漆黒の刃は、いくら強化されていても元はGランク用の武器。本来ならEランクである敵の鋭い爪に接触した時点で、あっさり砕かれるのが普通だ。しかし、その道理を漆黒の力は容易く無視する。
衝突した刃は大爪の強靭値を上回り、まるで豆腐のように両断した。
自身を支える片足を失った〈オルトロス〉は、傷口から大量の血を吹き出す。
魔獣に再生能力はない。あの状態では、もうまともに動くことはできないだろう。
それでもSランクにすら牙を
体内にある魔石から限界を越えんばかりに、放出される強大な魔力に肌がビリビリ震えた。
可視化する程の魔力が全て口に集中すると、急にこの場の温度が急上昇していく。
黒い炎を口内からチラつかせている〈オルトロス〉は双頭の口を大きく開き、
此方に向かって、空気すら焼くほどの〈黒い獄炎〉を吐き出した。
あれは、──受けると不味い。
数ヶ月前に図書館で得た知識から〈カース・オブ・ツインフレイム〉と呼ばれる魔獣の必殺技だと思い出す。
地面を溶かしながら迫る黒い炎は、直撃したら黒い衣服は無事でもそこから全身に広がって死ぬまで焼かれてしまう。
身の危険を感じた俺は迎撃する為に、握る剣に力を込めて更に負の魔力を集める。
紋様が手足に広がる感覚、その負荷を対価に得た力は周囲の空気を震わす必殺の一撃となる。
「おおおおおお───ッ!!」
振り下ろした渾身の斬撃は、周囲の空間を震わす程の大きな衝撃波を発生させる。
目の前まで迫っていた黒炎をあっさり切り裂き、そして正面にいた〈オルトロス〉の右首を真っ二つにした。
──だけど、まだ終わっていない。
残っている左首が大きく口を開き、俺の身体を結界に叩きつけようと全身で突進してくる。
驚異的な魔獣としての意地を見せる姿に、目を見はりながらも高く跳躍して回避。
宙を舞いながら手にした黒剣を振るい、魔獣の残った左の頭を切断する。
結界に衝突した巨体は、なんと急に膨張し破裂すると巨大を爆発を引き起こした。
「自爆!? マジかよ!!」
とっさに防御の姿勢を取るが、爆風から身を守れても衝撃までは防ぐ事が出来ない。
吹っ飛ばされた身体は、綻び一つ生じさせない結界に叩きつけられる。
全身に言葉にできないダメージを受けた俺は、そのまま地面に落ちて動けなくなった。
絶命し純白の光となって散った双頭の魔獣は、倒した相手である自分の身体に吸収されて消える。
……Eランクのレアモンスターは想像以上の強さだった。
でもFランク狩人が束になっても、けして勝てない怪物を相手に十二分に渡り合えた。
手にしている剣はまたしても砕け散ってしまったけど、冷静に考えてこの威力をGランク用の武器が耐えられるわけが無い。
とはいえ何度も武器を使い潰すのは、エステルの事とか金銭的な問題で色々と不味い。
あの怠惰な者達と同じにならないように、自分もこの力の使い方を考えなければ。
雑に使ってしまった相棒に謝罪しながら、その場から立ち上がる。
先程まで〈オルトロス〉がいた場所に、何やらドロップ品らしきものを発見した。
何だろうと思い歩み寄り拾ったそれは、図鑑で見た事があった。
──レアアイテム『紋様が刻まれた漆黒の牙』。
勝敗が決し檻が消えると、勝利を喜んでくれる聖女様が駆け寄ってくる。
オリビアの前で躊躇いなく強く抱きしめられた俺は、彼女の花のような笑顔を見て。
婚約者として、隣に並び立てるように頑張ろうと胸に強く誓った。
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