スキルゼロの欠陥転生~覚醒した最弱狩人、聖女の婚約者として世界最強へと成り上がらん~
神無フム/アスオン3巻発売開始
第1話
──異世界転生。
漫画や小説をたしなむ俺みたいなオタクは、一度くらいは夢を見る異なる世界への生まれ変わり。
思い描くはファンタジー要素にあふれた文化、国、そして冒険心をくすぐられる大自然。
国の外に一歩出たら、身を守らなければ簡単に殺される凶悪なモンスターが
狭っ苦しい社会に縛られず武器を手に、広い世界を旅して美味い物を求めて放浪したい。
スリルとロマンを求めるのならば、ダンジョンを探索して一獲千金の財宝を獲得するのも大いに有り。
だけど何よりも、モンスターや野蛮な人間に襲われる──例えば金髪碧眼の美少女エルフの前に颯爽と駆け付けて、手にした一本の剣か魔法で敵を華麗に撃退したい。
運命的な出会いから始まるのは、異世界では定番となる一つのラヴストーリー。
目指すは男子の夢、ハーレムとか!
でもこんな事を考えられるのは、やはり妄想の中だけである。
理由は異世界に行けないからではなく、そもそも自分──
これが仕事とか同性なら、ある程度はしゃべる事ができる。
だけど例えば飲み会とかカラオケとかのプライベートな付き合いになると、頭が真っ白になって何もしゃべれなくなる。
先輩の女性社員からは「神居君って
最初の頃は飲み会に誘われていたけど、会話が続かない俺は次第にその回数も減っていった。
基本的には、受け身でしか会話ができない。
さりとて話しかけられても、相手にウケるような面白い会話ができるわけでもない。
だから間違いなく、誘っても楽しくない人だと思われたのだ。
自業自得、としか言いようがない。
それを避けるための努力を一年間頑張っても、全てが空回って何一つ成果は出せなかった。
好きな漫画とかの会話ができる者も会社内にはいなかったので、なおさら自分は浮いていた。
趣味に関しては仕方がないけど、せめて普通に世間話ができる程度にはなりたい。
でもどれだけ知識を得たとしても、頭が真っ白になって会話が長続きしない自分に、それを活用できる場面はやってこなかった。
疲れてしまった。周りも無理して自分に絡んで来ないので、いつからか仕事だけに没頭するようになっていた。
相手は悪くない。どうしようもない程に、俺という人間は人付き合いが下手くそなんだ。
そんな事を考えていると、急に胸の内側から何かが込み上げてくる感覚に襲われ、
盛大に間近にある地面に向かって吐き出した。
目の前に広がったのは──〝黒色に近い真っ赤な血だった〟。
「しっかりしろ! 大丈夫か!?」
……うるさいな。そんなに大声を出さなくても聞こえてるよ。
知らない男性の声が、耳の側で自分に向かって大音声で呼び掛けてくる。
大丈夫じゃないと答えようとするが、鉄と生臭い口は
それどころか、手足すら動かすことができない。
辛うじて動かす事の出来る目で、今の自分がどうなっているのか確認してみると、
胸に包丁が突き刺さっていた。
一体自分に、何があったんだ。
現状を上手く呑み込めない。
取りあえず、こうなった原因を思い返してみた。
朝の清々しい空気に、今日も帰宅は翌日の五時位かなと思いながら歩いていて。
ああ、そうだ思い出した。
横断歩道の信号が青色で渡っている最中、目の前を小学生の少女が歩いていたら。
彼女に向かって包丁を持った黒装束の男が、「英雄に祝福を!」と意味不明な言葉を叫びながら走ってきたのだ。
相手の目は完全に血走っていて、どう見ても正常な精神では無かった。
そこからは恐怖で、世界がスローモーションのように遅くなり。
──助けないと、という自分の中にある大きな正義感に突き動かされた。
損得とかそんなものは、この時は一つも頭の中に無かった。
ほとんど
鋭い痛みと共に一瞬だけ意識を失って、気が付いたらこうして地面に寝転がっていた。
即死しなかったのは奇跡か、はたまた運が悪いと言うべきなのか。
周りからは、沢山の人達の悲鳴が聞こえてくる。
見える範囲内で、を突き刺した狂った犯人は警官達に取り押さえられていた。
少し離れた場所では自分が守った女の子が呆然とした様子で此方を見下ろし、大人達によって無事かどうか確認されている。
目立った外傷はない事にホッと一安心した。
意識は段々と、暗い闇の中に落ちていく。
死に対する恐怖心は、不思議と全くなかった。
最後に未来のある、一人の少女を救って死ねるのだ。
心残りは可愛い女の子と一度でも恋愛をしてみたかったとか。
両親や兄弟達よりも先に逝ってしまう事に対する、申し訳ない気持ちくらいだった。
はは、刺されて死ぬからかな?
真っ暗な世界に、
それはまるで職人が、長い年月をかけて完成させた芸術品みたいだった。
全体的に装飾が施されており、純白に輝く剣身は半ばまで埋まっているが恐ろしいほどに鋭く歪みが無い。
物語に出てくる英雄が手にする、〈聖剣〉という言葉がピッタリだ。
でもこのタイミングで、なんでこんなモノが見えるのか。
英雄になりたいと思っていた、自身の願望が最後に生み出した幻影か。
はたまた手にしたら、アニメのように生き返る特殊なイベントが起きるのか。
もはや身体の感覚は全くなく、消えかけの意識しかない状態だけど。
吸い寄せられるように、感覚を失いつつある右手を剣に伸ばしてみた。
だが自分は倒れている状態で、地面に刺さっている剣まで一メートルは離れている。
こんな事をしても、剣に手が届くはずがない。
だというのに本能が、魂が、あの剣を求めろと叫んでいる。
何も考えずに、ただひたすら手を伸ばし続けていると。
美しい剣は淡い光りに包まれて、目の前で光の粒子となって散ってしまう。
蛍の群生地のような、儚くて綺麗な光景に胸が締め付けられるような苦しみを感じる。
しょせん夢なのだと、願いが叶う事は無いと突きつけられたような痛みだった。
夜空に浮かぶ、星々の輝きみたいな景色を眺めていたら。
温かい光りに包まれながら、朧気だった意識が段々遠ざかっていく。
剣を手にする事ができなかったのは、心底残念な展開だったけど。
最後にこんな絶景を独り占めできたのだから、これはこれで良かったと思う。
光に看取られながら、まぶたは完全に閉じられる。
次に生まれ変わるときは、異世界だったら良いな。
できれば英雄みたいな力を得て、清楚系で尚且つ美少女──例えば聖女様との素敵な出会いがあれば最高だ。
そんな叶うことない願いを胸に抱きながら、平凡な俺の人生は幕を閉じる事となった。
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