第30話 それは唐突な
俺の人生は、前世の灰葉瞬からマリウス・グレイロードに転生して大きく変わった。
もうすぐ学校が始まればさらに濃密な日々が俺のことを待っているのだろう。
だが、それとは関係なく、本編とは関係のないところで俺の日々は賑やかなものになっていた。
すでにある
けど、心のどこかでそんな毎日を楽しいと思ってる自分がいた。
今のところ俺の「頑張らない」という信条は変わらない。
いくらリリアと婚約しようが、セシリアと多少は仲良くなれようが、フローラの意識を変えてみたりしても、俺は俺のままだ。
悪役貴族に転生しても破滅フラグを回避するための行動は起こさないし、起こさなくてもいいと思ってた。
しかし、気が付けばリリアと主人公のイベントを二回も奪う始末。
果たして俺は、学校へ行った時、主人公と出会ってまともに主人公の恋路を応援することができるのだろうか?
すでに主人公の恋路の妨害をしてるようにしか思えないが……。
さらに、このあと俺ことマリウス・グレイロードへ迫るとあるヒロインの暴挙を得て、俺の人生はまたしても大きな波乱の渦に呑まれるのだった。
「リリア王女殿下。そろそろご帰宅の時間です」
彼女の専属メイドが静かにそう告げた。
「もうそんな時間ですか? 残念ですね……門限など大人の私には必要ないと言うのに」
「仮に大人だったとしても王女なんだから帰った方がいいぞ。誰が狙ってるとも限らないからな」
「あら、それは私のことを心配してくれてるってことですよね。照れちゃいます」
「たしかに心配はしてるが……面と向かって言われるとなんだかな」
「我慢してください。お互いに気持ちをぶつけ、理解し合うことが仲良しでいる秘訣ですよ? 相手の気持ちに気付かない方が私は悪いと思います」
「そういうもんか」
「ええ。そういうものです」
俺には理解しにくい内容だったが、恐らく彼女が正しいのだろう。
これが友達の少ない男とみんなから愛される王女との差か。
我ながら自分を寂しい人間だと思った。
「では私はこれで。またマリウス様に会いに来ますね。それと、マリウス様も是非、王城へいらしてください。お父様がマリウス様に会いたがってましたから」
「ははは……国王陛下からのご招待とあれば、行かざるおえないな……」
できるなら全力で拒否したいが、相手が相手なのでそれは不可能。
最後の最後で嫌な気分になった。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。世間話や私とのあれこれをお聞きしたいだけでしょう。私からの情報だけでは偏りますから」
「ああ、わかった。暇を見つけて父と共に伺いに行くよ。日程はそっちになるべく合わせる」
「畏まりました。今の言葉をお父様にお伝えしておきますね」
「よろしく。帰り道には気を付けてくれ」
「はい。さようなら」
ひらひらと笑顔で手を振って彼女はメイド達と共に帰って行った。
俺はリリアの背中が見えなくなるまで彼女を見送ってから自宅へ戻る。
「……あ、そう言えばフローラが体調を崩したとか言ってたな。お見舞いくらいは言っといた方がいいかな? ……いや、やめとこう。寝てたら悪いし」
本当に体調が悪かったらあとでわかるだろう。
それとなく、夕食の時にでも様子を確認すればいい。
俺はそのまま真っ直ぐ自室を目指して歩いて行った。
▼
夜。
夕食を終えて俺は一人で自室のベッドに転がる。
今日はかなり大変な一日だった。
フローラには膝枕を強要され、それをあろうことかリリアに目撃されるという。
案の定、彼女からは酷い誤解と殺気を受けたが、なんとか軌道修正はできた。
なるべく今後は余計なことをしないように注意しないと。
リリアは怒るとまじで何をするかわからない。
ゲームをプレイしてた頃はもう少しまともな人物だと思っていたのだがな。
俺が転生し、彼女と婚約したことで何か世界そのものに変化が現れたのかもしれない。
そう思うとやはり俺は余計なことしかしてなかった。
ちなみにフローラだが、夕食の時には普通に出席していた。
顔色もよく、仮眠を取ったおかげで体調も戻ったらしい。
なぜか食事中、覚悟のこもった眼差しでちらちらと俺の顔を見てから自分の体を見つめていたが……何か気になる夢でも見たのだろうか?
俺は気にせず食事を終わらせて自室へ戻ったが、その視線は最後まで消えることはなかった。
「まあなんにせよ……これでしばらくは平凡な日々を過ごせるだろ」
フローラはリリアに釘を刺されて膝枕はしにくくなっただろうし、リリアとの誤解は解けた。
残るはフローラが自宅へ帰るまでの間だ。
それまで大人しく過ごそう。
そう思って俺は瞼を閉じる。
決めた瞬間に眠るつもりだ。
すぐに眠気はやってきた。意識がまどろみの中に堕ちる。
▼
……ごそ。
…………ごそごそ。
ん?
なんだか近くで物音がする。
敏感な俺はやや遅れて意識が覚醒した。
ぼやける視界を開けると、何かが部屋の中にいる。
というより、俺の上にいた。
「————!」
恐怖から声が出ない。
体も固まる。
誘拐? 殺人? 俺の身はどうなってしまうのかと脳裏で最悪の未来が見えた。
しかし、数秒後、俺は鮮明になった視界に映る人物を見て、困惑した声を上げる。
そこにいたのは、
「……フローラ?」
なぜか薄着で四つんばいになった、俺の従姉妹。
———————————————————————
あとがき。
キリがいいので本日はあと2話、投稿します。
昼と夜!
※12月26日(月)、つまり明日から新作を投稿しますが、まだストックには余裕があるのでこちらの毎日投稿は続けていきます。
今後とも本作をよろしくお願いします!
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