24話 好きな声優のためなら戦えます!

エレベーターが九階に止まって扉が開いた。


 羅時原さんがどこで打ち合わせしているか分からないので、エレベーターホールで待っていた方がいいだろう。


 そう思ってエレベーターから出ようとすると、逆にエレベーターに乗ってくる人がいた。



 「あれ? 佐久間くんじゃない」



 まさかの羅時原さんだった。まずい、エレベーターを降りたらそのまま下に降りて逃がしてしまう。不自然だが、このままエレベーター内に留まらなければ。


 羅時原さんがエレベーターに入ってくる。



 「降りないの?」



 降りない。オレはあなたを探してたんだ。



 「羅時原さんに話があります」



 「僕は別にないよ」



 相変わらず人の神経を逆なでる人だ。もしかしてこうやって相手のペースを乱しているのかもしれない。それなら付き合ってしまったら負けだ。



 「羅時原さんになくても自分にはあるので、少し時間を頂けますか?」



 「…………」



 あからさまに面倒くさそうな顔をしているが、「はい」と言うまで逃がすつもりはなかった。



 「じゃあ、このエレベーターが一階につくまでね」



 「話が終わるまでこのエレベーターはどの階にも着きませんよ?」



 オレはエレベーターのひらくボタンを押しっぱなしている。本気だ。



 「…………」



 羅時原さんは黙っている。ただのADが挑発してきて怒ったか? でも、この人はプロデューサーだ。ただ怒りの感情に任せるような人物が就ける地位ではないはず。


 オレはプロデューサーとして働けている羅時原さんを信じた。



 「澄嶋真織さんの特番企画、もう少し考えさせてください」



 「なんで?」



 「あの企画はありきたりすぎです。番組の個性が感じられません」



 「ただの宣伝番組に個性なんて求めてないよ」



 羅時原さんにとってはただの宣伝番組かもしれないが、オレにとっては大事な番組だ。


 と言うか、宣伝番組だって“ただの”なんて前置きで作っていい番組ではない。



 「せっかく聞いてもらえるなら、面白い方がいいじゃないですか。その機会があるのに、ありきたりな形に収めてしまうのは勿体なくないですか?」



 「佐久間くん面白くできるの? どうやって?」



 言葉は食いついてきている様に感じるが、まだ主導権を握っているのは羅時原さんだ。だからここはもう少し攻めが必要だ。



 「羅時原さんがこちらに任せてくれるなら、自分と百道さんと凪杦さんで企画の候補をいくつか提出します。その為には早い方がいい。時間が経てば経つほど考える時間がなくなっていくので羅時原さん次第です」



 オレは「あなたが時間を殺していますよ」と、攻撃的な言い方をした。


 これは本来なら目上との交渉としてあまり良くない。しかしここは、こちらの強い気持ちを出しつつ、相手を否定しないギリギリのラインを狙っていく。



 「僕次第だと言うなら、この前話した通りで良いと言うけどね。それとも何? 覆せる材料があるの?」



 ある。


 伊達に今でも声優系番組を十数本聞き続けている訳じゃない。



 「ラジオではなく、YouTubeといったコメントがリアルタイムで流れる配信系のデータを調べました。声優系の番組で生アテレコ企画をやった時、肯定的なコメントが流れる反面、一部コメントを全くしなくなる人達もいます。これはつまり「この手の企画はもう飽きた」という意思表示だと思われます。全ての人が楽しいと思える企画は難しいですが、確実に飽きた人がいると分かる企画をわざわざやるのは、クライアントにも申し訳がたたないと思いますが、いかがでしょうか」



 「君の言うデータって、どれくらいの番組数でデータをとってるの?」



 「自分はB&Dアカデミーに入るずっと前から、週に二十本以上毎週チェックしています。前に自分は企画を百個以上持ち歩いているとお話しをしましたが、それくらい自分は番組に対して本気なんです。羅時原さんが望むなら、チェックしている番組を全部言います」



 番組数はちょっと盛っている。強気の交渉には似非も必要なのだ。



 「ふーん。そうなんだ」



 ――ダメか。反応が薄い。ただのADが口で言ってるだけと信じていないのだろうか。予想はしていたが、やはり熱意でこの人を動かすのは無理なのかもしれない。


 となれば、二の矢を放つまでだ。



 「そして一番考えて欲しいのは、今のままだとクライアントからの要求に応えて、一回特番をやって終了という事です。お金を発生させる仕組みになっていない。これは非常に勿体ないと思います」



 「ほう?」



 羅時原さんの目尻が上がる。


 マネタイズに関してプロデューサー職が聞く耳を持たないワケがない。これは関心を持たせるワードとしての切り札だ。



 「いま最も勢いがあると言っても過言ではない、澄嶋真織をひっぱり出してきたんですよ? 彼女はスポットで番組には出ても、まだラジオレギュラー番組を持っていない。ならば今回彼女が光る番組を作り、澄嶋真織のレギュラー番組となる流れにもっていくんです。そして、その番組を羅時原さんが動かせばいい。レギュラー番組が出来れば、イベントやグッズでお金を作り出せるはずです」



 これはずっと見てきた分かりやすいお金の生み出し方だ。それこそ羅時原さんが好きそうなやり方だろう。


 今回の“番組”ではなく、今回の“澄嶋真織”をアピールする事によって、その先を考えるやり方を提示した。その為に今回の番組の企画をいいものにしようと言っているのである。



 「いやー、ADの佐久間くんにそんな事をご教授されるとはねぇ。でもお金はどこからひっぱってくればいいの?」



 プロデューサーは何処からかお金を工面して、そのお金を使って何かを作っている。


 つまりオレは羅時原さんに「どこのスポンサーから金を貰えばいんだ?」と聞かれているのだ。



 「澄嶋真織はソロでアーティスト活動をしています。スポンサーは音楽レーベルについてもらえばいいんじゃないでしょうか。ラジオの中で彼女の曲をガンガンかければレーベル的にも宣伝になるはずです」



 今まで聞いてきたラジオでもこの方式はたくさんあった。だから、これは突飛な提案ではない。至極まっとうでオーソドックスなやり方である。



 「ふっふふ。確かに澄嶋真織はまだそういう形では動いてないもんね。たしかにやり方としてはありだよ。じゃあ、スポンサーは君が連れてきてくれるんだ?」



 「何を言ってるんですか。それはプロデューサーである羅時原さんの仕事ですよ」



 オレはひらくボタンから指を離した。エレベーターが動き出し一階へと向かう。



 「…………」



 「…………」



 お互い無言が続く。ここでオレが喋るワケにはいかない。今は羅時原さんのターンだ。


 すぐにエレベーターは一階に到着して扉が開く。


 オレは“ひらく”のボタンを押しているが、もしまだ話が決着しない様だったら、すぐさま最上階のボタンを押す覚悟だった。



 「ふぅ、わかったよ」



 そんなオレの覚悟が見えたのか、羅時原さんは無気力な目で腕時計を見ると、小さくため息をついた。



 「そこまで言うなら、今回の番組の企画は君たちに任せてもいい。ただし」



 ただし、ね。やはり条件を付けてくるか。



 「君の言う通りに企画を練り直しても、本番が盛り上がりを見せなかったら佐久間くん。君には何かペナルティを与えよう。僕の意見を否定するからにはそれくらいは構わないよね?」



 ペナルティね。失敗に対して責任を取れというのは当然だ。しかしオレに対してどんなペナルティを課すというんだろう。



 「この業界は常に人手不足だ。君の様なAD一人とっても事を欠く状況でね。もし今度の番組が失敗に終わったら、君には僕が関わる全ての番組に無条件で参加してもらうよ。君が気に入らない番組だとしてもね。そして、今後君の意見は一切聞かない」



 ペナルティとは奴隷になれと言う意味だった。使ってもらえるのは嬉しいが、おそらくオレは一生ただのADとしてしか業界で生きられなくなるだろう。


 ハイリスクな条件だ。しかし、今のオレの現状からすれば(まののんの為に番組を作れるなら)ハイリターンすぎる条件でもある。



 「あと、君の講師であるコクちゃんにもペナルティの一端くらいは付き合ってもらうから」



 え? 何でそこで刻土さんの名前が出てくるんだ? 刻土さんは全く関係ないぞ?



 「コクちゃんが今回の番組で君を使う事を推してくれたんだよ。まさかコクちゃんも教え子がこんなに噛みついてくるとは思ってなかったろうけどさ。君を推した本人なんだ。多少はその責任をとってもらわないとね」



 何だって? 今回の座組に刻土さんから推薦があった?


 もしそれが本当なら、オレは刻土さんとの話し方を間違えてしまった。まずは刻土さんに筋を通さなきゃいけなかったのに、それをせず、勝手に動いてしまった事になる。



 「もしコクちゃんに迷惑かけたくないなら、このエレベーターでの話はなかった事にしてあげてもいいよ。そうすれば僕も楽だしね」



 ――あ、なるほど。


 ここでさっき喫煙室での別れ際に言われたオマケの意味が理解できた。意味も生まれた。そしてコレを予見してたかのようなタイミングだ。


 何が百道にオレを紹介して終わりだよ、きっちり力を貸してくれてるじゃないですか。


 刻土さんのオマケはオマケどころの騒ぎじゃないプレゼントだった。



 「問題ありません。刻土さんに話は通してあります」



 流石にこれは羅時原さんも意外だったらしく、今まで見せなかった驚いた顔をした。



 「本当に? あらー、コクちゃんやるなぁ。僕もまだまだみたいだ」



 オレの言葉を疑いもしない。羅時原さんは刻土さんならそれくらいやっきても不思議じゃないって認識のようだ。



 「分かったよ。なら、佐久間くんの好きにやればいいさ。あ、でももう一個条件がある。これは単純にお金の話だ」



 更に条件をつけてくるのか。しかも金銭関係だと、こちらではどうにもならない可能性が高い。



 「予算の関係でね。この前みたいな声優を呼んでのミーティングは無しだ。ミーティングをやるならスタッフだけでやってね」



 「つまり、声優さんと事前打ち合わせは無し。本番当日の打ち合わせ一発という事ですか?」



 「声優さんとのミーティングはタダじゃない。ボランティアじゃないからね」



 そうだったのか。一案件に関してなら、打ち合わせも含めてのギャランティだと思っていた。そういうお金の流れに関しては知識がなかったな。


 当日打ち合わせだけってなると、複雑な企画はできなくなった。限られた時間で説明をするには内容を複雑にしてはいけない。中途半端に伝わったり、意図しない流れができたりと、失敗の可能性が非常に高くなる。



 「……わかりました」



 納得してないがこう答えるしかなかった。それが条件だと言うなら飲まざるを得ない。



 「OK。じゃあそういう事で本番よろしくね。あ、勘違いしてほしくないから言うんだけど、失敗して欲しいなんて思ってないよ。僕はプロデューサーだからね。そこは忘れないでほしいな」



 羅時原さんは「頑張ってね~」と言ってエレベーターを出ていった。



 「プロデューサーだから、ね」



 羅時原さんを前にすると何から何までうさんくさく思えるが、一番大事な企画の再検討にはこぎ着けられた。後はオレ達(スタツフ)がいかに頑張れるかにかかっている。


 このままエレベーターに乗って、もう一度刻土さんに会いに行こうかと思ったが、それは野暮だなと思ってエレベーターを降りた。


 オレは羅時原さんの数秒遅れでエレベーターを降りたのに、先に出た羅時原さんの姿は何処にも見当たらなかった。


 プロデューサーにはフットワークの軽さが必要と言われている。それはこういう意味でもそうなのかもしれないと思った。

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