22話 好きな声優さんだから尽くせます

経緯はどうあれ、百道さんがまとめてくれたものをオレが壊していいワケがない。それにこんな発言、普段のオレなら絶対に言わないだろう。


 相手がまののんだからオレは言った。


 オレが一番好きな人だから言ってしまった。


 オレはまののんの仕事仲間になるのが最終目的ではない。オレはまののんの身近にいたい。まののんの気持ちに沿える人になりたい。だから、まののんが気持ちを吐き出せるキッカケを作りたかった。


 自分がキモい行動をした自覚はある。


 でもオレは今、まののんの気持ちだけを知りたかった。



 「その、えと……そう……ですね」



 まののんは驚いた顔をしていた。制作スタッフからこんな事を聞かれるとは全く思っていなかったのだろう。



 「……申し訳ありません。正直、この手の企画ってあまり好きではなくて」



 そうだと思った。さっき見た表情(笑顔)はそう語っていた。



 「自分もそう思っています。こういう企画をする番組がたくさんあって、自分はそれを見る度に、また声優さんにこれをやらせるのかって思っています」



 「……そういう需要があるなら、仕方ないと思っています。それに、やり方によってはうまく見えたりしますから……私が頑張ればいい話です」



 ここまではプレイヤー(プロ)みんなが思っている。まののんでなくとも、声優(プロ)であるなら飲み込まなければならない姿勢だ。


 だが、オレはまののんのこの先にある気持ちが知りたい。


 もう一言だけオレは暴走する。



 「でも、役者として、もっと違う形で芝居を見せたい気持ちもあるんじゃないですか?」



 「……ッ」



 それを聞いたまののんは、絶句したような表情をしつつも、オレを今まで以上にしっかり見た。


 いつもの天使の顔ではない。少し猛々しさを感じさせる顔をして、オレに向き合った。



 「……私は声の役者です。でも、やってる仕事はリスナーのご機嫌取りが多くて……もちろんリスナーさんとの交流は多くあって然るべきだし、大事にしています。それに、アニメだって歌だってパーソナリティだって握手会だって何だって、私を見てくれる人のために一生懸命やるし、やりたいです。私は多くの人達と互いに支え合える声優を目指していますから。でも、もしワガママを言えるのなら――」



 まののんを見ているのはオレだけじゃない。百道さんも凪杦さんもまののんを真っ直ぐに見ている。



 「――私はもっと役者としての自分をみんなに伝えたいです」



 声が刺さる。


 これが役者、澄嶋真織が抱えている不満だった。



 「お答えいただきありがとうございます」



 オレはまののんに深々とお辞儀した。


 オレ(スタツフ)はこのまののんの気持ちを大事にしなければいけない。


 今回、奇跡みたいな確率でオレにまわってきたこの仕事を、まののんの納得のいくものにしなければいけない。


 その為にはやっぱり今のままでは駄目だ。もう一度羅時原さんと話す必要がある。


 ガチャ。


 会議室の扉が開く。まののんのマネージャーである稲積さんが入ってきた。だが、羅時原さんは一緒じゃなかった。


 オレは今すぐ飛び出して羅時原さんを捕まえたかったが、ここは仕切り直した方が良い。


さっきの勝手な発言のせいで、オレは間違いなく百道さんの不況を買ったからだ。



 「はい。ではとりあえず今日はここまでにさせて頂きます。もしかしたらもう一回くらいミーティングをはさむかもしれませんので、その時は稲積さん調整をお願いします」



 百道さんはいつも通りミーティングを終わらせる。



 「澄嶋さん、今日はありがとうございました。こちらもいい番組にしたい気持ちはありますので、お互いにいい落としどころを見つけられればと思います」



 「いえ。こちらこそあの……とんでもない事を言って申し訳ありませんでした。何卒よろしくお願いします」



 まののんが深々と礼をする。それに合わせてマネージャーの稲積さんも礼をして、二人で会議室を出ていった。


 後に残されたのはオレと百道さんと凪杦さん。


 オレは速攻で百道さんに対し、まののんの時よりもずっと深く深く頭を下げた。



 「勝手な事をしてすいませんでした!」



 会議室中にオレの声が響き渡る。オレはこの後、百道さんに殴れても仕方ないと思って覚悟を決めていたのだが。



 「え? なんの事?」



 鉄拳は飛ばず、毒気のない百道さんの声が返ってきた。


 オレは顔を上げると、キョトンとした顔の百道さんと目があう。



 「だ、だって! あの場でただのADである自分がしゃしゃり出てくるなんて、おかしいじゃないですか! しかもせっかく百道さんがまとめてくれたのに! 自分はそれを壊す様な発言をしたんですよ!」



 そう言われてオレの謝罪を理解できたのか、百道さんの表情が納得感溢れるモノになってくる。



 「なるほど! そういうごめんなさいだったのか! 何で突然頭を下げられたのか分からなくて混乱しちゃったよー」



 ハハハと、百道さんは軽く笑った。



 「どういう意図があろうと、企画会議の時に発言を差し控えさせるなんてしないよ。相手を攻撃する様な内容だったらさすがに止めるけど、佐久間くんが澄嶋さんに言ったのは何の問題もない。より良い番組にする為にはどうしたらいいかって聞いただけなんだから」



 そ、そうなのか? さっきのオレの行動はそれで通しちゃっていいモノなのか?


 別に罰を受けたいワケではないが、軽く笑って済ます百道さんを見てると「いいのか?」と思ってしまう。



 「そうであれば俺が叱る道理なんてないよ。むしろ、澄嶋さんに「俺達スタッフは出演者の事をしっかり考えています」って伝わって、良かったんじゃないかな」



 そう言うと百道さんは「気にしないでいいよ」とでも言わんばかりに荷物をまとめ出した。


 ――百道さんが懐の広い人で良かった。人によっては、流れを乱されるのを嫌う人もいるからな。今回は運が良かっただけという気持ちでいよう。



 「でも、ハードルは上がったよね。羅時原さんを説得して、別の企画案を認めさせなくてはいけなくなってしまった」



 その通りだ。まののんから気持ちを引き出しておいて、それで羅時原さんの企画を通してしまったら、結局言うだけ無駄と思われてしまう。


 そうならないために、何とかして羅時原さんを説得しなくてはならない。



 「あの、百道さん。自分が羅時原さんを説得しに行ってもいいですか?」



 百道さん的にはこちらの方が驚いたらしく、わざとらしく体をのけ反らした。



 「あんな風にあしらわれておいて立ち向かっていくなんて胆力あるなぁ。多分、佐久間くんの話しは聞いてくれないよ?」



 そうかもしれない。てか、間違い無くそうだろう。


 でも、オレはまののんが関わる仕事で黙っているなんてできない。



 「それでも自分がやってみたいんです」



 百道さんにしてみたら、オレがここまで意固地になるのはおかしいと思うだろうか。


 いや、これはオレの仕事とまののん(声優)に対する姿勢だ。


 百道さんは少し考えた後、オレに言った。



 「うーん、悩むに悩んじゃうけど、まあいっか。任せるよ。もし何かあった時は責任とってあげるから、好きにやってごらん」



 ――本当にこの人には頭があがらない。


 刻土さんといい、百道さんといい、オレは間違いなくいい人達に恵まれている。



 「ありがとうございます」



 オレは静かにもう一度頭を深く下げた。

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