4話 好きな声優の彼氏になる行動開始!

栄化放送。東京都某所に建つ、歴史のあるラジオ局だ。


 この建物は元々は教会で、それを改築してラジオ局にしたらしい。なので、中にはステンドグラスの窓があったり礼拝堂も残っている。


 受付の裏の壁に二階への階段が隠れていたり謎の多い構造で、古い建物のせいか幽霊が出るなんて話も多い。礼拝堂のすぐ上の階にある第六スタジオでは、頻繁に心霊現象が発生するなんて話もある。



 「幽霊とか信じてないけど、見られるなら一度拝みたいもんだな」



 オレは、その栄化放送のメディアプラスホールでイベントスタッフをやっていた。


 メディアプラスホールというのは、栄化放送十二階にあるイベントホールで、主に栄化放送主催のイベントが行われる場所だ。


 B&Dアカデミーでは授業の他に、イベントが開催されるとアカデミー生の中からスタッフ募集が行われる。イベントに必要な人手を生徒から募れば、コストもかからないし、生徒も勉強になる。さらに、なんとキッチリ日給が出て、案件によっては弁当つきだ。


 勉強になる上に日給まで出るなら皆やりたがるはず。倍率高そうだなと思っていたら――あっさり採用になった。意外にも応募者は少ないらしく、事務所として応募者が来るのは嬉しいらしい。


 これはちょっと信じられない事実だった。こんな美味しいチャンスをみんなが逃すとは思えないからだ。何か策略があるのか? それともオレの知らない罠がある?



 「そろそろはじめまーす!」



 「はーい、よろしくおねがしまーす」



 スタッフ達(オレ)が返事をするとイベントが始まり、平台に長机を並べただけのシンプルなステージに、声優の芹沢一果(せりざわいちか)さんが愛想のよさそうな笑顔で現れた。


 芹沢さんは、まののんよりも三つ年下の二十一歳だ。二クールに一度くらいの割合でアニメのわき役で名前を見るが、まだレギュラー獲得には至っていない。今は売り出し中って所なんだろう。


 その芹沢さんは栄化放送で一年レギュラー番組を続けている。今回はその一周年記念のイベントだ。


 イベント自体はよく見る流れで、最初の挨拶が終わった後はフリートークからのお便り紹介、そしてラジオでもやっているコーナーを二つほどやってエンディングという鉄板構成だ。


 しかし、故にその構成は面白味が欠けていた。



 「……やっぱこうなるもんなのか」



 この三か月間、いろんな声優ラジオ番組を聞いてきたが、その中にあまり挑戦的な番組はなかった。


 でも、それはその筈。一回だけの企画番組ならいざしらず、レギュラー放送という毎週行われる番組で、目を引く様なコーナーを毎回やり続けるというのは、構成作家にとっても、出演者にとってもカロリーが高すぎのだ。


 なので、それを回避する為に鉄板構成になるのは仕方ない流れとなる。



 「出演者にポテンシャルあるのに……」



 そんな中でも面白いなと思わせる番組は、やはり出演者のトークが面白い番組だった。


 普段の何気ない話でも、そこを切り込んでくるか! と思わせるトーク展開や、本人の持っているイメージを壊し、ギャップで楽しませてくれる人がいる。つまり出演者のパワーがあれば面白い番組になるのだ。


 しかしそうなると、面白い番組と言うのは出演者に依存してしまうという事になる。


 オレはこのイベントを正直面白いとは思えないが――それはつまり芹沢さんに実力がないからなのだろうか。


 声で芝居をする声優さんに、ラジオの喋り如何を求めるのはどうかと思う。しかし、今はそういう時代だ。声優さんにはそれが求められている。だから無視はできない。



 「まあ、オレごときが思ったから何だって感じだけどな」



 イベントはつつがなく終了した。


 開始時と同じ様に愛想のある笑顔で退場していく芹沢さんを見送り、お客さんを退場させた後、オレは組み立てた平台ステージをバラしていく。


 生徒だけでも簡単に組み立てられる様に、平台ステージの構造は簡素な作りだ。スタッフが四人もいれば、三十分ほどで完全撤収が可能だった。


 オレはメディアプラスホールに鍵をかけ、イベント用のポップなどを片付けに行こうとしたところで、ちょうど楽屋から出てきた芹沢さんと合った。



 「今日はありがとうございました! お疲れ様でした!」



 と、何度も見た笑顔と元気でオレに挨拶をしてくれる。



 「こちらこそお疲れ様でした」



 声優さんにこんな挨拶をしてもらえるだけで、アカデミーに通っている意味があると思いそうになり、まだ芹沢さんとお話を――って、いかんいかん。オレはこれを日常にしていかなくてはならないのだ。


 オレは入学前に美姫香から教わったいくつかの心得を思い出した。

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