2話 好きな声優の彼氏になる方法を考えた!

ノートにはオレが昨日考えてきた可能性が書かれていた。



 ・同じ声優事務所に所属する

 ・同じ事務所の社員さんになる

 ・アニメのアフレコスタジオで働く

 ・音響監督になる

 ・声優雑誌専属のカメラマン、またはインタビュアーになる

 ・声優事務所のマネージャーになる



 「この中から拾えそうなのあるか?」



 美姫香はノートを眺めると、何か考えるように指先を顎に添えた。



 「……なるほどね」



 美姫香はオレからボールペンを奪い取ると、ノートに何やら追記した。



 「まず確認しておきましょう」



 ノートには“期限”と書かれている。



 「颯太はいつまでに澄嶋真織と付き合いたいのかしら? 期限を決めなければ、十年だって二十年だって時間をかけられるわ」



 当然の質問だ。時間は有限である。経過すればする程オレは不利になっていくため、期限は絶対に必要だ。極論を言えば、オレが爺さんになっては完全に手遅れだし、そんな年齢になるまで時間をかけてはいられない。



 「最大で五年と考えてる。できれば三年」



 美姫香は何も言わずに、期限を五年と書いた。



 「できれば三年にしたいという理由は何かしら?」



 「まののんは二十四歳。今年で二十五歳になる。だから最大五年。三年の理由は、少なくとも二年はまののんとイチャつく時間がほしい」



 「……意味がよくわからないのだけれど?」



 「声優は三十歳になると結婚発表していいからだ」



 オレは自信満々に断言した。



 「何をほざいているのかしら?」



 美姫香の表情が少し引きつる。



 「それはたまたまそのタイミングで発表する人が何人かいたってだけの話――え? あなた澄嶋真織が三十歳になるまで結婚にこぎ着ける気? 付き合うってそういう事だったの?」



 「その通り。ままのんが三十歳になるまで、誰しもが憧れる“一般の方”ってヤツにオレはなる――あだっ!?」



 美姫香がオレにボールペンを投げつけた。見事オレの額の真ん中に突き刺さる。



 「あなた女を舐めてるわよね? キモいわ」



 何処か怒りがある顔で、美姫香はオレを睨み付ける。



 「知り合って二年で結婚って……相手が至って普通の一般人でも中々ないと思うのだけど」



 「そうか? オレの知り合いは同棲含めて半年かからず結婚したヤツがいるけどな」



 「そういう例外を普通認識するのはやめなさい」



 美姫香は呆れるようにオレを見て頭を抱えると、改めて席に座り直す。



 「つーわけで三年だ。今から三年間でままのんとお近づきになれる手段を考える! そして、それだけを実行してオレは生きる!」



 本音を言うならもっと早くしたい。早ければ早いほどいいからだ。そもそも、あんな最高の女性、すぐ誰かの元へ行っておかしくない。ただでさえオレはハンデ持ち(一般人)なのだ。無駄や油断なんて絶対にできないし、計画を加速させられるならその決断を迷ってはならない。



 「知り合って二年というのは置いておいて、結婚そのものはいいと思うわ。付き合っているなら考えて当たり前でしょうし」



 ノートの五年が三年に書き換えられる。



 「では話を戻しましょう」



 美姫香はオレがノートに書いた可能性に視線とペンを向けた。



 「まず、“同じ声優事務所に所属する”はボツね。颯太が澄嶋真織と同じ声優になるって事だもの。全く時間が足りないわ」



 一つ目にバッテンが書かれる。まあ、これは仕方ない。自分で書いといてなんだが、オレも美姫香と同意見だ。



 「もし颯太が演技の天才で、養成所一年目からどんどんオーディションに出て、すぐに正所属になったとしても意味がないわ。澄嶋真織に会える様になるワケじゃないから、どちらにしろ望みは薄いの」



 「え? そうなのか?」



 仮にオレが天才ならこの方法一択だと思っていたので、美姫香の意見は意外だった。



 「ファンなら、澄嶋真織が何度も同じ事務所の声優と「初めまして」って挨拶するの見ているはずよ。事務所が同じというだけでは関係が遠いの」



 「……知らなかった。同じ事務所なら全員と親しいモノかと」



 「そもそも、そんなアットホームは普通にサラリーマンをしていてもあり得ないわね」



 美姫香が二つ目である“同じ事務所の社員さんになる”にペンを向ける。



 「これもダメね。声優が事務所に行く事はあまりないから、親しい仲になるのは難しいわ」



 「声優って事務所と親しい仲にならないのか? 声優さんが台本とかファンからのプレゼントとかを事務所に取りに来て、それをきっかけに仲良くなりそうに思えるんだが」



 「今は台本をPDFファイルでやり取りする時代よ。スマホにPDFを送って、紙台本は現地で渡されるってパターンが多いわ。プレゼントも量が多い場合、事務所から本人宅に郵送しているし。もちろんミーティングで声優が事務所に顔を出す事もあるけど、どこぞのゲームのように、事務所でゆっくりまったりして社員と話すなんてのは希も希よ。あり得ないと思っていいわね」



 オレはどこぞのゲームの事務所というのを想像していたので、ガァンと頭に岩が降ってきたような衝撃を受けた。現実とゲームは、やはりどうしようもなく違うらしい。



 「これはかなり現実的だと思ってたんだがな……」



 「声優と付き合うのが目的ならどうしようもなく下策よ」



 ノートにまたバツが増える。



 「次はアニメのアフレコスタジオで働く、ね」



 美姫香はそれにもあっさりと×をつける。



 「これもダメなのか?」



 「カラオケ屋の店員をイメージするといいわ。いきなりカラオケ店員がお客に親しく声をかけてきたらどう思うかしら?」



 「……厳しそうだな」



 「しかも相手は超のつく大人気声優。一般人(パンピー)がいきなり話しかけるなんて、良くて警告、悪くて出勤停止になるでしょうね」



 「それはさすがに言い過ぎでやり過ぎでは?」



 「大人気声優というのは一般人(パンピー)に最も気をつけるの。最悪最低のファンは手段を選ばず目的を達成し(欲望をブチまけ)ようとするもの。あと、パパラッチ(クソ共)もいるわね。今は声優もスキャンダルを狙われる時代よ」



 「考えが浅くてすいませんでした……」



 続けて“音響監督になる”について。



 「これは良く言われてるわね。少し説明しましょうか」



 美姫香はペンで音響監督と書かれた文字を丸くなぞった。



 「颯太はアフレコにおける音響監督をどんな人物と思っているのかしら?」



 「それは音声エンジニアだから……録音機材に詳しい人、かな?」



 音響監督は音響の監督と呼ばれているのだ。オレの答えは当たらずとも遠からずって所だろう。

 だが、美姫香は首を横に振った。



 「そう思われがちだけど違うわ。アフレコにおける音響監督というのは音響演出とも言われていて、芝居そのものを演出する人なの。もちろん録音機材のエンジニアを兼ねていたりもする。でも、一番の仕事は声優の演技を引き出す事よ。台本を読み込んで、声優の芝居が正解か。そして正解した上で面白いか。その判断をするの。もし声優がうまく表現できていなければ、うまくできるように導かなければならないわ」



 音響監督はオレの想像と全く違う職業だった。


 演技の正解を判断しなきゃいけないって、相当難しくないだろうか? 演技といった創造的(クリエティブ)なモノは数学なんかと違って明確な答えを出しにくいはずだ。


 作品のデキを高めるため、自分なり(音響監督)の正しい演技(答え)を打ち出さなくてはならない。

 こんな仕事、常人では耐えられないプレッシャーが襲いかかってくる。



 「その仕事半端なくない?」



 「ええ。音響監督は作品だけでなく、芝居そのものにも詳しくなければ務まらないわね」



 「……役者が無理なオレが音響監督を目指すなんて絶対に無理では?」



 「その通りよ」



 音響監督にもバツがつけられる。


 残りは二つ。



 「声優雑誌の専属カメラマン、またはインタビュアーになるのは?」



 「そういう人達は会社勤めの人もいるのだけど、多くはフリーで活動している人が多いわ。だから、声がかかるようになる為にはそれなりの関係を構築しなくてはならないわね。それをゼロから作るとなると、もの凄い時間が必要よ。高い技術力も必要になるから、それを身につける時間だって考慮しなくてはね」



 美姫香は「だから」と、指を立てる。



 「澄嶋真織と付き合える可能性は限りなくゼロに近いわね。颯太がインタビューやカメラ技術の天才だけでなく、大統領だろうとマフィアだろうと一分で仲良くなれる、人たらしの才能まであるなら別だけど」



 「ぬぐぐ」



 どうやらコレは役者になるくらい難しい作戦らしい。当然バツがつけられる。


 残り一つ。



 「じゃあまののんのマネージャーになるのは? 声優さんと一番距離が近いだろうし、それなら好意も抱かれやすそう――」



 ドンッ!


 オレが言い終わると同時に、美姫香はテーブルを強く叩いた。その音は一瞬周囲をザワつかせるくらいの大きな音だった。



 「颯太」



 美姫香は「ふー」と一息入れたものの、滅多に見ない感情的な顔をしている。



 「それは一番ダメな方法よ。それを実行するくらいなら、まだあなたが役者やカメラマンを目指す方がいいわ」



 「まさかお前がそんなに怒るとは……」



 「ごめんなさい。感情的になってしまったわね。おごりは十九品でいいわ」



 「元からおごりは二品だけなのだが?」



 美姫香は話を続けるとばかりに姿勢を正す。



 「マネージャーが同じ事務所のタレントに手を出せるワケがないわ。入社時に誓約書を書かされるくらいだもの。そもそも、同じ事務所だろうとなかろうと、タレントに手を出すのが目的でマネージャーをやるなんて許されないわよ」



 「た、たしかに……」



 あまりに当たり前な指摘にオレは項垂れてしまう。美姫香の言う通りだ。まののんと付き合うが先行しすぎて、当前の思考ができていなかった。



 「気に病む必要はないわ。可能性として考慮すべき項目だし、マネージャーの話はしなくてはならなかったもの。最初に思い当たって当然でもあるのだから」



 美姫香は冷めた紅茶をくぴくぴ飲み始めた。そして、何故かゲホゲホとむせながら“声優事務所のマネージャーになる”にバツをつける。



 「……んん?」



 今、オレの考えてきた案は全てボツになった。



 「おい美姫香。オレの考えが全部ゴミ箱行きになったんだが?」



 「そうね」



 美姫香は当然とでも言うように落ち着いている。



 「マジかー。まあ、この中にバッチリな良案があるとは思ってなかったが、擦りもしないか。やっぱ好きな声優と付き合うのは相当に険しい道だな」



 無論、諦めるつもりはない。たった数個の案が潰れた程度でヘコむくらいなら、美姫香の前で宣言しないし、こうしてファミレスで相談だってしない。オレは本気でまののんと付き合いたいのだ。


 絶対、澄嶋真織の彼氏になりたいのだ。



 「さて、どうするか――」



 「どうするも何もないわ。颯太がやるべきは最初からコレしかないもの」



 美姫香はスマホの画面をオレに向ける。

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