8 For a moment peace?
普通の剣を求めて
――イルミナス オールドホテル・セントラルストリート――
辺りを見渡せば、古き良き時代に建てられたと思われる高級ホテル群が肩を寄せ合うようにして並んでいるかのような、そんな街の見慣れた筈の見慣れない光景が目の前に広がっていた。
時刻は昼の十一時過ぎ。人も車の通りもまばらで、街そのものが寝静まり、あの狂気に支配された夜の街とは別の場所ではないかとさえ錯覚してしまいそうだ。
なるほど、俺たちがこの街に滞在してから既に一ヵ月が経過しているが、良く考えてみれば、昼間にこの街を歩いたのは初めてのことだった。夜はネオンでライトアップされて眩しいこの街も、今の時間は太陽にそのお株を奪われているらしい。
何故俺がこんな昼間の街を歩いているのかって? それは昨夜シャロの奴に『本当にエラと戦うつもりならば、最低限度の装備は揃えて下さい。それができなければ、試合に出るなんて絶対に許しませんわ』なんて、そんなことを言われたからだ。
本当ならばセントラルタワー内で済ませられれば楽で良かったのだが、昨晩の試合の影響でか、どこを歩いても色々な意味で目立ってしまい、仕方がなくこうして街まで下りて装備を調達せざるを得なくなってしまった、という訳である。
ただ街を歩いてさえいればトラブルが無いということもなく、既に何度か街のゴロツキや、元パトリシアの配下と思わしき連中に絡まれてしまったのだが。
ちなみにシャロと雫は部屋で留守番している。雫は昨夜の試合の影響で強烈なハングオーバーに見舞われてしまい、今朝起きたときには指一本たりとも動かせそうにもなかったからだ。
さっさと用事を済ませて、この街の名物の、具をパンの代わりにワッフルで挟んでいるというサンドイッチでも昼飯に買って行ってやろう。
さて、どこの店に入ろうかな。
流石はイルミナス。アリーナで有名な街というだけあって、武器屋の姿は娯楽施設と同じくらいの数が目に入る。恐らくどの店に入っても剣の一本くらい簡単に見つかるのだろうが、あまり適当な物を買ってもシャロの奴に何を言われるのか分かったものじゃない。
ジャンポールならばその辺りには全く困らないのだが、何せ俺はこの街のことは良くは知らない。できればさっさと決めて帰りたいのだが。
まぁ良い。どうせ外から見たって中の様子が分からないなら、先入観を捨てて、まっさきに目に付いた店に入っちまおう。なぁに、どんな店にだってそれなりの武器の一つや二つくらいは置いてあるもんさ。
そう考えて視線を泳がせると、大きな店と店の間にひっそりと挟まるように佇む一軒の店が目に入る。掲げている看板に目をやると――。
「“
外観は木造りを模したレトロで落ち着いたデザインの普通の店構えだが、店の名前にはどうにもコメントがし辛い。
まぁ、店の名前なんてどうだって良いか。それにうちの事務所だって、人様のことを言えたような義理じゃないし。
そんなことを考えながらドアを押すと、リンリンと軽やかなベルの音と共にドアが開く。中は至って普通の武器屋といった様相だ。強いて言うならば、少し古ぼけたような印象を受けはするが。
「いらっしゃいませー、なにか武器をお探しですかー?」
間延びした声と共に、部屋の奥から店員と思わしき女性が顔を覗かせた。ゴシック調のメイドのような服装とそのメイクからは、ある意味このレトロな雰囲気に合わせたのだろうかと推察される。
ただこの店員、顔は整っていて美人ではあるのだが、違和感というか、なんだか独特な雰囲気を纏っているような……。
「……まぁ! まぁまぁ! あ、あの! もしかして……チームノーバディーズのダレン・バレット選手じゃないですか⁉」
おっとりとした雰囲気の店員は、その顔をパッと開かせてそう質問する。
「そうだが……。セントラルタワーの試合に出たのは昨日が初めてだったんだけど、俺のことを知っているのかい?」
「あぁやっぱり! 勿論知っているわ! 昨日の試合を見たのは偶然だったのだけれど、それだけで私、バレットさんのファンになってしまったのだもの! あ、あの、良ければ、なんですけど……握手をしてくれませんか?」
「勿論良いよ。こうして好意的に声をかけてくれたのは君が初めてさ」
「え、えぇ⁉ それってつまり……私がバレットさんのファン一号ってことになっちゃうのかしら⁉ キャー! どうしましょう⁉ どうしましょう⁉」
握手をする為に差し出した手が握られると、感極まったようにブンブンと振り回される。随分なはしゃぎようだな。さっさと買い物を済ませるつもりだったのだが、こんなにも喜ばれてしまうと、もう少しくらいサービスしてやりたくなるってもんじゃないか。
サインは……今の俺は偽名を名乗っているのでどうにも気が引けてしまう。だが写真の一枚くらいなら、記念に一緒に撮ったって構わないだろう。
「光栄だよ。もし良かったら、後で一緒に写真でもどうだい?」
「ほ、本当に……? そ、そんな……ど、どこに飾ったら良いのかしら⁉ お店のお客に自慢しなくちゃ‼」
「ここは君の店なのか? えっと、名前は……」
「あっ、自己紹介がまだだったわね。私、アニー・ベイツ。ここは私のお店で、私がこの店の店主なのよ。フフ、名前に驚いたでしょう?」
「独創的な名前だとは思ったけどね。だが、良い店じゃないか」
「ありがとう。名前はある古い映画から選んだのよ。凄く面白い映画なのだけれど、知っているかしら?」
「あー……、どうだったかな。聞いたことがあるような気もするけれど……。映画は好きなんだが、名前から察するに、アクション映画じゃないよな?」
「安心して、アクションシーンも満載よ。是非お勧めするわ! あっ……ごめんなさいね。何か武器をお求めだったのでしょう?」
「あぁ、そうだった。俺も美人とのお喋りが楽しくて、つい忘れていたよ」
「まっ、お上手ね。それで、どんな武器をお求めなのかしら?」
「長剣を一本と、あと、俺のサイズに合いそうな軽めのボディーアーマーを一つ。予算は、そうだな……まぁ、これくらいで頼むよ」
そう言うと、俺は指を三本立てて見せる。この店がどんな客層を相手にしているのかは分からないが、こう言ってさえおけば、流石に俺が想像しているよりも高い桁の物を持ち出しては来ないだろう。
「ウフ♡ 分かったわ。それなら先に武器を選びましょうか。まずは、そうね……これなんてどうかしら」
アニーは近くの剣立てから一本の長剣を引き抜くと、カウンターの上へ置いた。少し古い印象を受けることを除けば、それは至って普通の長剣で、別段特筆するようなものは何も見受けられない。別に外観に拘るつもりは無いが、あまり適当な物を選ばれても……、……いや、なんだ、これは……? この剣から感じる、奇妙な違和感は……。
それは良く見ると、新品ではなく使い古された中古の剣であるようだ。ただ俺自身、普段から中古の剣を買うことが無い訳では無いし、特に偏見や、過去の持ち主の癖なんかが気になるような質では無い。無いのだが、この剣から漂う言葉では説明のできないこれは、いったいなんだ……?
「あー……、あの……アニー? この剣って、その、随分と古い剣に見えるんだが……つまり、ビンテージ物だったりするのかな……?」
「流石、お目が高いわ! これはある狂人が、何人ものジニアンを斬り殺したという曰く付きの剣でね。実はこれ、かの有名な“シリア・ヴェリテ”が使っていた剣なのよ」
「シリア・ヴェリテって……あの、“マリシャス”の……?」
「そう! あのマリシャスの! 彼女の代名詞と言えばあの巨大な鎌だけれど、実は彼女、あるときまではこの剣を使っていたのよ!」
***
WGOとVSOPが共同で発行している手配書リストの中に、“
では何故そのような危険人物を大々的に世間へ公開せず、“不可侵の”、などと項目の頭に冠されているのか。それは
これに該当する者の条件に、客観的かつ明確な指標は無い。ただその犯罪の手口には、まるで人を、或いは世界そのものを憎悪しているかのような
故に、
それに該当するシリア・ヴェリテとは、かつてこの街イルミナスのアリーナコロシアムにて名を馳せた超一級闘技者の名だ。
あまりにも残虐な試合をするという理由から、ついにはイルミナスから追放処分される形となったシリアは、その後すぐにVSOPの役員の目に留まり、好待遇で協会に迎え入れられることになったらしい。ただ彼女に対するその扱いは、貴重な戦力の獲得というよりも、危険人物を野放しにしておくリスクを回避する為のものだったのだとか。
しかし協会の支部に招かれて諸々の手続きをしようとしていた彼女は、突如支部のリベレーターたちに向かって得物の大鎌を振るい始めた。何人もの死傷者を出した頃、偶然その場に居合わせたゼニスの称号を持つリベレーターの手によって退けることには成功したものの、彼女はその後も捕まることなく、VSOPの支部から包囲網を掻い潜って逃げおおせたと言う。
それ以降、彼女は災厄の悪名とまで言われるマリシャスの称号を冠され、超一級の闘技者から超一級の賞金首になった、という訳だ――。
***
「……詳しいんだな。だが、アニー……言い辛いんだが、流石にそれは……その、騙されているんじゃないのか? あのシリア・ヴェリテの剣が、こんなところにあるなんてさ……」
「いいえ、騙されてなんかいないわ。だってこの剣、私が直接彼女から買い取ったのだもの」
「……本当に……?」
「えぇ、勿論。ここにある
「……そ、そうか。たけどその、この剣は凄く……そう、魅力的だとは思うのだけれど……できれば、他の剣も見せてもらえないかな……?」
「あら、そう? それじゃあ……これなんてどうかしら?」
そう言うと、今度はカウンターの裏から剣を取り出して見せる。それは先ほどのシンプルな外観の剣とは比べ物にならない程におどろおどろしい見た目をしていて、まるで剣そのものから
「……これ、は……?」
「これはね、死んだジニアンの体内で結晶化したトラペゾイドだけを寄せ集めて作られた剣なの。それも女性の悪人ばかりを選りすぐって集めた物でね。知名度で言うならばシリアの剣には劣るけれど、性能と曰くは全く遜色無い筈よ♡」
「……なぁ、アニー……俺を誰かと勘違いしていないか? そう例えば、バッファロー・ビルとか、ヴィクター・フランケンシュタインとか、或いは、エド・ゲインとかさ……」
「私ね、昨日の試合を見ていて思ったの。バレットさんの試合はとても素敵だけれど、どうしてもっと血が出ないのかしらって。だって、そうでしょう? もしもバレットさんがうちの剣を使っていたなら、あの闘技者たちは全員が
「ストーップ‼ OK‼ OKアニー‼ 君の言いたいことは非常に、凄く、もう充分に理解できたよ‼ だけどその、なんと言ったら良いのか……。つまり、俺が欲しい剣っていうのは……そう、普通の剣なんだ! だからもし、もしもこの店にそういう物が置いてあるなら……お願いだから、普通の剣を売ってはくれないかな……?」
「なんだ、バレットさんは普通の剣が欲しかったのね? そう言うことなら、そこに立てかけてある剣はどうかしら?」
アニーが指さす方を見ると、そこには一本の長剣が立て掛けてあった。恐る恐る近寄ってそれを手に取ってみると、多少古びた印象を受けるものの、誰かの手で凄惨な使われ方をしていたような形跡も、言いようの無い禍々しさも感じられはしなかった。
手を触れている箇所から軽く体内のサーキットとリンクさせてみると、驚く程素直にパスが繋がる。普段使っている鉄屑のように重すぎて振るのにさえ難儀することも、軽すぎて肩透かしを食らうことも無い。まさに俺にとっては丁度良い
「良いじゃないか。そうだよ、こういう普通の剣が欲しかったんだ。ただ随分と良い剣のようだが、幾らだい?」
「そうね、それじゃあ特別価格で、二百八十でどうかしら?」
二百八十万パックスか。本当ならボディーアーマーの値段込みで指を三本立てたつもりだったのだが、これでは随分な予算オーバーになってしまいそうだ。とは言え、多少は余裕を持って金を用意して来たので、少しくらい足が出た分くらいはどうにかなるのだが。
……。…………。
いや、もうこの剣で決めてしまおう。もしもいらないなんて言おうものなら、またどんな物を勧められるか分かったものじゃない。これ以上街を歩き回るのも面倒だし、それに何より、とにかくもう、本当に疲れてしまった……。
「OK、それじゃあこいつを貰うよ。ちなみにこの剣の名前は――」
剣の名前や
周囲の気配を探りながらキョロキョロと辺りを見回しても、どこにも彼女の気配を感じ取れない。奇妙な感覚を覚えながら尚も辺りを探っていると、俺はあることに気付いてしまう。この店、俺が入店したときよりも異様なほどに古ぼけているのだ。
それに今まで店の中に陳列してあった武器の類は全て消えていて、残っているのは今俺の手の中にある剣一本だけとなっていた。
「……ア、アニー……?」
そう呼びかけてみるも、返事は無い。俺はどうにも気味が悪くなり、慌てて店を出ようとすると、俺はあることがどうしても気になってしまった。こんな剣を、持って帰ってしまっても良いのかと。
それに仮に持って帰るにしても、金を置いて行くべきか、否か。店主は消え、今までのことが白昼夢か俺の妄想だったと言わんばかりのこの状況では、金など置いて行っても仕方が無いのではないか。
ただなんとなく、この剣を置いて店を出たり、金を払わずに持ち出そうものなら、何か大変なことが起こってしまいそうな気がして……――。
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