知らない星の重神兵
宮葉ヒロアキ
第1話 脱走の先は
「アラートワン、通信衛星ロスト。アラートツー、GNSS信号ロスト。アラートスリー、状況解析失敗」
俺はAIのアラートで我に返るとうなだれていた頭を上げてモニターを見た。
「!?」
どこだここは――
このトラックは夕刻の森の中を走っていたはずだ。なのにモニターに映るのは白昼の草原。
何だ? 何が起きた?
俺の乗るこの補給トラックはAIの運転で前線部隊の宿営地に向かう予定だった。
ケガで基地に戻り治療していた俺は、完治後少しのリハビリ期間を経て再び前線の分隊に送られる最中だったが、争いが嫌になった俺は俺一人しか乗車していないことをいいことに以前から立てていた脱走計画通りにコースを変える指示をAIに出していたのだ。
そしてトラックは中立国であるT国に向かって夕刻の森の中を走っていたはず。なのにコックピット内のドームモニターは見知らぬ場所を映しトラックは停車している。
青い空に緑の草原。草が風で揺れるのが見える。正面から右は遠くに山々、左側少し離れたところに森がある。
「ギャレット、ここはどこだ?」
「不明です。GNSS信号がありません。通信衛星にも接続できません」
俺が頭につけているヘアバンド型のヘッドセットに内蔵された骨伝導イヤホンを通してギャレットが答えてくれる。
ギャレットとは俺のAIの名前だ。男の名だが女性で設定していて音声はしっとりとした大人の落ち着いた女性の声を出す。女性の名を呼ぶのは恥ずかしいが話は女性の声で聴きたいからこの設定にしてある。
「ギャレット、後方の映像に切り替え」
「リョ」
AIの声は基本的に淡々としていて抑揚がない。返事の”了解しました”は長いのでギャレットは”リョ”に変えてある。
ドームモニターはトラックの周囲に二十以上取り付けられたカメラの映像を合成して映し出す。
直径百八十センチの球体を半分に切って内側から見る形のドームモニターだが、前方に四十五度傾いているため後ろは見えない。
ドームモニターの映像がトラック後方の映像に切り替わり、前後が入れ替わった映像にも草原が広がっていた。中央から左側はすぐ近くに丘、右側はそんなに遠くなさそうなところに岩山が見える。
俺はコックピットの低い天井に頭をぶつけないよう中腰で立ち上がると左側にあるドアを開けて通路に出た。通路は高さに余裕があるので背を伸ばして通路の左、トラックの後面にある搭乗口に向かう。
搭乗口の自動ドアのボタンを押し、開けて外を見るとモニターの映像と同じ世界が広がっていた。
もしかしたらソフトウエアの不具合で録画された別の場所の映像が映し出されているのではと思ったのだが本当に知らない場所にいた。
何が起きた?
コックピットはトラックの後方上部にあり、搭乗口は地上約二メートルのところにある。俺は踏み板と手すりだけの小さなリフトに乗って降りた。
緑の草原、辺りは高さが三十センチほどの草が隙間なく生えている。雲一つない青空の下、少し冷たい風が吹き、草の揺れる音が聞こえる。そして草と土の匂い。
周りを見渡しながら数歩歩くがまったく見知らぬ場所。
太陽は高い位置にある。太陽の熱より置かれた状況に汗が出てくる。モスグリーンの戦闘服の上着を脱ぐと下着のグレイのTシャツは汗を吸って胸の辺りが濡れていた。
混乱しているよな。少し落ち着け。
手に持った上着の左胸ポケットから手のひら大のTC(タブレットコンピュータ)を取り出しGNSS(グローバル・ナビゲーション・サテライト・システム)信号表示に切り替える。通常なら位置情報を送ってくる人工衛星が十以上表示されるはずだが何も表示されない。
TCも見つけられないのか? トラックの故障ではなかったか?
青い空を見上げてみるが人工衛星が見えるはずもない。
振り返ってトラックを見るが変わった様子はない。全長十五メートル、全高四メートル、全幅三メートル、ダークグリーンのEJL連合日本軍仕様の補給トラックだ。
「ギャレット、マップ表示」
「場所が不明のため表示できません」
TCの画面はマップ表示モードに切り替わったが地図が表示されない。
「ギャレット、ドローンワンを上げてマップ作成と周囲を警戒」
「リョ」
トラックの後方、コックピットの真上に格納されたライトグレーのドローンが飛び出ていった。格納時は畳まれている四つのプロペラを広げると大きさが百四十センチ四方になる中型のドローンだ。
補給トラックは通常三機の中型ドローンを積んでいる。ドローンワンはドローンの機体についた名前ではなく、最初に飛ばしたドローンを指すのでもない。最初の指令を持ったドローンのことを指している。ドローンワンのバッテリー残量が少なくなると別のドローンが上がってドローンワンを引き継ぐのだ。
ドローンワンはトラックの真上で周囲を警戒しながら高さ三百メートルまで上がり周辺の地形データをトラックのコンピュータに送ってくるはず。
ここが敵地でなければいいが……
二千七十九年から三年も続いているエゴラ独立戦争の敵である中央世界連邦。補給トラックで脱走中の俺が出会ったら一人で戦えるはずがない。脱走兵の俺が捕まったら捕虜としての価値はあるのだろうか。
そんな考えが頭の中に広がっていくといつの間にか平常心を取り戻してきて喉の渇きに気がついた。
コックピットに戻って水を飲むか。
リフトで上がってトラックに入る。通路の右側、コックピットのドアを開けるため開閉ボタンを押した。
「ヒッ!!」
俺は驚きのあまり後ずさって通路の壁に腰をぶつけてしまった。
開いたドアの向こう、さっきまで俺が座っていたコックピットの座席に白いローブの女が座っていた。
長く輝く白髪の若い美女。肌は透き通るように白い。その女の左横から見ているのだがその女の横顔はわずかに微笑んでいる。
「だ、誰だ!?」
俺はやっとの思いで声をひねり出した。
『私は神』
女はこちらを見ず口も動いていないが、声が俺の頭の中に届いてきた。
神?
『そうです、神です』
考えただけで伝わったのか!?
挿絵「補給トラック」
https://kakuyomu.jp/users/miyahahiroaki/news/16817330650518292023
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます