05*魅了の王子様
あれから1時間ほど、馬車は特に何もなく順調に進みベルヴァルデ帝国の首都が目の前にある。
ベルヴァルデ帝国はマレーベン聖王国より歴史があり、もともとあった6つの国から成っており、首都ルーチェだけでも、マレーベンより壮大だということを実感させられる。
ルーチェの美しい外壁は高さがあるはずなのだが、それでも帝国城が見えるので、よっぽど大きな城なのだろう。
果たして、自分がこの大きな国の皇后が務まるのだろうかとリベルタスは息を呑む。
(前世ではティナの思惑もあったけれど、皆に嫌われ断罪されてしまった。そんな私がマレーベンより大きな国の妃なんて…民に嫌われないか心配だわ)
そんな不安そうな表情を見て心配したユーリは、強くリベルタスの両手を強く握った。
「お嬢様、大丈夫ですわ。お嬢様はもっとたくさんの方から愛されるべき存在です。それに、ベルヴァルデの民はみな心優しいのです。すぐに愛されますよ」
「にゃ~!」
ユーリの真剣なまなざしには、優しさにあふれていたものの迫力があり信頼できた。
例の白猫も、同調するかのようにリベルタスの膝の上に乗る。
本当はあの時に森の中に帰したのだが、救われたことに恩を感じたのか着いてくることをやめなかったのだ。綺麗な白色だったので、ビアンカと名付けた。
「ユーリ、ビアンカ、ありがとう」
「当たり前のことを言っただけです。あ、門が開いたようですよ?」
門番は確認を終えた後「リベルタス様だ、城へすぐ知らせろ!」と大きな声を上げ、ルーチェへの門を開けた。
すると、その先の街中からは大きな歓声に包まれる。
「「「「リベルタス様、ベルヴァルデへようこそ!!!」」」」
進む道を残し、両側にはたくさんの民たちが集まり花を降らしていてお祭り騒ぎだ。
強制されたような表情ではなく、みなが心から喜んで歓迎しているのも伝わってくる。
空中にはきらきらとした光が待っているように見え神聖ささえも感じる。
タイムリープ前も含め、ここまでたくさんの、いや、ここまで一人以上の愛を感じたことは初めてだった。本当に愛してくれていると感じたのは、ユーリだけだったから。
思いがけない出来事に、リベルタスの心は目を丸くし固まってしまった。
「言ったじゃないですか。大丈夫だと。みな、リベルタス様を待っていたのです」
「ええ、ええ。うれしいわ」
ああしっかりしなくちゃ、と頬を抑えると気持ちを切り替え窓の外に目を向ける。
馬車は民の喜びを受けながら進み、リベルタスは馬車の中から手を振って笑顔で返していく。彼らの表情に偽りがないことがよりいっそうリベルタスの目頭を熱くさせる。
進んでも進んでも終わらない民たちの集まりと声に、嫌なこと全て忘れられそうだった。
城門につくと、話がもう伝わっていたのかそのまま門が開いた。
両端には色とりどりの花が咲いていて、少し奥は広場になっている。
その広場には大きな噴水があり、それだけでとても輝いていた。
その広場の奥にはそんなに高くはない階段があり、隅に金色の刺繍が施されたレッドカーペットが宮殿まで敷かれている。
階段の手前には殿下らしき人と、執事などが複数人待機していた。
「遠いところからはるばるようこそ。僕はベルヴァルデ帝国皇太子、ディルムッド・ノーグ・ベルヴァルデ。道中、問題はありませんでしたか?」
馬車から降りるリベルタスの手の甲にキスをし、ディルムッドは丁寧に優しく挨拶をする。その手を支えに馬車から降りると、リベルタスもドレスの両裾を掴み、お辞儀する。
「お初にお目にかかります。リベルタス・フィン・ベルフートと申します。遅くなり申し訳ありません。こちらの馬車に不手際はあったのですが、問題はありません」
「そうですか、よかったです。…まだ幼いからかな?」
ディルムッドはリベルタスを見つめながら少し首をかしげて考え込む。
馬車から降りて改めてみると、身長は30~40cmほど違うように見える。
話によると既に16歳だそうで、リベルタスとは5歳差だった。
それならば幼いと思われても仕方ないだろうが、何かしてしまったのだろうか?
作法は間違っていなかったか思い返しながらディルムッドを見つめ返した。
綺麗な黒髪をしていて、光で少し青くも見えた。
前髪は目にかかるくらいの長さで少し横に流しているようで、左目が少し見えにくい。
よく見ると左目の下には黒子があり、それを隠しているようにも見える。
今まで見た男性で一番整った顔立ちだ。
「あぁ、失礼でしたね。詳しいことは後にして、中へ入りましょうか」
「かしこまりました」
******
豪華で広い廊下を通り、部屋を案内されたが先に少し話があるとのことで、荷物とビアンカをユーリと護衛二人に任せてリベルタスとディルムッド、皇家の執事とバルトは少し後をついて
不思議なことに、行き交うのは男性ばかりで、女性の姿はなかった。
「ここだよ。大丈夫?疲れたでしょ?どうぞ、座って」
最低人数の執事たちだけになり公式的なものでなくなったからか、ディルムッドは敬語を外し、親しみやすい口調に変わった。もちろん、優しい笑顔は崩れていない。
いくつか椅子とテーブルがある中、一番奥の窓際にあるソファに殿下は腰を掛けた。
裏にある大きな庭園を一望でき、広さはベルフート家の
皇帝陛下と皇后陛下への挨拶は疲れているだろうからと別日にしてくれ、リベルタスは少し安心してソファに腰を掛けた。
そして、それを見計らったかのように自然な流れで執事が紅茶を注いでいる。
「まず―――。他国の公爵令嬢を買ったかのような突然の扱いで申し訳ありません」
ディルムッドは深々と頭を下げた。
「そんな、皇族の方が頭をお下げにならないでください!」
「公式の場ではないからね。それに、僕の婚約者になるんだから」
少し困ったような顔をしながらもディルムッドは微笑み、そのまま紅茶を口にした。
それを見たリベルタスも、紅茶に砂糖を二つ入れ口にする。
自国でされていた対応の違いに少し戸惑いの気持ちが隠せなかった。
「でも、僕らは凄く助かったんだ。マレーベンからの今回の打診はね。一つ目の理由は、先代の聖女が10年前に亡くなり、帝国民は悲しんでいた。だから聖女でなくとも、聖女の血を分けた双子の姉が来てくれるだけでもとても有難かった」
先代聖女様はマレーベンの王妃で、元々ベルヴァルデから嫁いできていた。
聖女が亡くなり悲しんでいるのはマレーベンでも同じだったからこそ、ティナのことを国中の民が喜んでいたのをタイムリープ前に実感している。
「そして、僕はどうやら妖精の加護を受けてしまっているようで、目が合う人を魅了してしまうようなんだ。いろいろと大変だったからこの城には今は女性がいないんだけど…」
そう話すと、じっとリベルタスの瞳を見つめた。
魅了と言われても、リベルタスは特に何の変化も感じず、ユーリも至って普通だったために少し信じがたい話だ。
「ふふ、やっぱり君には効かないみたいだね?」
「…もしかして、喜んでいらっしゃいますか?」
「そりゃそうだよ!便利な時はあるけれど、困ることが多かったんだ!君だけじゃなくて、君の侍女にも効かなかったし、聖女に近しい人間には効かないのかな?」
(あぁ、なるほど)
道中でリベルタスは聖女の力が芽生えた。
聖女には効かない、近しいものには効かない、というのであれば、ユーリとリベルタスに効かないのも納得できた。
「そして、今回、君との婚約の一番の理由。他国の王から求婚を受けている令嬢が魅了の力で僕に惚れてしまったようでね。どうにか僕と婚約しようとその求婚を断り続けていたんだよ」
「引いてはくれなかったのですか?」
「よっぽど、僕に惚れているか相手方との婚姻が嫌だったんじゃないかな。…でも、聖女の姉妹と婚約となれば、向こうも諦めざるを得ないってわけ」
ディルムッドは悪だくみをした子供のような笑顔で笑う。
ただでさえ、顔が整っているのに魅了の力があるとなれば、さぞかし大変な人生を送ってきたのだろうと想像ができた。
「ごめんね。まだリベルタス嬢は幼いのに。でも、僕は君でよかったと思ってる」
「私には魅了の力が効かなかったと」
「あはは。それもあるよ。でも、幼いながらにもしっかりしている。言葉遣いもね。きっと、たくさん努力をしてきたんだろうと想像ができる。だから好感を持てたんだ」
「殿下…」
ユーリ以外で頑張りを、努力を認められたことがなかった。
父や母に認められたくて、寝る間を惜しんで、遊ばずに勉強ばかりの日々だった。
なのに、頑張っても頑張っても認めてもらえず、「出来て当たり前だ」「それくらいでいい気になるな」「もっと努力をしろ」と怒鳴られる日々だった。
挙句の果てには、全てをティナに奪われ、殺されてしまった。
タイムリープした今も、結果はどうあれ、両親には他国へ売り飛ばされたようなものだ。
(この国に来ることができて、良かった…)
民に歓迎され、婚約する皇太子にも努力を分かってもらえた。
リベルタスは涙で目が潤んでいることを隠すように、また紅茶を飲む。
どうか、どうか。
このまま、何も嫌なことが起こりませんように―――。
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