第3話

 もう話はおしまい。といった感じでミズキは視線を本へと戻してしまう。

 ミズキの読んでいる本。それは間違いなく、柊カナタちゃんの書いた小説だった。


 タイトルは《緋色の愛》。たしかカナタちゃんの小説デビュー作のはずだ。まさか、ミズキがカナタちゃんの小説を読んでいるとは思いもよらぬことだった。


「あのさ」

「なに?」

 再び話しかけられたことで、ミズキは少し苛立った声を出した。

 用件があるならさっさと言え小僧。その声にはメッセージが込められている。


「その本ってさ、柊カナタのやつだよね」

 ソウタは無理をして柊カナタと呼び捨てにした。

 ここで《カナタちゃん》なんてちゃん付けで呼ぼうものなら、ミズキは汚いものをみるような目でソウタのことを見るだろう。


「そうだけど」

「面白い? ほら、アイドルが小説を書いたっていうからさ。どうせ片手間で書いているんでしょ。結局は流行りの言葉を散りばめて、愛だの、恋だのを書いちゃってさ。文学の《ぶ》の字も無いような物語なんでしょ、どうせ」

 早口言葉のように思ってもいない言葉をソウタはまくし立てた。

 違う、違うんだ、カナタちゃん。許してくれ。これは本心ではない。これは自分を守るための防御なんだ。攻撃は最大の防御っていうだろ。本当はカナタちゃんへの愛で溢れているんだ。本当だよ。

 ソウタの言葉にミズキは睨むような眼をしてから、『ちっ』と舌打ちをした。

 怖ひ、怖いです、お姉さま……。

 心の中でソウタは悲鳴をあげる。


「ソウちゃんさ、そんな風に決めつけちゃうのはダメだよ。そう思うなら、読んでみなよ」

 ミズキの口から出てきた言葉は、予想外なものだった。

 ソウちゃん。この名前で呼ばれたのは、幼稚園の時以来だった。いつもはソウタのことを小僧と呼ぶはずなのに。もしかして、カナタちゃんの小説がミズキを優しくしてくれているのか。カナタちゃん、ありがとう。いつも恐ろしいミズキにカナタちゃんは愛をおしえてくれたんだね。


 夕食を終えると、ソウタは自分の部屋に引きこもって小説の執筆を再開させた。

 きょうは、あと3000文字書くぞ。そう意気込みながら、キーボードを乱打していく。

 物語はちょうど盛り上がるところで、イケメン勇者に女ゴブリンを寝取られ、復讐に燃える男ゴブリンが大魔王のところに行って泣きつくシーンをソウタは書いている。

 

 目標よりも1000文字多い4000文字で話を書き終えたソウタは、さっそく小説投稿サイト《読んでみれば書いてみれば》に最新話をアップする。

 今回の話は、かなり自信のある力作だ。みんな読んで驚くに違いない。

 これは確実にPV数が増えるぞ。

 もしかしたら、どこかの出版社の編集者が目にして、これは紙で出版するしかないって決断しちゃうかもしれないな。

 そんな妄想を繰り広げながら、ソウタはパソコンのブラウザを切り替えた。


 ひと仕事を終えた後は、癒しが必要だ。

 ブックマークから動画サイトのURLを呼び出して、検索窓で『柊カナタ』と打ち込む。

 出てきた動画は、アイドル活動をしているカナタちゃんや漫画雑誌で水着グラビアをやっているカナタちゃんの動画だった。

 その中のひとつをピックアップして、ソウタは動画をみはじめた。

 カナタちゃんはやっぱり可愛い。天使だ。絶対に小説家になってカナタちゃんと付き合ってみせるぜ。

 ソウタは色々と妄想を繰り広げながら、画面の中にいる柊カナタに集中していた。


「お風呂空いたよ」

 完全な不意打ちだった。

 声がしたので振り返ると、部屋のドアのところからミズキが顔をのぞかせていた。

 風呂上りのようで、髪はまだ少し濡れている。

 ソウタは慌ててズボンをあげて半分ほど出ていた尻を隠した。

『ちっ』。舌打ちが聞こえた。

 恐る恐るミズキの顔を確認すると、ミズキの目は汚いものを見るような目に変わっていた。

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