第167話 奴隷、王城にて

 王城周辺の警戒は厳しく、それでいて、これ以上ないほどの重い空気に覆われていた。

 三人一組、剣士と魔法師二人の体制で、等間隔に配置された警備は、城へはネズミ一匹通さないという意思を感じられる。

 城壁を見上げると、胸壁で弓を片手に警戒している衛兵と視線が交錯する。

 だが、顔色が優れず、既にかなりの疲労が溜まっているのがうかがえる。


「何日間こんな警備を敷いているんだ?」


「もう十日にはなるかと」


 バルドが神妙な面持ちで答えるが、今まで重要視していなかった暗殺予告というものに、明らかにおかしい部分がある。


「周辺国でも暗殺は起きていると聞いているが、そもそも、なぜ無用な予告を出したのかだ。それに、十日はあまりに猶予がありすぎる」


 予告と言われているが、暗殺には本来予告などというものは必要ない。

 ならば、なぜわざわざ余裕をもたせるような予告をしたのか、ということだ。

 暗殺が目的ではない可能性も排除できない。


「流石はムーンヴァリー王国から遣わされ、ライザ団長からも認められた冒険者ですね。ご推察のとおり、実際は暗殺予告だけではありませんでした。ただ、意味がよくわからないため、公にはしていないというのが事情としてあるのです」


 バルドがお伺いを立てるように視線をライザへと向けると、ライザは当然のように頷き、了承の返事をした。

 さっきからライザの魔力が微妙に揺らいでいるのは、表面上は取り繕っていても、内心では俺のことを恐れているのだろう。

 それを部下には悟らせないレベルに抑えらているのは、褒めてやるべきか。


「アンタ、またよからぬことを考えてるでしょ」


 アイネスがセレティアの胸元から飛び出し、こちらに向かって一直線に飛んできた。

 その瞬間、俯き気味だった衛兵たちからどよめきが起こる。


「アイネスの何気ない行動のほうが、よほど問題があると思うぞ。周りをよく見てみろ」


「何言ってるのよ。あれはアタシに希望を見いだしてる、歓喜の声よ」


「警備は乱れてるがな」


「アタシがそれほど偉大な存在ってわけ」と鼻を高くするアイネスを一人置き、城の中へと足を踏み入れる。

 廊下の各曲がり角に配置された、鋭い目を光らせる騎士。

 こちらは外の衛兵とは違い、表面上では疲労の色は見えない。

 ライザを筆頭に敬礼してゆく騎士たちも、俺たちには怪訝な目も向けられる。

 ただの冒険者が、城の内部にまで連れてこられることはないのだろう。


「女王陛下はこちらです」


 案内されたのは謁見の間ではなく、扉の両端に屈強な衛兵が二人ずつ警護する部屋だった。

 衛兵は顔にこそ出さないが、魔力が大きく揺れ、俺たちを警戒していることがわかる。


「ライザ団長、直接お連れするのは問題があるかと思われますが……」


 バルドは俺たちを気にすることなく、はっきり非礼だと指摘した。

 当然とことと言えば当然で、目の前の部屋は城の形状を考えれば、この先が広い空間なわけはなく、警護の厳重さからも女王の私室で間違いない。

 

「もう時間がないのよ。バルドは下がってなさい」


「いえ、何かあってはいけません。ならば、私も護衛として同行いたします」


「ムーンヴァリー王国から遣わされた彼らにも失礼でしょう。私がいれば十分なの」


 渋々引き下がるバルドを前に、ライザがホッとした表情を浮かべる。

 扉前にいた衛兵さえも引き下がらせ、意を決したような表情になったライザが扉をノックする。


「ライザ・ウィスタスです。重要なお話があり、参上いたしました」


 中から微かに声が聞こえてくる。

 何とか聞き取れるそれは、以前聞いたアーリン・エメットのものよりもかなり弱々しい。

 ライザが扉を開けると、部屋の中から独特の香りが漂ってくる。

 それは女王の部屋というよりは、研究室といったほうが相応しい、記憶の片隅にある香りに似ている。。

 壁には埋め込まれた本棚には、大量の魔法書が詰め込まれていて、テーブルの上の瓶には、魔法液と思しきものも見える。

 そこは懐かしくもあり、郷愁にかられる見慣れた風景。

 過去の自室を思わせるこの部屋を眺めていると、思わず書物に手を伸ばしそうになる。


「ライザ、何ですか……その者たちは」


 部屋の隅で毛布に包まり、ガタガタと怯えるアーリン・エメットの姿は、以前出会った女王とは別人のようだ。

 今はただ暗殺者に怯える、一人の女性にしか映らない。


「彼らは、ムーンヴァリー王国からやってきた冒険者です」


「やっと要請に応えてくれたのですね」


 怯えた表情からガラリと変わり、希望を見いだしたような光が瞳に宿る。

 だが、俺とセレティアの反応を見て、それもすぐに影を潜めた。


「いえ、彼らは理由わけあってムーンヴァリー王国から遣わされた体になっておりますが、その実、ムーンヴァリー王国とは一切関係がありません。要請に応じたものとは、別とお考えください」


「どういうことです? そのような怪しい者たちを連れてくるなど……まさか、その者たちが!」


「違います! 彼らは我らに助力を申し出ており、決して怪しい者たちではございません」


「ムーンヴァリー王国と一切関係がない、一介の冒険者に何ができると言うの……今まで集めても、ろくな者は集まらなかったでしょう」


「ご安心ください。彼らの力は、百人力、いえ、千人力と言っても差し支えございません。彼らがいれば、暗殺者など恐れる必要などありません」


 ライザが熱弁する姿を目にしても、アーリンは疑いの目を解かない。

 それどころか、ライザにまでその目を向け始めた。


「ライザ、あなたまさか、そんなことを言って、職務を放棄するつもりじゃないのでしょうね」


「滅相もございません。彼らの力は本物でございます」


 アーリンの気迫に押されるように、ライザは俯いて応えた。

 しかし、俯いた先の視線は床ではなく、そのまま後方いた俺のほうへ向けられた。

 俺が何か口を滑らせないか、気になって仕方がないといったところか。

 既に一度、職務を放棄したなんて知られれば、ただちに魔法師団での立場を失うことになるだろうしな。


「冒険者がたった二人増えただけで、本当に安全になったと言えるのですか」


 魔法師団長であるライザの言葉が聞こえていないのか、いや、各国が暗殺を食い止められていない時点で、疑心暗鬼に陥っていると考えるべきか。

 こんな状態のアーリンを信用させるとなると、手を焼く未来しか見えない……。


「んーもう! 何なのよこの空気は!」


 この女王の応対に我慢ならなかったのか、短気の象徴がセレティアの胸元から飛び出した。

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