第149話 奴隷、教皇の処刑に立ち合う

「コ・ロ・セ……コ・ロ・セ……コ・ロ・セ……コ・ロ・セ」

「コ・ロ・セ……コ・ロ・セ……コ・ロ・セ……コ・ロ・セ」

「コ・ロ・セ……コ・ロ・セ……コ・ロ・セ……コ・ロ・セ」


 どこからともなく、無機質で冷たい殺意の合唱が始まり、その言葉は呪詛のように感染してゆく。

 またたく間に数千人規模の合唱となり、広場全体が埋め尽くされる。

 それは当然、処刑台にも響き、教皇の顔を醜く歪ませた。


「神が、今ここで私をご覧になっているのなら……決して、決して見捨てるはずがないッ……この醜く変容した世界を救うべく、必ずや私に奇跡を起こしてくれるはずな――――」


 鈍く思い音が響き、合唱が一瞬で鳴り止む。

 転がる生首に、民が歓喜するかと思われたが、実際はそうならなかった。

 目の前に広がる現実に顔を青くし、言葉を完全に失う者、中には、その場で吐き出す者も現れた。


「どうしたのだ、早く私の首を刎ねるがいいッ!! さあ、早く!!」


 切断面から、再び生えてきた頭部によって吐き出される言葉に、観衆から恐怖に染まった声が放たれる。


「悪魔憑きだ……やっぱり、教皇は悪魔に取り憑かれていたんだ……」


「首が元に戻るなんて、ただの化け物じゃないかッ!」


「教皇こそ、邪教の悪魔そのものよ」


 処刑台を囲んでいた魔法師たちも青い顔をしていたが、すぐに枢機卿の命令により、教皇に火属性魔法を一斉に放つ。

 一瞬で火の海になる処刑台の上で、悶え苦しむ教皇が次第に動かなくなってゆく。


「ウォルス……あれって……錬金人形よね」


「ああ、間違いない」


 刎ねられた首は、体に引き寄せられるように自ら転がり、最後は宙を舞ってその体へと吸収されていった。

 自分の首が刎ねられたことすら認知できていないことから、自分が元に戻っていること、人ではなくなっていることにすら気づいていないのは、錬金人形そのものだ。

 鎮火した処刑台には、丸焦げになった教皇が残るはずだったのだが、驚異的な速度で回復した教皇は、周りをキョロキョロと見回し、再度早く処刑しろと騒ぎ出した。


「教皇こそ、邪教を崇める悪魔そのものだと判明した! よって今回の処刑は中止とする。広場にいる者は、即刻立ち去るように」


 枢機卿が宣言し、衛兵によって強制的に広場から退散させられる人々。


「大変なことになったわね……教皇ともあろう者が、あんな醜態を晒して、さらに錬金人形だったなんて」


 言われてみれば、俺が知る限り、教皇ルデリコ・ファーボットはあのように情けない人物ではなかった。

 この状況が想像を絶するものだったとしても、教皇を知る俺や枢機卿が、あのような教皇を想像できたかといえば、決してそんなことはない。

 だとすれば、あの錬金人形である教皇は、俺や枢機卿の記憶を読み取らず、自分の判断であのような行動を取っていたことになる。


 ――――これは、自立型錬金人形だった俺の師である、リリウム・ヘリアンサスよりもさらに進んだ錬金人形ということになる。

 いわば、完全体の錬金人形だ。


「ウォルス、どうしたのよ。早くしないと衛兵に捕まるわよ」


 蜘蛛の子を散らしたように、広場から人が消えてゆく中、セレティアは俺の手を取り駆け出した。


「セレティア、あの錬金人形の教皇、ルデリコ・ファーボットに会いにいくぞ」


「え? 本気で言ってるの!?……死刑囚の教皇、それも悪魔だなんて言われてる錬金人形なのよ……会うことなんてできるわけないじゃない」


「クロリアナ国で、重要人物を幽閉しておく場所は決まっている。あそこに見える塔だ」


 広場から見える、一際高い塔を指差した。

 一般的な魔法師ならば侵入することが不可能な、魔法の一切を封じる結界が張られている封魔塔だ。


「まさかとは思うけど……侵入するつもり、とか?」


「それしかないだろ」


「……そうよね、ただの冒険者にできることなんて、それくらいしかないわよね……」


 セレティアは頬を引きつらせ、余裕のない笑顔を向けてきた。

 今さら後悔しても遅い。

 国を出て、この現象に挑んだ時点で、かなり無茶をしないといけないのは承知のはずなのだ。

 だが、クロリナ教に真っ向から楯突くような真似は想定外だったらしい。

 俺としては、核心に近づけることはありがたいんだが。




       ◆  ◇  ◆




 封魔塔はクロリアナ国の中心部から見えはするが、実際は都に接してすらしていない。

 森の中に突如現れる監獄であり、同時に宝物も管理している難攻不落の城塞だ。

 俺が倒した暴食竜ヘルアーティオの頭蓋も、本来、封魔塔に納められていたはずなのだ。

 クロリナ教の中枢に、アルスに通じている者がいるのでは、と考えたこともあるが、教皇が錬金人形だったことからも、既にアルスに掌握されていたとみて間違いない。


 今となっては、何をしようとしていたか、その真意はわからないままだが……。


「近くに見えるのに、結構遠いのね」


 都と封魔塔の中間地点までやってきたところで、セレティアは封魔塔の先端を見上げ、億劫そうに呟いた。

 封魔塔までの街道は一本道で目立つため、森の中を進むことにしたのだが、このせいでより遠く感じるのだろう。


「セレティアはここで待っていていいんだぞ。というか、そのほうが助かる」


「どういうことかしら? わたしが足を引っ張っていると言いたいの?」


「そうじゃない、今は王女という立場じゃなく、ここはクロリアナ国で魔物もほぼいない。ここで俺が結界魔法を張っておけば、とりあえず安全だということだ」


「そういうことなら、待っていてあげてもいいわよ」


 封魔塔に入るためには、全属性無効魔法を使い、全ての結界を同時に解除しなければいけないはずで、セレティアに見られるわけにはいかない。

 ここまで素直に聞いてくれるとありがたいくらいだ。


「それじゃあ、ここで結界魔法を張るから、動くなよ」


 無属性のものを張っておけば、属性相性の希少性から、大抵の者は手出しできない。

 そう思い、結界を張ろうとした瞬間、この場にいるはずのない声が背後から響いた。


「やっと見つけたわよ、セレティア」

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