第135話 奴隷、突き立てる

 大地が抉れ、消滅してゆく音がこちらに向かって飛んでくる。

 しかし、それは俺の横を通りすぎると、そのまま反対側へゆく。


「あぎゃぁあああアアアァァッッ」


 反対側にいた、錬金人形であるイルスの絶叫が鼓膜を震わせる。

 だがそれも一瞬の出来事で、その声もピタリと止んだ。


「何をやっているんだ! 殺すのはそこのウォルス・サイを含む全員だぞ」


 リリウムは首を左右にゆっくりと振る。

 それはあたかも、子供を諭す母親のようにも見えた。

 自分の命令を聞かないリリウムに対し、アルスに動揺が見られる。

 しかし、俺にはリリウムがこんな行動をとる理由が理解できた。


「……お前は自分で創っておきながら、まだわからないんだな」


 急速に回復する体を起こし、俺はアルスを睨みつけた。

 目の前のアルスは、まるで困惑と怯えが混じった表情を浮かべる子供そのものだ。

 全てを払拭するように、再び俺を殺すようリリウムに命じる。

 しかし、リリウムはそれでも動く様子を見せない。


「貴様が、リリウムに何かしたのか」


 未だ理由がわからないでいるアルスの言葉を遮るように、リリウムは俺とアルスの間に割って入ってきた。


「ウォルス、いえ、アルス……よく死者蘇生魔法を、ここまで完成させましたね」


 リリウムはアルスではなく、俺に向かってその名を口にし、あの頃の笑顔を向けてくれる。

 優しくて温かで、思わず駆け寄ってしまいそうになるほどの笑顔だ。

 しかし、これは全て、俺の記憶がそうさせているにすぎない。

 リリウムならきっとこうしてくれる、俺がしてほしい、そういう願望が今のリリウムに反映されている。


「リリウムッ! そいつは敵だ、私がアルス・ディットランドだ、決して間違うな!」


 焦るアルスの思考は、さっきまでの俺のように乱れているのだろう。

 今は俺の強い気持ちが、目の前のアルスの記憶、植え付けた記憶を大きく上回り、リリウムを動かしているだけなのは想像に難くない。

 アルスが冷静さを取り戻す前に、リリウムをどうにかしないと、勝てたとしても被害は免れない。

 目の端には、未だ目を覚まさないセレティアが映り込む。


「アルス、そんな顔をするな」


 リリウムは俺にどこか儚げな目を向け、その名を口にする。

 今、この場で俺が言ってほしい言葉、表情、行動を、このリリウムは体現している。

 このあと、リリウムならどうするか、それも予想はつく。

 もう少しこの時間を味わっていたいという気持ちが湧くが、俺の中のリリウムはそうさせない。


「姿は変わってしまったが、またアルスに逢えたのは、この上ない幸せだった」


 リリウムは笑顔を作り、右手に魔力を帯びさせる。

 その右手をどうするのか、動揺を隠せないでいるアルス本人も気づいたらしく、固まったまま動けないでいる。

 己の胸を貫いたリリウムは、そのまま俺に背を向け、奴に振り返った。


「な……何をしている……どうして私の言うことが聞けないんだ……」


「私は、ここにいるべき人間ではないでしょう。それはあなたが、最もよくわかっているはず」


 諭すような言葉を残し、リリウムは右手を胸から抜き去る。

 その瞬間、リリウムの肉体がドロドロと溶けはじめた。

 

 俺に背を向けたのは、その姿を見られたくなかったのか、それとも、創造主であるアルスに見せつけたかったのか。

 それはほんの数秒の出来事で、さっきまでリリウムが立っていた場所には、錬金人形特有の銀色の液体とさっきまで着ていた鎧、それに胸骨柄と思われる骨だけが転がっていた。


「……これで形勢逆転だな」


 アルスは魂が抜けたようにリリウムが消えた痕を見つめるだけで、俺の言葉に反応しない。


「お前は魔法力はあっても、魔力はないはずだ。その肉体では高度な魔素変換にも耐えられない。俺が攻撃する前に、リリウムを再構築するのも無理だろう」


 しばらく反応しなかったアルスが、虚ろな目をこちらへ向ける。

 さっきまでの生気に満ちていた男の姿はどこにもない。

 そこにいるのは、ただ全てを失い、絶望に打ちひしがれる男だ。


「どうしてだ……どうしてなのだ。私と貴様は、同じアルス・ディットランドから転生したにもかかわらず、貴様は全てを手に入れ、私は失わなければならないのだ……」


 絶望に染まった顔を隠そうともせず、全身を震えさせながら膝を突くアルス。

 哀れな姿を晒すアルスを見ていると、一歩間違えば俺もああなっていたのかもしれない、という恐怖が背筋をそろりとなぞる。


「お前も当初は、俺と同じ志を持って魔法に取り組んでいたはずだ――――だが、お前はあんな人形に逃げた。それが全てだ」


 アルスは地面を見つめていた頭をもたげ、俺を恨めしそうに見つめてきた。


「……転生で得るはずだった、屈強な体を得られないだけでなく、弟の存在を己で消し、フィーエルは子供の姿であるばかりか、私ではなく、この世界のアルスに好意を寄せていたのだ。それを何年も間近で見せつけられていた私の気持ちがわかるか? だから私は、元の世界で知り得た錬金魔法に着手し、完成させたのだ。あれは残された者を、皆幸福で満たしてくれる究極の魔法。貴様もリリウムに癒やされたはずだ…………」


「そうだな……」


 俺の返答に、アルスが口角を上げる。

 だが、俺は首を横に振ってみせた。


「――――しかし、同時に虚しさが増したよ。あれは所詮、自己満足のための玩具にすぎない。俺やお前は、そんなことのために死者蘇生魔法を生み出そうとしたんじゃないだろう」


「綺麗事を抜かすな。死者蘇生魔法を研究していれば、お前も気づいているだろう。リリウムを生き返らせることができないということを……」


 死者蘇生魔法の特性上、もうリリウムを生き返らせることはできないだろう。

 時間回帰系魔法は、時間を遡るごとに膨大な魔力を必要としてくる。

 リリウムが亡くなったのは、俺が十五歳だった頃、今から三十二年前になるはずで、そんな時間を遡るのは実質不可能となる。

 これは魔法の欠陥であり、魂以前の問題だ。


「だからこそ、俺は研究を進める過程で、リリウムを生き返らせることに固執するのはやめたよ。俺は大事な者を救うため、俺のような奴が現れた時のために、死者蘇生魔法を完成させることを目標とした。そこからして、お前とは違う」


「そうか……そうだな」とアルスは軽く笑い飛ばす。「貴様こそ目的を見失っていることに気づいていない。リリウムを諦め、大事な者を救うなどという詭弁で妥協する貴様と、私が同じわけがない」


 自分を納得させるように言うアルスは、その瞳に光を取り戻してゆく。

 この瞬間、アルスは諦めてはいないのだとわかった。

 腐ってもこいつはアルス・ディットランドで、もう一人の俺なのだ。


「私の魔法をもってすれば、いつ死んだ者であろうと生き返らせることができる。私の魔法こそ、真に理想を追い求めたものなのだ。貴様さえいなくなれば、私が正しかったということが証明される」


 アルスは全身に魔力を流す。

 それは明らかに限界を超えた魔法力の行使。

 それでもやめることはせず、アルスは俺から距離を取った。

 アルスの頭上には、俺の知らない特異魔法が、今にも暴発しそうになりながらも巨大な鳳凰の形を作り上げてゆく。

 魔力の流れから間違いなく全属性魔法だ。

 イルスの体でこんな魔法を使うのは無謀としか言いようがない。


「今のお前の体じゃ、その魔法は放てないだろう。万一放てたとしても、効かないのを承知で放つのか」


 アルスは真っ赤な血を口から滴らせ、血涙を流しながらも、その顔は勝利を確信しているかのようだ。


「くっ……くははははっ、それはどうかな」


 アルスは、魔法を放つつもりがない。

 直感的に自爆も厭わない攻撃だと受け取った瞬間、俺はアルスとの距離を詰め、その腹を貫いていた。

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