第124話 奴隷、青ざめる

 俺の手から落ちる銀色の雫。

 その音が聞こえてくるのではと錯覚させるほど、静寂が辺りを包む。


「……これが、錬金人形というものなのだな……」


 ヴィクトルの呟きだけが、はっきりと聞こえてくる。

 兵士たちはお前が喋れ、とでも言うかのように隣の者の顔を見るが、お互い首を横へ振り、自分が一番になるのを避けるように誰も言葉を発しない。


「陛下、マグタリス様、これは何ですかッ」と残った三人の男の一人が叫び、「我らの中にこのような化け物が混じっていたとは、我々も知らなかったのです」と恐怖に染まった顔を観衆へと向ける。


 残りの男たちも青ざめた顔をさらに青くして、ヴィクトルとボーグに懇願するように助けを求め始めた。


「本当に我が軍にも潜り込んでいたとは……残りの三人もそうなのですか?」


「それはわからない、がヴルムス王国へ偵察に行っていたのならそうだろう」


 ボーグとヴィクトルが頷くのを確認した俺は、残りの三人の頭を順々に掴んでゆく。

 結果は予想どおり、三人とも銀色の液体をぶちまけて爆ぜた。

 それを目の当たりにしたボーグが天を仰ぎ、大きなため息を吐く。


「まだどこからも暴食竜が死んでいた、などという報告はあがってきておりません。各国に嘘の情報があがっているのは間違いない。だとすると、これは何かを成し遂げるための布石とみるのが定石かと」


 ボーグも結局、俺と同じ考えに行き着いている。

 何のためにこんなことをしているのか……。


「ヴルムス王国周辺の国はどうなっているんだ? 隣国がヘルアーティオに襲われて、ただ見ているだけではないだろ」


「いくつかの国は防衛に専念しているようですが、それ以外はヘルアーティオを撃退した力を見せた、カーリッツ王国に使者を送っているようです」


「……それが狙いか」


 使者はそれなりの地位の者が赴くはずで、それらから錬金人形にしたほうが効率はいい。

 今回七カ国会談でカーリッツ王国に行くことになったのは、各国の手練で、これが錬金人形にされると早々に国が崩壊する可能性が出てくる。


「今すぐ各国に使者を出さないように通達を出したほうがいい」


「妨害と取られかねませんよ」


「それなら妨害と取られようと、俺が力づくで止めるまでだ」


 ここまで大ごとになったのなら、もうアルス・ディットランドの名を出し、奴が黒幕だという風に持っていくしかない。

 だが、この俺の言葉を止める声が響いた。


「悪いけど、それは無理よ。それはセオリニング王国に任せるしかないわ」


「どういうことだ、セレティア」


 セレティアは遠巻きに見ていた兵の先頭から、ネイヤとともにゆっくりこちらに歩いてくる。


「そんな時間がないということよ。今すぐ国へ戻らなければいけない事情ができたの」


 セレティアは周りの目を気にするように、この件を全てヴィクトルに託すと、俺を王宮の中へと引っ張ってゆき、そのまま自室へと連れ込んだ。




 部屋にはフィーエル、ネイヤ、アイネスも集められ、全員テーブルに座らされた。

 セレティアとネイヤの表情が険しいことから、ネイヤも事情を知っているらしいということは窺えた。


「さっきの話だが、そこまでして国へ戻らなければいけない事情があるようには思えないんだが」


 陛下が倒れたのなら、最悪、セレティアたちだけで戻れば済むことで、俺が行動をともにしなければいけないことにはならない。

 その他に思いつくものはない――――が、二人の表情はそれ以上のことを抱えているような、重苦しい空気を放っている。


「ついさっき、ネイヤがベネトナシュから連絡を受けたのよ。カーリッツ王国から、数名の亡命受け入れを要請されたらしくて、お父さまがそれを承認したって」


「亡命? まあ、フィーエルの件もあるから驚きはしないが、そこまで重要とは思えないが」


 カーリッツ王国から亡命者が出ることはあまりないが、出たとしても今の状況ならあり得る話だ。

 その程度のことなら、全員で帰らなければいけない理由にはならない。


「それが問題だから、今すぐ戻らないといけないのよ。なぜなら、その亡命者は国王である、イルス王だからよ」


 あまりに突然の報告に、心臓が止まるようなショックを受ける。

 それ以上に受けていそうなのが、俺の隣で手にしていたティーカップを落としたフィーエルだった。


「――――何の冗談だ。イルス王が亡命? それもユーレシア王国に亡命なんてありえないだろ」


「そのありえないことが起こってるから、今すぐ戻らないといけないんじゃない」


 セレティアの顔は至って真剣で、冗談で言っている様子はない。

 にわかには信じがたいイルスの行動は、その真意について問いただす必要がある。

 偽アルスと何かあったのか、それとも、これも何かの作戦なのか。

 作戦だとしても、国を捨てるような真似を、国王がするなんてのは前代未聞だ。


「……わかった。それで、数名とのことだが、詳細はわかっているのか?」


「当然よ。娘のフェスタリーゼ、騎士団長のダラス・リゼルヴ、それにメイドが一人らしいわ」


「騎士団長のダラスまで亡命だと……」


 このまま放置すれば、近いうちにカーリッツ王国は崩壊してしまうだろう。

 そうなれば、周辺国で戦争が起きることも予想され、ユーレシア王国も無事では済まないと思われる。


「ウォルス様、顔色が優れないようですが……」


「あ、ああ問題ない」


 ネイヤはフィーエルも気遣い、ソファへと連れてゆく。


「事態はよくないでしょう?」


 セレティアは瞳を動かさず、俺を観察するようにじっと見つめてきた。


「そうだな、アルス・ディットランドが本格的に動き出したと考えていいだろう。そのためにも、イルス王から話を聞く必要がある」


「それじゃあ決まりね。フィーエルの体調が戻り次第、ユーレシア王国へ戻るわよ」

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