第106話 奴隷、ユーレシアへ向かう

「あの状況なら、疑われても仕方なかったこと。セレティア様も、そんなことを気にするほど心が狭いお方ではない。謝罪など必要ないと思うが」


 俺は真面目な顔を作って、セレティアへ顔を向けた。

 セレティアは笑顔を返してきたが、若干引きつっているように見える。


「……そうね、謝罪なら先ほどイルス王から頂いたのだから、二度も必要ないわ」


「そういうことだ」


 ダラスは安堵した表情を見せ、フェスタリーゼは悔しそうな表情を作る。

 俺が言ったことが、十分嫌味として受け取ってもらえたのなら結構なことだ。

 それよりも、この流れでハーヴェイの名を利用しない手はない。


「――――ハーヴェイ殿下と城下でお会いしたんだが、アルス殿下が療養中、という話と関係があるのか? できれば、英雄と一度お会いしたいんだが」


 俺が自然とアルスの名を出したことに、セレティアの呼吸が一瞬乱れたのがわかった。

 あそこまでフェスタリーゼを嫌っているはずのハーヴェイが、わざわざ王宮にいるというのはそれなりの理由があるはずだ。

 俺の問いに、フェスタリーゼは、嫌な名を聞いたとばかりに顔を背ける。


「知らないわよ。叔父様は王宮にはいないんだから」


 フェスタリーゼの言葉を肯定するように、ダラスも「アルス様は療養のために王宮を離れている。誰にもその場所は教えてはくださらない。たとえハーヴェイ様でも、その場所は知らぬだろう」ときっぱり言い切った。


「――――そうか、それは残念だ」


 俺たちがここへ来るのとは関係なく、普段から誰も信用していないのか?

 傷など魔法でどうとでもなる。

 それでも療養を取っているのは、別の理由なのだろう。

 魔法力の影響か、もしくは次の行動のためか……。

 どちらにしても、これでは捜しようがない。

 フェスタリーゼが苦虫を噛み潰したような顔なのは、ハーヴェイが原因なのではなく、アルスから聞かされないことへの不満なのかと腑に落ちる。


「それじゃあ、俺たちは国へ戻るが、周辺国では邪教が広まっていると聞く。カーリッツ王国も気をつけることだ」


「あなたに心配される覚えはないわ。ここは大国カーリッツよ。邪教なんて潜り込む余地なんてないの」とフェスタリーゼは俺を睨みつける。「せいぜい小国が邪教に乗っ取られないように気をつけることね」


 俺とセレティアはそんなフェスタリーゼに背を向け、相手にする気はないと歩きだし、その後ろをベネトナシュが慌ててついてきた。

 背後からは、フェスタリーゼのもとの思われる鼻息だけが廊下に反響していた。




       ◆  ◇  ◆




 ユーレシア王国を目指し、馬車に揺られながらいくつもの山を越える。

 特に特産物となるようなものもなく、肥沃とはいえない土地は周辺国にとっても旨味は少ない。

 さらに、三つの国に囲まれたユーレシア王国は、立地的にどの国も手を出しづらく、微妙なバランスの上に成り立っている。


「ユーレシア王国は、奇跡的な状態で存在しているな」と俺は地図を見て、改めて声に出して言った。


 今まで周辺国は興味がなく、ただ小さく、影が薄いだけで存在できている国かと思っていたが、そうではないらしい。


「わたしの前で、よくそんなことを言えるわよね」


「セレティア様は心が広いからな」


 俺が言った言葉の意味がわかっているベネトナシュが咳払いをし、理解できないネイヤたちは首をかしげる。


「ところで、ユーレシア王国に戻られるということは、カーリッツ王国で収穫がなかったということでしょうか」


 ネイヤが痛いところを突いてくるなり、セレティアが俺をおちょくっているとしか思えない視線を投げかけてきた。

 間違いなく、仕返しに違いない。


「そういえば、ウォルスがあそこまで相手に付け入れられたのは、初めてじゃないかしら? イルス王には、かなり後手に回ってたわよね」


「悪かったな、思ってたような人物じゃなかったんだよ。それとネイヤ、ユーレシア王国には、ベネトナシュの提案で寄ることになっただけだ。収穫云々では決してない」


 ネイヤは「私も陛下に一度会っておきたいと思っていたところでした」と嬉しそうに言う。

 会って幻滅するだろう、と口が滑りそうになったが、その言葉はフィーエルの顔を見た途端消し飛んだ。


「ウォルスさん、イルス様が思っていたような人物じゃなかったというのは、いったいどういうことでしょうか……」


 フィーエルは周りが引くほど深刻な表情で、俺との距離を詰めてきた。


「落ち着けフィーエル、イルス王は錬金人形じゃなく、市井で言われているような、頼りない感じじゃなかったというだけだ」


「……本当にそれだけですか?」


「――――ああ、何か気になることがあるのか?」


「いえ、特には……」


 大人しく椅子に座り直したフィーエルは、俺が言ったことの真意を理解して引き下がったように見える。

 俺の言葉に引っかかった理由が、俺の記憶と違うことによるものなのか、それとも、フィーエルが知るイルスとも違っているのか、それがまた大きな問題ではある。


 俺の記憶にあるイルスと、フィーエルが知っているイルスが同じ人物なら、途中から何か変化が起こっているということになる。

 特に、俺の魔法を一瞬で見抜いた力、あれが元々備わっていたものなのかどうか、確かめたいところだ。


 移動中はベネトナシュたちがいるため、二人きりになる時間を作るのは難しい。

 ユーレシア王国に着けば、さらに厳しいものになることも予想される。

 偽アルスか、姿を消したヘルアーティオが動き出してくれれば、多少動きやすくはなる。

 しかし、そうなれば、再び後手に回るのは否めず、頭の痛いところだ。


「難しい顔をしてるわね。――――さては、あれでしょう、何も結果を出していないものね。戻っても立場がないっていう」


 セレティアは「どう、当たったでしょ?」という表情で俺の顔を覗き込んできた。

 全く、何も考えてなかったが、言われてみれば何も結果を出していない。

 セレティアがカサンドラ王国と結んだ一件以外は、公になっていないものばかりで、クラウン制度的には、何も偉業を為していないのだ。


「あー、これは困ったな――――」


 つい溢れた俺の言葉に、フィーエルやネイヤ、それにベネトナシュたちが大丈夫だと目で訴えかけてきた。


「そうだな、カーリッツ王国の元魔法師団長、各国が欲しがる剣姫とその仲間、それにエルフのリゲルやガルドも招いたんだ、胸を張って帰還するか」

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