第104話 奴隷、元弟に違和感を覚える
「いったいどんな魔法が使えるか、教えてもらえるかな」
「……申し訳ありませんが、それは控えさせていただきます。手の内をさらけ出すわけにはいきませんので」
「それもそうか……なら、どの属性かくらいは大丈夫だろう」
イルスはしつこく俺の魔法に食いついてくる。
この質問の狙いが不明だ。
何か情報を掴んでいるのかもしれないし、俺の弱点を突こうと目論んでいるのかもしれない。
迂闊な答えはできないが、このまま何も答えないのも印象が悪すぎる。
「申し訳ありません。ウォルスはわたしの奴隷ですから、それ以上問われましても、ウォルスには答える権利すらありません。ただ、水属性には長けている、とだけお答えしておきます」
俺が考えあぐねている間に、セレティアが食事の手を止め、さらりと答えた。
その答えに、イルスが鋭い視線をセレティアへと向ける。
「ほう、水属性か。それは少々平凡な属性だが、長けているというからには、それなりの魔法が使えるのだろう。それは凄いではないか」
「……ありがとうございます」
再び俺へと向けられたイルスの顔からは、疑っているような感じは見受けられない。
王女であるセレティアからの情報だからだろうか。
セレティアはイルスからの圧力も受け流し、何食わぬ顔で食事を再開している。
俺だけが情報過多なため、深く考えすぎていたのかもしれない、と俺も食事に手を伸ばした。
「そういえば、ハーヴェイから聞いたのだが、二人はダンスの腕前が素晴らしいとか。特にウォルス、君のことを褒めていたよ。奴隷だというのに、どこでそんな技術を手に入れたのか、私は気になってしまうね」
イルスが俺の素性を怪しむように、ゆっくりと、テーブルに肘をついて手を組む。
「ウォルスはユーレシア王国の重要な戦力、その里に関することも極秘事項ですので、それ以上、ウォルスに関することを詮索するのはやめいただければ助かります。でなければ、ここで退席させていただくことになるかと」とセレティアが砂を噛むような表情で言い放った。
「それはすまなかったね。本来の目的を忘れ、また不快な思いをさせてしまったようだ」
イルスは食事を俺たちに勧め、それ以降、俺について尋ねてくる様子は見せなくなった。
セレティアがイルスと無難な話を進める中、今度は、俺がイルスを注意深く観察する番となる。
十七年以上の月日が流れ、立場も王となったことで、既に俺が知るイルスではないのかもしれない。だが、それでも俺が知るイルスと、どこかが違うような気がしてならない。
俺の記憶にあるイルスは、もっと頼りないところがあったのだが、今のイルスにそれがあまり感じられないのが一番大きな違いだ。
話し方、目の動き、しぐさ、雰囲気、どれをとっても王としての風格が漂い、不自然なまでに落ち着いている。
王になると、ここまで変わるものなのか、と違う意味で感心させられる。
「今日は、久々に楽しい時間を過ごすことができた。君たちには感謝したいくらいだ。兄にもこの場にいてもらいたかったのだが、怪我をしていて療養中なのでね」
食事が終わり、そろそろ退席しようかというところで、イルスから一番聞きたかった言葉が飛び出した。
セレティアが会話をしながらタイミングを図っていたようだが、なかなか偽アルスについての話題に振れなかったため、諦めていたところに舞い込んだ幸運だ。
「アルス殿下のお怪我は大丈夫なのでしょうか?」とセレティアが心配そうに返事をする。
「大したことはないそうだが、相手が相手なだけにね、回復魔法だけでは短期間に治りきらないらしい」
普通に考えれば、魔法師団に光属性回復魔法を扱える者がいないはずがない。
たとえ肉体的な傷だけじゃなくとも、ここまで治療に時間を要するのも考えられない。
そうなると、偽アルスに言わされている、それどころか共犯の疑いも出てくる。
仲がいいということであれば、共犯の疑いが強いが、メリットがあるようには思えない。
――――まさかとは思うが、このイルスは偽者、錬金人形で操られているということもありうるのか?
「――――では、陽も傾き始めましたので」
セレティアはそう言って、窓の外へと顔を向ける。
「そうだね、今日はよく来てくれた。君たちと話ができ、ユーレシア王国のことも少しはわかった。大変有意義な時間だったよ」
イルスが立ち上がり、セレティア、ベネトナシュもそれに倣う。
イルスが錬金人形なのかどうか、それだけでもどうにかならないものか、などと考えていると、イルスが俺を見つめてくる。
「我が国にも、君のような有能な若者がいれば安泰なのだが、なかなかダラスの後を継げるような者がいないのが悩みでね。もしも、ユーレシア王国を離れるようなことがあれば、うちへ来れば歓迎しよう」
イルスはセレティアを一瞥すると、俺に右手を差し出してきた。
セレティアは顔色一つ変えず、それを見守るだけで、これがどれだけ重大なことなのか理解している様子がない。
これは千載一遇の好機であり、錬金人形かどうか確かめないわけにはいかない。
仮に問題なくとも、イルスは魔法にはあまり強くなく、腕に水属性無効魔法を付与していても、それに気づくことはないはずだ。
後ろにいる魔法師も、フィーエルよりも実力がないのは確実で、見ただけで俺の魔法に気づくことはない。
「ありがたいお言葉ですが、私がユーレシア王国から追い出されることはないかと思います」
「なかなかの自信だ」
イルスの手を握った瞬間、イルスが本当の人間だという確信を得る。
液体金属に戻ることもなく、力強く握り返してくる。
そして、この行動が予想だにしない方向へと動いた。
「――――ほう、これは水属性無効魔法か。このような魔法まで使えるとは、魔法に関しても相当な手練のようだ」
「!」
俺の魔法が一瞬で見抜かれる。
その瞬間、俺の思考は完全に止まり、嫌な汗が背中を伝ってゆくのがはっきりとわかった。
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