第15話 奴隷、配下を手に入れる

「では、本当にこの御方が、そのユーレシア王国の王女殿下なのですか」とネイヤは驚いた声をあげる。


「だから何回も言ったじゃない」と胸を張るセレティアに、俺は「セレティアは途中で投げ出して、俺に話を振ったんだから入ってくるな」と諌めた。


 すると、セレティアは自信なさげに「……自分のことでも?」と尋ねてきた。


「当然だ。俺が返事を求めるまで口を出すな」


「わかったわよ」


 拗ねるように後ろに下がるセレティアと俺を、奇異の目で見つめてくるネイヤとその部下たち。


「本当に殿下と、その奴隷なのですか? どこからどう見ても、そんな関係には見えないのですが」


「ネイヤの目にはそう見えるかもしれないが、正真正銘、俺はセレティアの奴隷だ。よって、俺の下に付くのならセレティアの許可がいる」とセレティアに目をやる。


「わたしは歓迎するわよ。これほどの逸材をみすみす逃すほど愚かじゃないもの。そんなことより、ウォルスがネイヤを、あまり欲していないのが気になるわね」


 セレティアの返答に喜びを見せるネイヤ。だがそれもすぐに収まり、セレティアとともに俺の言葉を待ち始めた。

 

「それはギルドでも少し言ったが、俺が求めるのは魔法を扱え――」と口にした瞬間、ネイヤが俺の言葉を遮るように、「魔法師は嫌いです」と言ってきた。


「魔法師は正々堂々、正面からぶつかってくる者があまりに少ない。それに、魔法師の頂点に立つ者が、あのアルス殿下では、魔法師を好きになれ、と言うほうが無理というものです」と声を大きくして言ってきた。さらに、「それに比べ、ウォルス様の実力は剣士随一、上位魔法師が束になっても敵わないでしょう」と俺を褒めちぎってきた。


 貶されているのか、はたまた褒められているのか、もう自分ではよくわからないが、俺はただ「買いかぶりすぎだ」とだけ答えた。

 それにしても、ここまで魔法師嫌いな者も珍しい。

 普通は弱点を補うために、共闘関係になるものなんだが……。それさえ必要としない程度に腕を上げているようではあるが。


 何にしても、魔法師がほしいのに、剣士七人、それも魔法師嫌いな者がいるとなると、これから余計魔法師を集めづらくなり、今後のことを考えると頭痛しかしない。


「ねえウォルス、わたしが認めたんだから、ネイヤはもう仲間ということでいいのよね?」とセレティアは何も理解していない発言をする。


「私も詳しい手続きは知らないのですが、私はそのつもりです」と答えるネイヤ。


 こんな二人を見ていると、余計頭痛が酷くなったが、俺ははっきりと「違う。正式な手続きを踏まないと、ネイヤはユーレシア王国所属にはならないぞ。そこらへんの冒険者が仲間を募るのとは訳が違うんだ」と言ってやった。


 セレティアは唇を尖らせ、「面倒なのね、詳しいことは博識なウォルスにお願いするわ」と俺に丸投げする。


「わかった。それならまずは、ミッドリバーの冒険者ギルドへ向かう。あそこの規模なら問題なく処理できるだろう。それともうひとつ言っておくが、ここにいる全員を連れて旅をすることはできない。セレティアは、クラウン制度で功績を残すために冒険者をしている。この人数は多すぎるし、後ろの六人はネイヤと実力が違いすぎて、足を引っ張る」


 俺が言ったことに反発するかと思ったが、ネイヤと後ろの六人は納得したように頷く。


「わかりました。ベネトナシュたちにはユーレシア王国へ――」とネイヤが言いだしたのを、セレティアが手で止める。


「一緒にいてはダメだけど、働いてもらうことは可能なのよね?」


「セレティア、どうして俺を見るんだ」


「なんでも知ってるでしょ」


「……ああ、別動隊として働いてもらうのは問題ない」


 俺の答えを聞き終えると、セレティアはネイヤに今受けている依頼のことを説明し、ベネトナシュたちにも手がかりを探させるよう命令した。


「承知いたしました。我ら一同、ユーレシア王国、セレティア様のため、必ずや邪教の手掛かりを探し出してみせます」


 ベネトナシュたちがセレティアに片膝を付いて宣言すると、セレティアは嬉しそうに踵を返し、「じゃあ、ミッドリバーに引き返して手続きよ」と叫んだ。




       ◆  ◇  ◆


 ミッドリバーにいる大半の者は、他人に関心を持つことがない。

 入ってきてはすぐに出てゆく商人が大半ということもあるが、それは冒険者も例外ではないからだ。

 ミッドリバーはその規模のわりに宿泊施設が少ない傾向にあり、物価は安いが宿泊費は高くなっている場合が多い。冒険者もなるべく滞在せず、依頼を受ければすぐに町を出てゆく者が多く、互いに干渉しようとしないのだ。

 当然、この前訪れた時も、誰も俺とセレティアに関心を持つ気配はなかった。


「――――なのに、やたら視線を感じるのはなぜだ」


 横を歩くセレティアが、俺の顔を不思議そうに覗き込んできた。

 どうやら、心の声が漏れてしまっていたようだ。


「何が、なのに、なのかわからないのだけど、視線の先はネイヤたちのほうよ」


 セレティアの言うとおり、周りの者の視線を確認すると、それらは全て、一番後ろを歩くネイヤたち七人へ向けられていた。

 その視線は、ネイヤたちが全身鎧の不審者とも呼べる格好だから、という理由ではなさそうで、どちらかというと驚いているように見える。


「もしかして、ネイヤたちは顔が広いのか」と俺が尋ねると、ネイヤは首をかしげる。しかし、ベネトナシュたちからは当然だとの声があがった。


「我らを、ネイヤ様を知らない冒険者はここにはいないでしょう」


「まあ、そんな目立つ鎧を着てる集団を見れば、二度と忘れられないだろうな」


 俺が答えると、ベネトナシュが仮面越しに呆れたのがわかった。

 冷たい金属の仮面越しに、真面目に答える気はあるのか、と無言の圧力が伝わってくる。


「そういう意味ではありません――――。ウォルス様はそこまでの力を持っておられ、それを誰にも知られず、我らのこともご存じないとは、いったい何者なのですか」


「悪いが、言っている意味がわからない。何者かと聞かれても、奴隷としか答えようがないからな。つい最近まで隔絶した世界で修行三昧だったから、誰も俺のことは知らないし、俺も知らないのは仕方がないことだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 納得していない様子のベネトナシュを横目に、心の中で興味がないのだと付け加えておいた。


 注目の的のまま冒険者ギルドへやってくると、この前フリーの上位冒険者の紹介でやる気を見せなかった、あの職員の男が丁度出てきたところだった。

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